死闘マレンの戦い 02


 進軍の止まった左翼とは違い、右翼のリュス艦隊はフランからの援軍が未だに送られておらず後退を続けていた。


 そのリュス艦隊を攻めているオトマイアー中将は、このまま攻撃を強めれば前面のリュス艦隊を崩すことができるのではないかと考察する。


 そうなれば、その後方にいる敵の総司令官であるフラン艦隊を叩くことができ、彼女を倒すことができればこの戦いは自軍の勝利であり、この戦いでの一番の功績は自分となって昇進も夢ではない。


「このまま攻勢を強めて、前面の敵艦隊を一気に突き崩し敵の総旗艦を狙う!」


 オトマイアーは好機だと判断して、攻勢を強めて前進を続ける命令を出すが、彼の参謀は右翼の本隊が前進を止めたことに気付き、このままでは本隊との連携が途切れてしまう事を進言をおこなう。


「閣下。右翼の本隊が敵の攻撃によって、前進を阻まれております。このまま我が艦隊だけが前進すれば本隊との連携が途切れてしまいます」


「ザハールカのヤツ… この好機にまた進撃を止めたのか… 」


 大抵の参謀というものは、失敗や大損害を極力避けるために慎重策を講じて、指揮官に進言し行動する。


 参謀長であるザハールカも当然そうであり、メーラー元帥から指揮権を受け継いだ彼はマレン宙域において、ガリアルム艦隊が撤退した時も追撃時の被害を最小にしようと考え、追撃を停止して艦隊の再編と補給、破損した艦の応急修理を行った。


 準備を整えて追撃する方が、味方の被害は少なく済み戦果もより上げることができる。

 教科書上ではこれが正解であるが、実際の戦場では正解とは限らない。


 少なくともマレンの戦いでは大失敗であった。


 ドナウリア艦隊が万全の追撃準備を整える時間は、即ちガリアルム艦隊にも時間を与える事であり、その間にフランは敗走寸前であった艦隊を何とか再編することができ、何よりもルイ艦隊の援軍到着を許してしまい戦力の拮抗を招いてしまった。


 ザハールカの慎重さと周到さは、平時には美徳ともなりえるが、戦時にはただの臆病と受け取られてしまう。


「貴様ら参謀は消極的すぎる! 前面の敵はもう少し押せば崩れる。この好機を逃すわけにいかん。我が艦隊はこのまま前進を続ける!!」


 彼によって追撃を止められ、そのお陰で敵の増援を許す結果となった事に、オトマイアーはザハールカの慎重さをただの臆病だと思っており、自分の判断の方が正しいと考えて命令を撤回しない。


 指揮官の強固な意思を感じた参謀は、それ以上は何も言えず黙って従うしかなかった。



「敵は我らの後退を好機と見て、前進する決断をしたようだな」


 リュスは戦術モニターで、敵が後退する自艦隊を追って前進してくるのを見ながら、作戦が上手くいっていることに少しだけ安堵する。


「しかし、敵の猛攻を受けつつ被害を最小限にしながら後退するのは、神経が擦り減る作戦ですね…」


 参謀のマルグリット・マルソー大佐は敵艦隊の猛攻撃によって、いつ本当に敗走してしまうことになるかと肝を冷やしながら戦術モニターを見ているが、実際に指揮をしている上官のリュスは指揮席に足を組んで頬杖をつきながら余裕の表情でモニターを見ていた。


(流石はリュシエンヌ閣下。この状況でも、平気だなんて… 素敵…)


 敬愛する上官を憧れの目で見ているマルソー。


(我が艦隊よりも、敵の攻撃を受け止め続けているルイの艦隊の方が心配だな…)


 そんな参謀を横目にリュスは、内心ではこのような心配をしていた。


 その頃、ザハールカは連携を無視して、進撃を続けるオトマイアーに苛立ちを募らせて、彼に通信を送って前進を止める様に命令を出す。


「オトマイアー中将。今すぐ前進を止めて、我が艦隊との連携を図れ」


「今が敵の総司令官である、あの”白いお姫様”を討つ好機である! あの”白い悪魔”さえ倒せば、この戦いは― いや、この戦争は我らの勝利だ!」


「それは希望的観測だ! 敵本隊の前にいる艦隊を突き崩せずに、そのまま後ろに誘引され続ければ我らは前後に分断される。敵がその間隙を狙って来たらどうするつもりだ!?」


「それは慎重を通り越して、臆病な考えだ! 現に先程追撃していれば、敵の増援が合流する前に叩けたのだ!」


「それは、結果論だ!」


「もう貴官の消極的な命令で、好機を潰されるのは沢山だ! 小官の好きにさせてもらう!」


「待て! 貴官の勢い任せの楽観論で、全艦隊を危険に晒すのか!?」


 二人がお互いの戦術論をぶつけ合い激しい論争をしている間に、並列していた左右両翼の艦隊は前進を続ける左翼のオトマイアーの艦隊と、足止めされている右翼のザハールカの本隊とで上下に分かれる形となり、遂に僅かな間隙が生じる。


 それに気付いたザハールカであるが、ルイ艦隊とイリス艦隊の必死の防戦に阻まれ、オトマイアーを追うことができず、直様その間隙を埋めるために艦を向かわせる指示を出す。


「全艦最大船速! 間隙に突撃する!」


 だが、その前にエドガーの艦隊が、いち早くその間になだれ込んで来る。


 エドガーの艦隊は、ロイク艦隊と同様のステルス型高速艦で構成されており、彼は間隙が生じる前から動き出しており、間隙が生じたと同時にそこに麾下の艦隊を最大船速で突入させた。


 それはピエノンテ星系の戦いで、ロイクがやってのけた事と同じである。だが、今回の作戦は二回目であり敵が前回の作戦を知っていれば、間隙に対応策を仕掛けている事も充分にあり、そうなれば逆に被害が出たのは彼の艦隊の可能性もあった。


 だが、彼はありったけの勇気を振り絞って、突撃命令を下して艦隊を最大船速で間隙に突入させたのだ。


 後にこのマレンの戦いにおけるエドガーの突撃は、”これ以上ないほど、完璧なタイミングで行われた”と称される見事な艦隊突撃と評価される事になる。


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