第14話 魔界の戦いを終わらせろ!

 魔神軍とミスト軍の戦いは佳境に達していた。


 守るべき城が氷漬けになり、すでに退路が断たれた魔神軍に対し、ミスト軍は士気で圧倒している。ここから先、よほどのことがない限り挽回など出来ないだろう。


 しかし、そんな現状であってもミストは楽観視出来ないでいた。


「トール……貴様は、ちゃんと無事なんだろうな」


 丘の上から見つめる先は、強大な魔力によってできた氷の城。トールとの連絡手段は途絶え、中の様子は伺うことも出来ない。


 あの氷の城から漏れ出ている魔力がなんなのか、ミストはこの場の誰よりも早く理解していた。なにせ、かつては己の身に宿っていた力なのだから当然だ。


「邪神め、まさか生きていたとは……」


 あまりのしぶとさにミストは苛立ちを隠せない。そんな時、己の背後から声がかけられる。


「状況は?」

「ふん、戦況は悪くはない……と言いたいが、奥に潜んでいる愚か者のせいで少し悪いな」

「そうか」


 声をかけた人物ーー聖剣の勇者セイヤはそう頷くと、氷の城を見る。


「アイツは、俺が止めてくる」

「出来るのか?」

「出来るさ。イリーナを助ける。魔神は倒す。そして、魔界も救う。俺は、聖剣の勇者だからな」


 自信を持って言い切る勇者セイヤに、ミストは不敵に笑う。


「ふ、ならば勇者としての力、この私に見せて見ろ。役に立ちそうだったら、そのまま部下として扱ってやろうじゃないか」


 そんな傲慢な言葉にセイヤは苦笑しながら、かつてを思い出す。


 初めて魔王と対峙したとき、トールは腕を斬られ、ミストは劣勢だった。それゆえ助太刀を申し出たのだが、何故かまるで敵扱いされ魔王共々攻撃されたものだ。


 それが今回は部下にしてくれるという。これは彼女の心の成長なのか、単純に邪心から解放されたのかはわからない。


 ただ一つ言えることは、かつての最終決戦では叶わなかった、自分とミストの共闘。そして――もう一人の男がいれば。


「はっ! 負ける気がしねぇな! 任せとけ!」


 セイヤ頂上決戦の時のように光の翼を顕現させる。聖剣は輝き、その力はかつて以上のものとなっていた。


「じゃあ、先に行ってるぜ! 早く来ねえと、俺一人で終わらせちまうからな!」

「ふん、生意気な! 出来る物ならやってみるがいいわ!」


 凄まじい速度で飛び去るセイヤの後ろ姿を見送りながら、ミストは周囲の親衛隊達に声をかける。


「お前達! 敵はかつてこの私に対して不敬を働いた、死にぞこないの邪神だ! 私はあの邪神を許さない! お前達はどうだ!?」

「許せません! 今度こそ、絶対に滅ぼしてやります!」

「このまま勇者にだけ良い所をもって行かれてもいいのか!?」

「よくありません! 我らはミスト様の盾にして、絶対の剣。であれば、あのような小僧に後れを取るわけにはいきません!」


 ミストの言葉に、整然と並ぶ戦士たちがそれぞれ己の意思を避けぶ。それを聞いたミストは不敵に笑うと、視線を氷の城へと向けた。


「ならば、そろそろ我々も動こうではないか! この下らない戦争を、終わらせになぁ!」

「オオオオオオ!」


 ミストの言葉に大地を揺らすほどの雄叫びを上げた親衛隊達は、そのまま一気に氷の城を睨みつける。その先頭で飛ぶのは当然、地上の王にして最恐の侵略者、ミスト・フローディアである。


「誰がこの世の支配者なのか、この魔界全土にも見せつけてくれるわ! さあ行くぞ! 勝利は我が手中にあり! 全軍、突撃ぃぃぃ!」


 その号令と共に、ミスト率いる暗黒教団が、ついに動いだした。


 こうして、魔界を巡る決戦は最終局面を迎えることとなる。





 一方、氷の城に閉じ込められたトールは、外の様子が一層騒がしくなってきたことに気が付く。だが、今はそれに意識を割かれるわけにはいかなかった。


「で、話ってのは?」


 突如現れた魔神軍の女将軍キキョウ。彼女は話をしようと言いつつ、トールを広い一室に招き、そのまま用意されたテーブルに腰掛ける。それを向かい合うように座ったトールは、内心の焦りを出さないようにしながらも苛立ちを隠さない。


「本来ならゆっくりお茶でも、と思ったのですけど……どうやらそんな気分にはなれないようですね」

「当たり前だ」

「では単刀直入に言います。魔神を完全に消滅させるために、貴方の力が必要なので手を貸してください」

「……ふん」


 なんとなく、本当になんとなくだが、そんな気はしていた。トールは初めて彼女を見たとき、どこか既視感があった。それは別に見たことがあるとかそういう話ではなく、彼女の存在自体が懐かしさを感じたのだ。


 彼女が魔神軍にいる事はありえない。己の本能がそう叫んでいた。


「理由は?」


 だからと言って、そんな感情論ですぐに返事をするわけにはいかない。トールはミストの参謀であり、そしてフローディア王国の宰相だ。危険の芽は事前に摘まなければならないし、何よりかつて敵だった者が仲間になる、という言葉ほど疑わしいものはないのだから。


「ふふ……」


 そんなトールをキキョウは嬉しそうに見る。


「本当に、大きくなりましたね」

「は?」

「おっと失礼。理由でしたね。簡単ですよ。私は魔王クロノを愛している。そして、クロノを奪った邪神を許せない。それでは、駄目ですか?」


 その言葉に、トールは目を丸くする。目の前の女性は人間だ。これに対して魔王クロノは千年以上生きた魔族。恋愛に年の差は関係ないと思うものの、この女性と魔王クロノが恋人同士というのは少し違和感がある。


「と言っても、そんな言葉では信じられませよね。なので少し、昔話をしましょうか」


 それが伝わったのだろう。キキョウは苦笑しながら、テーブルに立てかけた剣をそっと触りながら、語り始める。


「私は、千年前に召喚された勇者です」

「……なに?」


 そうして始まった彼女の過去は、壮絶な物だった。


 千年前、当時普通の女子高生でしかなかった彼女は、トールやセイヤと同じように地球から召喚されてこの世界にやってきたという。


 当時の世界は文明も今より低く、何より魔王との戦線が今よりも遥かに激しい時代だった。ゆえに勇者として召喚されたキキョウは、戦うことを強要され、狂ったように魔族達との殺し合いに参加させられていたらしい。


 光の精霊に力を与えられ、聖剣を手にした彼女は強かった。来る日も来る日も魔族を殺し、殺し、殺し続け……そして彼女の心は耐え切れなくなった。


 自分が今こうして地獄の底にいるのは、全て魔族が悪い。侵略してくる魔王が悪い!


 そう考えたキキョウは、全ての元凶を討つべく単身魔王を倒しに飛び出した。 


 そして魔王軍を切り裂き、その先にいる魔王との初めての邂逅。


「彼は、魔王クロノは強かった」


 これまで負け知らずだったキキョウは、己の力に絶対の自信を持っていた。魔王を倒せば元の世界に帰れる。その言葉を信じて戦いを挑んだが、結果は完敗。手も足も出ず、その場で拘束されてしまう。


 もはやこれまでか、そう思っていたキキョウに対し、魔王は言う。


『この私の命を狙うだけであれば、自由にしても良い』


 これまで数多の魔族を殺してきたキキョウに対して、自由を与えた。初めは罠かと思い、しかしその言葉の通り魔王だけを狙う。そもそも魔王さえ倒せば、元の世界に戻れるのだ。であれば、他の魔族と戦わず、直接魔王を狙えるこの状況はなんともありがたい話であった。


 何度魔王に挑んでも、まったく歯が立たない。だが、彼との戦いだけに集中できるこの状況は、これまでただ機械のように殺すだけだったキキョウの心を徐々に解していく。


 そこでキキョウはこの世界に来て初めて、魔族を殺さない生活を手に入れていることに気が付いた。


 そして、キキョウはある日クロノに問う。何故自分を殺さないのか。


 その問いかけに対し、クロノはこの世界のために勇者が必要なのだと返す。


 わからなかった。魔族を滅ぼすのが聖剣の勇者だ。だというのに、その魔族が勇者は必要だと言う。


「理由を知ったのは、邪神が世界に現れた時でした」


 絶対的な悪意を持って現れたその邪神は、人も、魔族も関係ない。世界を滅ぼすために生まれた邪神を見て、キキョウは自然と思ったのだ。


 ――ああ、これが全ての元凶か。


 クロノはこの邪神の存在を掴んでいた。己の悲願を達成するために、絶対に倒さなければならない敵。そして、自分だけでは倒せないこともまた、知っていたのだ。


 邪神を真に滅ぼせるのは、光の精霊に、そして聖剣に選ばれた異世界の勇者だけなのだと。


「あとは貴方も知っての通り。魔王クロノと共闘した私は邪神を倒すことに成功しました。クロノはその戦いで大きく力を削がれ、こうして千年間、人と魔族の争いは終結したのです」

「……なら、俺に邪神は倒せないのか?」


 聖剣に選ばれた勇者以外、本当の意味で邪神を滅ぼせないというのなら、トールでは滅ぼせないということだ。同じ異世界から来たとはいえ、トールに聖剣は扱えない。それはつまり、己の手で戦いを終結させることが出来ないということだ。


「倒せませんね、ただし、今のままなら」

「なに?」


 キキョウは愛おしい者を見る目でトールを見る。


「私とクロノは邪神を倒しましたが、滅ぼせていないことにも気づいていました。ゆえに、この先邪神が再び現れた時のために、一つの種を蒔いていたのです」


 クロノとキキョウは、自分達の力を分け合い、未来へと託した。

 

「いつか未来のため、また邪神が現れたときのため、未来の赤子に魔王と勇者の力を引き継がせていたのです」

「まさか……」


 ずっと気になっていたことだ。何故自分はこの世界に呼ばれたのか。セイヤはわかる。彼は聖剣の勇者として、この世界の危機に呼ばれたのだから。だが自分は? 光の精霊とも、聖剣とも関係にない自分が呼ばれた理由は?


「それがトール、貴方ですよ。あなたは、この世界から邪神を完全に滅ぼすために呼ばれたのです」


 その答えが、今ここに示された。


 

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