第2章 サルデニア侵攻戦

新体制 01



 自分の考えを話したフランは、無言で父親の返事を待っていた。

 その彼女の瞳は決意に満ちており、父親の返事次第では実力行使もやむを得ないと考えている。


 国王シャルルは父親として、娘のその決意に気付き暫く考えた後に自分の決断を話す


「わかった、私はもはや何も言うまい。フランお前にこの国と国民の未来を託すとしよう」


 国王は続けて、フランに臨時に与えていた大元帥の地位を正式に与え、更に宰相の職も与えることを伝える。

 これにより、フランは軍政と内政の両方を掌握することなり、それはつまり彼女に国の運営を任せるという国王の意志の表れであった。


 国王シャルルがフランに国家運営を任せたのは、これから始まるであろう動乱の時代には消極的な自分より、優秀な娘に任せたほうがこの国と国民の為になるであろうと考えたからである。


 王位を譲らなかったのは、フランが失敗した時に自分が王として、全ての責任を負うという父親としての愛娘を思う親心であった。


 その事はフランも解っていたので、王位の事には触れずに大元帥と宰相の任命と、それに伴う実質的な国の運営を自分に任せてくれた事に感謝の言葉を述べる。


「父上、ありがとうございます。必ずや父上の期待に答えてみせます」


 二日後、フランの大元帥と宰相就任の発表とその挨拶がおこなわれた。

 若いが優秀で勇敢な彼女が国家を運営することに、異議を唱える者は少なくない。


 だが、彼女の前線での指揮によって、今回の反乱軍鎮圧の損害が最小限でおこなわれたことが、既に国中に広がっていた。そのため国民達の間には支持する者たちの方がより多く、世論は彼女の就任に期待を持って受け入れる者が大多数という意見となったのである。


 そして、フランは就任の挨拶を終えた後に、続けて今回の反乱が【サルデニア王国】の策略によって起こされたもので、その理由が自分達の国を守るために行われた身勝手なモノであったことを公表した。


 フランは司法取引した捕虜が尋問で、”自分が【サルデニア王国】軍人で、国の命令で今回の反乱の手助けをした“と証言をした映像を流すと、その後に【サルデニア王国】と武力衝突するであろう事を示唆し、世論を戦争へと誘導する巧みな演説をおこなう。


 国家が自国の国益を優先するのは当たり前である以上、【サルデニア王国】が自国に不利になる事を認めるわけはない。


 そうなれば【ガリアルム王国】としては、外交で長期的に訴えるか、武力で認めさせるしか手段はないだろう。


 フランの演説を聞いている内に国民達は、“百年前に領土を不当に奪われ、更に今回も反乱を引き起こされ損害を受けたのに、何故今回も自分達が我慢をして、長い時間を掛けて彼の国と交渉しなければならないのか? 武力で報復して更に領地も奪還すべき!”と考えるようになっていく。


 そして、フランはその演説をこのように締め括った。


「我々はこれより苦しい戦いを経験する事になるであろう。だが、それはこの国の未来の子孫達が、幸せに暮らせる国を創るためである!」


 フランの演説を聞いた国民達は、<この国の未来の子孫の為に>つまりは<自分達の子孫達>の為に、この国を導こうとしている彼女を支持するようになる。


(見事な演説だな…。巧みに世論を戦争に導いてしまった……)


 フランが演説する壇上の下で、政府高官達と軍部高官達が並ぶその中で、ヨハンセンがそのように考えていた。


 会見が終わり解散した後、ヨハンセンが軍本部の割り振られた執務室に帰ってきて、椅子にもたれ掛かる。そして、戦争が近づいてきている事に複雑な気持ちでいると、副官のクリスティナ・フローリ中尉が書類を持って部屋に入ってきた。


 彼女はヨハンセンが広報部で<プーレちゃん>の中の人を務めていた時に、付き添いのお姉さん役として一緒に苦楽を共にした女性士官であり、その時の縁で彼が艦隊指揮官となった時にその副官を依頼したのであった。


「大尉… じゃなかった、ヨハンセン准将。書類をお持ちしました」


 クリスは言い慣れた呼び方で呼んでしまい、言い間違いに気付くと訂正してから両手に持った書類を彼のデスクに置く。


 ヨハンセンとロイクは先の反乱軍討伐の功績により、代将から正式に准将に昇格しており、この後戦時特例で少将に昇進する事が内定している。因みにルイは少佐から中佐になっており、今度戦時特例で代将になる予定となっていた。


「ありがとう、中尉。ところで、副官の任務には慣れたかい?」


 ヨハンセンの質問にクリスはこう答える。


「まあ、それなりには慣れてきましたが…。やはり、私は実戦部隊より広報部で、<プーレちゃん>と子供達を相手にしている方がいいですね…」


「中尉……。嫌なら、人事部に話をして、広報部に戻してもらおうか?」


 その彼女の言葉を聞いたヨハンセンは、申し訳ないといった表情で彼女にそう提案する。


 すると、彼女は両手を前に出して、掌を立てて左右にブンブン振ってこう答えた。


「あっ、いえっ、違います! 先程まではそう思っていたのですが、王女殿下のお話を聞いた今はこの国の未来の為に頑張ろうと思っています! この国に平和が来るまで、<プーレちゃん>とのお仕事はお預けです!」


 そう言い終わった彼女は、ガッツポーズをしながらそのように答える。

 リアクションが大きいのは、お姉さん時代のクセであった。


 その頃、ロイクも自分の執務室にいたが、こちらの部屋はムサイ男だけである。

 そのムサイ男の一人が中佐に昇進した筋骨隆々のワトーで、今回のフランの演説を聞いた自分の感想を彼に聞かせていた。


「あの『性悪ゴスロリ姫』は、この国の未来の為とか言っていたが、戦争したい理由はそれだけではない。財政の問題と王女殿下自身の兵や国民からの支持のためだ」


 フランは確かに稀代の天才ではあるが、まだ若く実績も今回の反乱軍討伐だけある。

 その彼女が、兵士や国民から支持を得る為の迅速かつ明瞭な方法は、過去の偉大な英雄達が成してきた<戦争による勝利>であった。


 <戦争による勝利>によって得た絶対的な支持を基盤に、国を自分の思い通りに運営する、それがフランの目的であるというのがロイクの考えであった。


 そして、最後に彼はワトーにこう語る。


「オマエ、これ絶対内緒だからな! 誰にも言うなよ? これがあの『性悪ゴスロリ姫』の耳に入ったら、オレの首が本当の意味で飛ぶかも知れないから!!」


 彼は『童の者』のままで死にたくないので、念の為にワトーに口外しないように釘を差しておくことにした。


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