狂い始める人生 02





 貴族の子息であるルイが士官学校の厳しい訓練や生活に耐えられたのは、名門貴族の生まれの彼に対して、教官達や同期の者達が忖度していたからである。


 そのおかげで元々優秀だったルイは、更に軍人としての才能もあったのか、学科での成績は常に上位につけることができた。


「さすがは、名門ロドリーグ家の子息! 将来が楽しみですな!」


 と、周りから持て囃されるようになる。


 それには、もちろん名門貴族の彼に媚を売っておこうという考えであり、ルイもそれには気づいていて、言われるたびに心の中でこう思っていた。


(息子が士官学校に入学している時点で、すでに我が家に力なんてないのは、解るはずなのに……。この人達は名門貴族という看板に、媚を売っているのだな……)


 だが、褒められて嬉しくない人間はおらず、ルイは努力して成績上位を維持し続ける。

 士官学校での暮らしにようやく慣れてきた二年の時、彼はとんでもないことに気付く。


「これ……、このまま優秀な成績を維持して、卒業したら前線に配属される事になるのではないのか? そうしたら、任期終了前に戦死ということも十分ありえて、そうなれば小説家どころか公務員にもなれないぞ……」


 こうして、ルイは試験でわざと手を抜いて、成績を全体の中間ぐらいを維持することに務めることになる。


 中間なのは、余り下過ぎても教官達に目をつけられるだろうし、何より世間体が悪い。


 そしてそんなある日、教官達が上位から中間まで下がったルイについて、こんな事を言っている所に偶然遭遇してしまう。


「最近ロドリーグ家の子息の成績が、中間を維持するようになったな」

「一年の時は常に上位だったのに…」

「まるで、去年卒業したロイク・アングレームみたいだな」


「ああ、確かに彼も2年までは上位だったな。3年になってからは、急に中間に落ちて今は後方の基地勤務だったな」


「まあ、あの世代は新卒で異例の参謀本部に配属された、主席卒業のクレール・ヴェルノンが抜きん出ていたからな」


 ルイはそこまで話を聞くと、教官達に見つかるとバツが悪いので、そうならないうちにその場を立ち去った。


 そして、ルイが二年最後の期末試験を終えて、寮の自室で小説の構想を練っていた時、突然教官から呼び出しを受ける。


(何か問題を起こしたかな…?)


 ルイは、真面目な人間であるため問題行動などは起こさない。

 <※試験でわざと手を抜いていることは、悪いことだとは思っていないらしい>


 そのため、自分がこの時期に教員に呼び出される理由が思いつかない彼は、この呼出を訝しがりながら職員室のある本部庁舎へと向かう。


 ルイが職員室の中に入ると、部屋の空気が張り詰めていることに気付く。


(何かいつもと違うな…)


 職員室に来たルイに、教官は校長室に行くように伝える。

 彼にそう伝えた教官も少し緊張しているようであった。


(明らかに、何かがおかしい……)


 ルイはここに来て、明らかに何かがオカシイ事に気付いて、少し不安になってくる。


 校長室に呼び出せられること事態が、そもそも異常事態なのであり、教官の態度もいつもと違う。


 彼は逃げ出そうかとも思ったが、恐らく屈強な教官達に捕まるであろう事は自明の理で、覚悟を決めて校長室に歩みを進める。


 ルイは校長室の前に立つと、深呼吸を一度だけして心を落ち着かせ、ドアをノックして返事を待つ。


 すると、部屋の中から校長の声で「どうぞ」という声が聞こえてきたので、ルイは「失礼します」と言って中に入ると、部屋の中の光景を見て驚く。


 何故ならばこの士官学校で一番の肩書を持つ校長が、左側のソファーつまり下座に座りさらに緊張のため汗がでるのか、こまめにハンカチで顔の汗を拭っていた。


 今にして思えば、あのまま回れ右して校長室を出て、ダッシュで逃げ自分に奇跡が起きて逃げ切れる事にかければよかった……。


 だが若いルイは、校長が下座に座りハンカチで汗を拭くほど緊張する人物の正体への興味を抑えられなかった。


(では、右側の上座に座っている人物は誰だ?)


 ルイはその上座に座る人物を見ると、そこには肌が異常なほど白く髪も銀髪で目は淡い青色で顔立ちはとても整っており、その肌の色と相まってまるで高級な人形のようであった。


 服装は肌と対象の黒のゴスロリ服を着用しており、更に人形感を出している。


 その人形のような少女は、15歳とは思えない気高さを纏っており、凛とした表情で優雅に紅茶を飲みながら座っていた。


 その少女は、紅茶を飲みながらルイを一瞥すると、静かに手に持っていたティーカップを皿に戻すと、彼の方を向いて少し睨みつけるような感じでこう話しかけてくる。


「久しぶりだな、ルイ。最後に会ったのは三年前の私の誕生日会であったな……」

「フランソワーズ様……」


 ルイは驚きのあまりに、彼女の名前だけしか言葉が出てこなかった。

 彼女の名前はフランソワーズ・ガリアルム、通称フラン。


 この【ガリアルム王国】の、王女で次期女王になる人物である。

 そのためオーラが半端なく、ルイはこの2歳年下の少女が少し苦手であった。


「しかし、ルイ。オマエも冷たいやつではないか。いくら士官学校に入ったとはいえ、私の誕生日会ぐらい来てくれても良かったのではないかな? それとも、ここの教官が駄目だと言ったのかな?」


 フランのこの言葉を聞いた校長は、下を向いて汗を拭く速さも速くなる。

 ルイはフランに釈明しておくことにした。


「いえ、そのようなことは…。日々の訓練と講義で体力を使い果たしてしまい、それで誕生会には参上することが出来ませんでした。申し訳ありませんでした、フランソワーズ様」


 ルイの答えは本当で、そのため彼は実家にも一度も帰っていない。

 そのルイの釈明を聞いたフランは、暗に校長を攻める言葉を口にした。


「そうか…。では、やはりここの教官のせいではないか。生徒の体力を無視して、無理なカリキュラムを与える非効率的な指導…… これはここの体制を新ためねばならんな…」


 フランの言葉を聞いた校長の顔は一瞬にして青ざめ、ガクブルしながら汗を拭きまくっている。


 その校長の様子を見たルイはすぐさま助け船を出す。


「フランソワーズ様、学校は悪くありません。私が非力なのが悪いのです」


 ルイがそう言うと、フランは冷徹な目でこう言い返した。


「当たり前だ、ルイ。当然オマエが一番悪い。…………冗談だ、王女様ジョークだ。許せ、校長」


 そう答えたフランはニヤける口元を広げた洋扇で隠す。

 その広げられた洋扇には、<peace(平和)>と書かれていた。


(アナタが言うと冗談に聞こえないよ! あとその洋扇の文字は何だよ! 全然<peace(平和)>じゃないよ!)


 ルイは心の中で、この横暴王女様に突っ込んだ。


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