ベーブンゲンの戦い 02
開戦から約45分後―
仏英艦隊の前衛は数で不利な状況ながら、一進一退の攻防をおこなっていた。
「どうして敵は前衛艦隊と後方の予備戦力との間に出来ている間隙に、我々がピエノンテの戦いで行ったような突撃をしてこないのです?」
シャーリィは開戦時より危惧していた事を、ヨハンセンに質問をおこなう。
彼女の意見通り、左右の前衛艦隊とエリソンの予備戦力の間には間隙があり、そこから後方に回り込めば前衛艦隊を挟み撃ちにすることが出来る可能性はある。
数的有利である露墺艦隊は、間隙に少数艦隊を突撃させようと思えば可能であり、それが成功すればピエノンテの戦いのように戦局を一気に変えることが出来るであろう。
「それはですね、あの時とは状況が違うからです」
ヨハンセンは説明する。
ピエノンテの戦いでロイクが、先のマレンの戦いでエドガーが間隙に突入して被害を出さずに背後を襲えたのは、あの間隙が戦いの最中にフランによって作り出された敵にとって予期せぬ間隙だったからであった。
それ故に、敵は不意を突かれた形となり、突入してくる敵に対して迎撃体勢を取る前に、彼らの突撃を許してしまい背後を取られたのである。
無論、ロイクとエドガーの判断力とその突撃の見事さが要因の一つであった。
だが、今回は前述とは違い間隙は開戦時から存在しているために、そこに突撃しても迎撃に遭う可能性は高く、現に仏英艦隊の前衛を指揮する司令官は常に間隙への攻撃を警戒している。
「そのような理由から、敵が間隙に攻撃してくるとすれば、我が方の消耗が激しくなって、迎撃の余裕がないと判断した時です」
「どうして、そう断言なさるのです?」
「相手はこちらの予備兵力に合わせて、急に予備兵力を作り出した司令官です。おそらく堅実で警戒心の強い人物でしょう。それ故にこちらに迎撃の余裕が無いと判断するまでは、突撃させないでしょう」
ヨハンセンの推察通り、コルスノフは用心の為に敵の消耗を測っており、間隙への突撃のタイミングを見計らっていた。
白ロリ様に説明を終えたヨハンセンは、腕時計で時間を確認する。
(開戦から約45分経過か… 数で不利な我々のほうが消耗は激しい。そろそろ間隙に敵の攻撃が来るかもしれない…… いや、敵が突撃するのを待つ必要はないか… )
「大尉、艦隊の左側に配置している艦900隻に敵の間隙突入に備えて、補給を余裕のある内に行うように指示してくれ」
「はい」
彼はクリスに指示を出すと、続けて通信士にエリソンに通信を繋ぐように命じた。
全面の立体モニターに映し出されたエリソンに、ヨハンセンは作戦への協力を求める。
「ヨハンセン中将、どうしました?」
「実は一つ小賢しい策を考えつきまして、ぜひ提督に聞いていただきたいと思いまして」
「前置きは結構、本題をお願いする。できれば、手短に」
「では… 」
ヨハンセンはモニター越しのエリソン中将に、自分の考えた作戦の説明を手短におこなう。そして、エリソンは黙って何度も頷きながら、ヨハンセンの説明を聞くと
「面白い策ですな、上手く行く確率は高いでしょう。早速部下に命じます」
そう言って、ヨハンセンとの通信を切ったエリソンに、心配性のパーカーが進言する。
「上手く行けば、敵は次から間隙への突撃を躊躇するでしょう。ですが、失敗すれば戦況は一気に敵の方に…」
「戦いとは常に先手を打ち続けて、主導権を握り続けるほうが良い。今回の彼の策はそれに則ており悪くはない。それにこのまま敵が突撃してくるまで静観していても、その時にその突撃を防げるかどうかなど確証はないのだ。ならば、こちらが少しでも有利なうち手を打つべきだ」
エリソンはウィリアムにそう力説すると、彼に左翼で500隻の増援を指揮しているスクライン大佐に今の作戦を暗号通信で送らせた。
そして、スクラインと作戦決行時間を決めると、それをヨハンセンに通信で送る。
その10分後、コルスノフ大将に参謀のマトヴェーエフ少将から報告が入った。
「閣下、敵左翼の右側に増援に来ていた500隻が敗走していきます!」
それはスクライン大佐の部隊で、艦列を大きく乱して後退しており、消耗で前線を支えきれずに後方への緊急後退に見える。
(開戦から、約1時間。あの部隊が増援に来てから約30分… 消耗による敗走であっても、なんら不思議はないが…)
コルスノフ大将はこれが罠か本当の敗走か悩むが、参謀のマトヴェーエフ少将が意見を進言をおこなう。
「閣下。この隙に乗じるなら、即断してください! そうしなければ、敵は直ぐにでも予備戦力から、あの崩れた前線を埋めるでしょう」
この進言は参謀として決して間違ってはいない。
彼の言う通り時間を与えれば、敵が増援を送って崩れた前線を立て直すのは正論であり、その前に行動を起こすべきと意見具申するのは参謀として当然である。
今回に限っては完全な過ちではあるが…
マトヴェーエフ少将の進言を受けて、間隙への突撃を決断する。
「ドミトリエフに伝令! あの崩れた所から、敵左翼前衛の後方に回り込め!」
コルスノフ大将の命令を受け、スクライン大佐の部隊と対峙していたドミトリエフ大佐率いる500隻は、ガリアルム艦隊の背後を取るために間隙目指して突撃を開始した。
ドミトリエフの部隊はガリアルム艦隊の右側を進み、右に旋回するとその後方に回り込む。
―が、その前面に300隻が待っていたとばかりに立ちはだかり、先制攻撃を開始する。
この300隻は、ヨハンセンが事前に余裕を持って補給交代させていた左側の艦900隻のうち、後方でローテーションを待っていた艦で、ヨハンセンはそれを引き抜いて迎撃部隊とした。
そして、更に無防備に補給しているはずの右側の後ろの艦達も、右側面から砲撃を開始する。
ドミトリエフの部隊はガリアルムの背後で、前面と右側から攻撃を受けることになり、そこでようやくこれが罠であったことに気付く。
後退を開始するドミトリエフ部隊に、今度はさっき敗走したと見せかけたスクライン大佐の部隊が戻ってきて、左側から攻撃を開始する。
3方向から包囲攻撃を受けたドミトリエフの部隊は、包囲を抜けて予備戦力の所まで戻ってきた時には、約250隻まで撃ち減らされていた。
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