箱庭狂想曲

吉野奈津希(えのき)

壱 鮫神殺し

プロローグ


 あたりはどうしようもなくまっかっか。

 わたしはただそこでぼうぜんとたっている。

 あか、あか、あか、あか、あか。

 わたしはそれがどうしようもないことだとおもっていて、どうしようもなくここからはなれられないのだとしんじている。 

 だってわたしはばけものだから。

 わたしのことばがいろいろなものをこわしてしまうから。


「いいえ、貴方は化け物なんかじゃないわ」


 そうしてねえさんはわたしに手をさしだす。

 とてもほそく、しろく、きれいな手。


「五葉塾へようこそ」


▼▼▼


 炎が揺れる。その場の中央で燃え盛る炎を中心に人々は踊り、叫ぶ。男も女も、すでに年老いた者しかいない。若者に見捨てられた、死にゆく村。その閉塞感が人々を祈りへ駆り立てる。


 ああ、神よ。神よ。我々を救いたまえ。人々を救いたまえ。

 炎が揺れる。人々は酒を飲み、踊り続ける。

 ああ、神よ、神よ、この地に恵みを。我々に、神を信ずる我々にこそお恵みを。

 人々は炎と、踊りと、酔いに任せて狂乱を加速させていく。狂気を加速させていく。

 男と女がまぐわいを始める。一組が始めればまた別の一組が、別の一組が始めればまた新たな一組が。周囲に湿った空気が充満し、人々の声と体が重なり合う。集まりには夫婦もいたが、互いが別のものとまぐわい、快楽に溺れていく。


 ああ、神よ、神よ。

 どうか、どうか。


 快楽に身を任せ人々が踊り狂う。絶望から目を背けるように。かすかな光にすがりつくように。

 そして、中央の炎が消える。


 どうした。

 いったい何があった。


 人々が怪訝に思った時に、変化に気づく。

 絶叫が、響く。

 そこにいなかった存在に、老婆が犯されている。人と同じようにまぐわいながら、人ではなき存在が老婆を犯している。

 異物は表面がテカテカとしていた。牙は無数にあり、人一人など丸呑みできてしまいそうな姿だった。


 ああ!神だ!


 人々は狂乱する。今ここに混ざってきた存在こそが神なのだと。救いが今現れたのだと盲信する。

 そして、異変が加速する。

 一人が嘔吐する。また一人が嘔吐する。吐瀉物にあたりが塗れていく。やがてそれに混じり、赤い色。

 削れていく。人々が削れていく。

 食われている。食われているのだ。招かれた存在によって。


 ああどうして、痛い。痛い。痛いいい。


 絶叫が夜空へ響いたが、その助けを求める声は救いの手には届かず、闇へと溶けていった。

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