エピローグ ラスボス系王女をサポートせよ!

 ――魔王と勇者、そして邪神の戦いから五年の月日が経った。


 活気溢れる街の中を、一人の青年が歩く。これまで様々な場所を渡り歩いてきたが、これほど活気あふれる場所はなかった。


 何せ、今日は世界最大の祭りである。


「世界を統一した初代皇帝ミスト・フローディア。その統一記念日、ねぇ」


 青年――勇者セイヤは街の中心にある、美しい女神象を見上げる。そこには見覚えのある少女が、凛々しくも可愛らしく立つ姿があった。


 腰に差した剣にそっと触れる。世界最強の剣の力を最大限に発揮しても勝てなかった化物が、今や英雄扱いである。


「まあ、俺よりよっぽど勇者してたからな」


 魔王が死に、邪神が滅んで人の世になった世界はあまりに醜かった。各国が己の覇権を巡って侵略戦争を繰り返し、歴史上最悪の戦乱が幕を開けたのだ。


 魔族という共通の敵がいなくなったと思ったらすぐこれだ。ほとほと呆れてしまい、セイヤはどの戦力にも手を貸さずに人助けだけをしてきたが、ミストは違う。


 己の勢力を纏め上げると、瞬く間に王国を制圧。そして周辺諸国へと自ら乗り込んで制圧していった。信じられない事に、個人で各国を侵略し、そして従えていったのだ。


 最終的に圧倒的軍事力を持つ帝国すら滅ぼし、統一国家を作った時は何処のラスボスだと思ったものだ。


 幸い、終焉魔術を受けたセイヤは死んだ事となっていた。情報の周りが遅いこの世界であれば、適当に顔を隠していれば早々勇者だとはバレないものだ。


 生きていると知られたら不味い理由がセイヤにはあったため、これはありがたい話である。


「もしあの化物が暴走でもしたら、止められるのは俺だけだからな」


 魔王を自らの手で殺せなかったセイヤは結局、元の世界に戻る術を無くしていた。とは言え、実は手段が全くないわけではない。


 現に、すでに一緒に召喚された幼馴染三人は元の世界に戻っていた。残っているのはセイヤのみ、しかも己の意思で、こうして残っていた。


「まさか、あの王女が送還魔術まで使えるとは……」


 勇者である幼馴染達が元の世界に帰れたのは、ミストの手によるものだ。それだけなら泣いて感謝をしたいほどなのだが、彼女が『世界を渡れる』となれば話は変わる。


「あの性格だ。こうして世界を統一した以上、次は俺達の世界を狙うかもしれねぇ」


 実際に戦い、そして統一戦争でのミストを見たセイヤは、本気でそう思っていた。だからこそ、こうして彼は帰れる手段があるにもかかわらず、この世界に残っているのだ。


 元の世界の幼馴染達が、平和で暮らせる為に。


 万が一の時は、暗殺でもなんでもして、絶対に止める。


 そんな覚悟を持って残ったセイヤは今、フローディア統一帝国の首都シノミヤに来ていた。


 統一記念日、それは数少ない、一般市民が皇帝ミスト・フローディアを見物出来る日だからである。


「さてっと、今年は大丈夫そうかな?」


 市民達が一斉に大歓声を上げる。どうやらミストが現れたらしい。セイヤは持った身体能力を駆使して、一気に近くまで駆け寄った。


 そこにいたのは、黄金の髪を靡かせ、髪と同じく美しい黄金の瞳を市民に向ける少女がいた。その瞳はどこまでも優しく、市民達をまるで我が子を見るように慈愛に満ちていた。


 そして隣には、セイヤも見覚えのある黒髪の男。男もまた、少女を愛おしい者を見る目で優しく微笑んでいた。


 皇帝の夫として公私共にサポートする統一帝国の宰相、トール・シノミヤ・フローディア。


 彼がセイヤと同じく、というよりはセイヤに巻き込まれて日本から召喚された男だと知ったのは、戦いが終わってから二年以上経ったあとだった。


 そして同時に、魔王と勇者の血を引く男だと知ったのも、全てが終わってからだった。トールは、魔王達が再び現れる邪神を倒す為に準備していた、勇者達の子孫だったらしい。


「まあ、今更それはどうでもいいか」


 セイヤはバルコニーから市民に向かって手を振るミストをじっと見る。


 かつての姿からは想像も出来ない、穏やかな表情だ。昨年は双子の男女児が生まれたと聞いたが、あのお腹を見る限り、来年にはもう一人くらい生まれそうだなと思う。


「つーことで、とりあえず一年は安全ってことだな。うし、それじゃあ行くか」


 そうしてセイヤは王城から背を向け旅に出る。その旅に理由はない。ただ、自分に出来る事を探す旅というのも、悪くはないなと思っていた。


「それじゃあお二人共、お幸せにな」


『ああ、お前もな』


 脳裏に直接響いた声に思わず振り向く。ミストはこちらに気付いていないのか、市民を優しく見守っていた。しかしその隣、トールを見ると、穏やかな瞳でセイヤを見ていた。


 視線が交差する。しかしこれ以上の言葉はいらない。


 きっともう、自分と彼等の道は交わることなどないだろうから。


「さってと、それじゃあ俺も、そろそろ幸せについて本気で考えてみようかな」


 異世界だけど婚活でもしてみようか、などと軽く思いながら、セイヤは歩き出した。それからはもう、一度も振り返ることもなく、ゆっくりと、だけど軽い足取りで、歩き出したのであった。

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