敵の首都星へ その5
次の日―
フランは幼い少女のように、ベッドに突っ伏すと顔を枕に埋め足をバタバタさせていた。
そして、そんな様子を呆れとほんの少しの憐みの目で、クレールが見つめている。
「陛下。子供じゃないんですから、いい加減にして下さい……」
「うるさい!ルイの前であんな大失態をしてしまったんだぞ!? きっと、私のことを嫌いになったに違いない! もう合わせる顔がないではないか~」
昨夜のことを思い出したのか、フランはまたもや涙を流す。
恋愛中学生のフランからすれば、好きなルイの前で嘔吐するという行為は、醜態であり嫌われても仕方がないと考えてしまう。
「陛下、大丈夫ですよ。ルイ君ならあのくらいで陛下の事を嫌いになりませんよ」
「じゃあ貴女に問うが、私が泥酔した挙げ句に、目の前で嘔吐したらどう思う?」
「まあ、少し引きますね。あと、こんな<無様な醜態>を晒さないように、お酒を飲む時は気をつけようって思います」
「だろう? ルイだって同じだよ!」
そう言うと、フランは布団を被ってしまう。
「もう、この話は終わりだ! 私はこのまま寝るぞ! しばらく起こすんじゃないぞ!」
クレールはそんな彼女の姿に溜息をつくと、いつもの冷静な表情で諫言を始める。
「陛下。我らに時間が無いのは、理解しているはずです。このような無駄な時間を過ごしている暇はありません」
「…………」
フランもその事は重々承知しているために黙り込む。
そもそも、フランがルイと別れる決断を下す事になったのは、惑星ミュンヒンを解放した1時間後に本国の諜報部フジュロル少将からもたらされた暗号通信による。
その内容は、<ドナウリアの外務大臣メーリヒが【プルーセン王国】と密会。参戦の兆しあり>という内容であった。
「陛下……」
「わかっている……」
フランはその報告を聞いた瞬間、口元に手を当てその天才的な頭脳をフル回転させて考えを巡らせる。
【プルーセン王国】が参加すれば、圧倒的に兵力差が開き敗北は必至であり、そのため【プルーセン王国】が様子見しているうちに、勝敗を決せねばならない。
そうなると、答えは直ぐに導き出される。
この戦いが行われる前に、いくつもの状況を想定した中にこの状況に近いモノもあり、それを今の状況に修正しなおせば良いだけであった。
「プラン25を改変するしかないな…。リュスが進発していなければ… な……」
フランは憂いを帯びた瞳で呟く。
「陛下…。わかっておられると思いますが…」
「私だってそれぐらいの分別は付く。今回はウムルの時とは違う。駄々をこねている場合では無いということを……」
クレールの懸念に対して、フランは力強く答えるとその白くて細い指を顎に当て暫く神妙な面持ちで考え込む。
綺麗な白銀色の髪と透き通るような白い肌に整った顔立ち、その考え込む姿はまるで高名な芸術家が――
「おい、お花畑皇帝! もう騙されませんよ! どうせ、そんな思わせぶりな姿を見せて、最後は”やっぱり、別れたくない、プイ!”とかするつもりだろう!?」
流石は天才参謀クレール。直ぐに看破して鋭いツッコミもとい指摘を行う。
「なんだよ! わるいかよ! だって、離れたくないんだもん!」
「何が”もん!”ですか! 陛下、わかっているはずです。この決断をくださねば、我軍は敗北します。そうなれば、この戦いで― いや、今まで戦死した者達の犠牲は― 」
「――わかっている! だがな…… それでも…… 」
フランは言葉を詰まらせながらそう言葉にするが、その鋭敏な頭脳と為政者としての責務から彼女は一つの答えを出していた。ルイをこの惑星に残すということを。
あと、<分かれる前にお酒の力を借りて、暫く別れるルイとキスという思い出を作ろう!>作戦も…… こちらの作戦結果は皆さんご存知のとおりである。
そして、現在に戻る。
「ああー!! 恋愛もしたこと無さそうな鉄仮面の言うことなんて、聞くんじゃなかったー! おかげでルイとキスどころか嫌われてしまった~」
フランは突っ伏したままクレールに向かって愚痴を言う。
それは愚痴というより完全な八つ当たりで、当然クレールはイラッと来てこのような反論をする。
「私はルイ君の艦隊を留めることは進言しましたが、勝手にあんな自分の酒量を弁えないアホな作戦をしたのは陛下でしょうが!? だいたいですね、背伸びせずに恋愛中学生なんだから、手を繋ぐとか抱きしめて貰うとかで我慢しとけばよかったんですよ!」
「なっ!? なんだとー! 鉄仮面は彼氏いない歴=年齢だから知らないだろうけどな、今時の中学生はキスぐらいしているんだぞー!」
「私は”いない”ではなく作らなかったのです。それに、恋愛経験はありますよ。私の初恋の相手はこの国の軍人でしたがね」
「え? マジで?」
意外な事実を聞かされ思わず起き上がるフラン。
「まあ、今は亡き人ですがね……」
クレールはそういうと目線を逸らす。
「そうか……。すまない。悪い事を聞いてしまったな」
フランは申し訳なさそうな顔を浮かべると謝罪の言葉を口にする。
「いえ、お気になさらずに、ウソなので」
「ウソかーい!」
フランはクレールのウソに、思わず変なツッコミを入れてしまう。
そこにオーロル・ユレル艦長から、通信が入る。
「陛下。ロドリーグ大将閣下が、出発前に是非直接面会したいと通信がきていますが、如何なさいますか?」
「なっ!?」
フランが予期しないルイの面会希望に、困惑しているとクレールが冷静に指示を出す。
「艦長。ロドリーグ大将には、10分後に陛下の部屋に来るように伝えてください」
「はっ!」
クレールはそれだけ伝えると通信を切り、今度はフランに指示する。
「陛下。10分の間に身支度を整えてください」
「でっ でも…」
クレールは昨日の今日でルイに会うのを渋るフランに、表情は変わらないが珍しく優しい口調で諭し始めた。
「陛下。ここで会って昨日のことをちゃんと話し合わなければ、お互い心にしこりを残したままになります。それでは、この先の戦いに良い結果を生むとは思えません」
「……」
「それに、聡明な貴女の大好きになった彼が、今迄共に歩んできた幼馴染の女の子が目の前で嘔吐した姿を見せたからといって、嫌いになるような薄情な人間なのですか?」
「そんなことはない!」
「では、答えは出ているではないですか?」
「そうだな……。貴女の言うとおりだな……」
フランはクレールの説得により覚悟を決めると、ルイと会う決心をする。
「では、私は艦橋に戻ります。何かあれば、ご連絡を」
「まて!」
クレールは、そう言うと敬礼をして部屋を出ていこうとするが、フランに声を掛けられたので足を止めた。
「何か?」
「ありがとう…」
フランは顔を赤らめながら、感謝の気持ちを伝える。
「いいえ、どういたしまして」
クレールは、珍しく微笑を浮かべて返事をした。
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