雪をかける少女

シロクマKun

第1話 雪をかける少女


 アホか?って思うほど雪がドカドカ降ってるし。

 この辺じゃ滅多に降らないからあたしのテンション爆上がりなんだけど。

 高校のだっさい赤ジャージに半纏はんてん羽織っただけのカッコで外に出てみた。

 真っ黒い夜の空から絶える事なく白い塊が落ちてくる。ずーっと上を見てたら、顔面に雪の粒が当たり、すぐに染み込むように溶けていくのが冷たくて気持ちいい。このままずっと上向いてたら顔面に雪が積もるだろうか? 積もったらいいのに。


「え? ナニしてんの?」


 突然、背後からそう声を掛けられた。若い男の声だった。


「ん? 顔面に雪が積もるかと」

 上を向いたまま答えるあたし。


「お前バカか? 顔に雪積もったら窒息するやん?」


「いや、馬鹿はアンタだろ?  それまで首が持たんわ。ってか、アンタ誰よ? あたしの背後に立つとはいい度胸してんじゃない?」

 あたしは夜空見上げてるから背後にいるバカを見れない。


「どこの13サーティンだよ? 俺だ、俺……っていい加減、首戻せよ? バカと話してるみたいで落ち着かんわ。あ、こら、雪食うな」


 口をかぱっと開けてると雪の粒が飛び込んでくる。うーん、予想と違ってなんかジャリっとする。


「うまくない……むしろニガい」


「ばっか、雪は見た目綺麗だけど、中身は汚れてんだよ。つか、俺の事忘れてない?」


 あたしは口の中に残った苦いのをぺっと吐き出しながら、後ろを振り向いてみる。そこに、なんかチャラくなりそこねた田舎のにーちゃんみたいなのが、ヘラっとした顔で立ってた。あたしと同じ高校生くらい? つか、その軽薄そうな顔見てたらやたら蹴りたい衝動に駆られるのはなんでだろう? わからないんでとりあえず蹴ってみた。


「えっ、なんでいきなり蹴るの⁈」

 くそ、避けられたか。


「いや、なんとなく。で、誰だっけ?」 


「なんとなくで蹴んのか、おまえはっ。しかも忘れてるし。秋人だよっ」


 秋人秋人……あきひとあきひと……あっ?


「おっぱいの?」


「そう、おっぱいの!」

 嬉しそうに頷く秋人。


「秋人!」

 両手を広げて彼の名を呼ぶあたし。


「美冬っ!」

 満面の笑みで飛び込んで来る秋人。



「げふっっ」

 絶妙なタイミングで秋人の首にあたしのラリアートが決まり、彼は見事に一回転して積もった雪の中にまるでマンガのような人型のへこみを作った。


「……アートだわ」

 いや別に、ラリアートでアートだyo!とか韻は踏んでないんだけど。





 何年かぶりで会った幼馴染の秋人は、幸せそうな顔でのびていた。

 面倒くさいんでそのままほっとこうかと思ったけど、雪の中に放置してたら流石に死んでしまうので、ズルズルと家まで引き摺ってきた。

 とりあえず、居間のストーブの前に転がしておく。


 ふうっ、しかし何でコイツはまたノコノコやって来たんだろう?

 会うのはあの事件以来だから、かれこれ10年くらいか。





  ◇



 あたしと秋人はとある小さな村に住んでいた幼馴染だ。その村ってのは少し変わってて、村人達は何かしらの特殊能力を持っていた。まあ、特殊能力って言っても手から火が出せるとかそんな大層なモンでなく、せいぜい動物と少し話せるとか、たまに予知夢っぽいのを見るとかその程度なんだけど、あたしと秋人だけは違った。二人が組む事で、とんでもない能力を発揮してしまうのだった。


 さて、その能力とはなにか?


 それは平行世界移動である。


 つまり、パラレルワールド、違う世界線へと移動してしまう能力だった。


 そしてその発動条件がどうしようもなく下らないモノだった。



 それは、秋人があたしのおっぱいを揉む事で発動するのである。





 そうあれは、あたしと秋人が7歳くらいの時だった。

 秋人が突然、こう言って来たのだ。


「美冬ちゃん、おっぱい揉ませて」


「はぁ?おっぱいないよ?」

 

「え?なんでないの?」


「そりゃ子供だもん」


 結局、アイツは先っちょだけでもいいからと訳のわからない事を言いながら、あたしのまだ膨らんでもないおっぱいを揉んだのである。

 その瞬間、あたしは空間が歪むのを感じ、気がついたらパラレルワールドにいたのだ。そこは元いた村と非常によく似た村だった。だけど何かが少しずつ違ってた。そこにいた人達も、あたしの知ってる村人達だったけど、向こうはあたしを知らなかった。因みに飛ばされたのはあたしだけで、秋人はいなかった。あたしは訳わかんない場所で途方に暮れたんだけど、親切なカッコいいお兄さんに助けられ、その後なんとか元の世界へと戻れたのである。


 その間、元の世界ではあたしが神隠しにあって突然居なくなったと、大騒ぎになったらしい。幸いその日の内に戻ってこれたものの、異世界に飛ばされた原因が秋人におっぱいを揉まれた事だと大人達に知られ、あたしと秋人は引き離される事になったのだ。


 そして10年の月日が流れたのである。



  ◇


 


「うーん、うーん……はっ⁉」


 何やら苦しそうに唸ってた秋人が唐突に目を覚まして飛び起きた。


「なに?アンタ、えらくうなされてたけど?」

 そう声を掛けると、秋人はぼーっとした顔でアタシを眺めてくる。


「ううっサンマになって炭火で焼かれてる夢見たよ……って、あっつっ⁉ あっつっ⁉」


 大袈裟に騒ぎながら電気ストーブの前から飛び退く秋人。


「近い近いっ! ストーブめっちゃ近い! 何? 何処に寝かしてくれてんの⁉」


「いや、服濡れてたから早く乾かしてやろうと思ってさ」


「乾く前に火傷するわっ! うわっチンコめっちゃ熱い! チンコあっつぅ!」


「騒がしいヤツだな、乙女の前でチンコチンコ連呼すんなよ? って、何ズボン脱いでんだよっ」


 秋人は大慌てでズボンのベルト外してズボンを下ろしてる。


「だってチンコが熱いんだよっ! 水っ! 水かけて!」

 言いながら水道を探そうとする秋人。だが、ズボンが足に絡まって彼は壮大にコケた。が、コケたその先に運悪くあたしがいた。


「げっ」

 まるで秋人に押し倒される様な格好で倒れ込むあたし。しかも、アイツの手があたしのおっぱいに当たってるってば。どんだけベタなラッキースケベだよこれ? ああっだから手を動かすなっ!


 そう言おうとした時にはもう遅い。


 空間が激しく歪んでいく。


 またかよっ? 


 歪む空間と共にあたしの意識は白く霞んでいった。






  ◇




 ふと気が付くと、あたしは畳敷きの広い集会場のような場所に立っていた。

 辺りには誰も居ない。窓から明るい太陽の光が差し込んでいる。夜だったのが昼間になってしまっていた。


 やはりここはパラレルワールドなのだろうか?


 偶然とはいえ、また秋人におっぱい揉まれちゃったしなぁ。ってか、戻ったら絶対アイツ半殺しにしてやる。


 とりあえず外に出て探索する事にした。元の世界に帰る方法を見つけないと。前に異世界に飛んだ時はどうやって戻ったっけ? 

 イケメンのお兄さんに良くして貰ったのは覚えてるけど、肝心の帰った方法が思い出せない。


 外に出たら、かなり寒いけど快晴だった。元の世界じゃ結構雪が積もってたけど、ここはうっすら積もってる程度だった。陽射しがある分、半纏はんてんと赤ジャージでなんとかしのげる。

 

 村の中はやはり元の世界とよく似ていた。ただ、微妙に違っているのだけど、どこか懐かしい感じもするのは何故だろう? 前に異世界に飛んだ時は違和感が強かったけど、今回は違和感はあまり感じない。


 宛もなく村を彷徨ってたら、第一村人を発見した。


 ってか、知ってる人だった。真冬でも必ず半袖を着てるので有名なおじさんだ。


「オカモトさん、こんちは。寒いですねぇ?」

  あたしは取り敢えず探りを入れる為、話掛けてみた。


「ん? ああ、こんちわぁ。はて、どちらのお嬢さんだっけ?」

 やはりあたしの事は知らないらしい。おじさんは思い出そうと首を傾げている。あたしの世界のオカモトさんなら、つい2、3日前に挨拶したばかりだからこんな反応をする筈はない。ん? あれ? 近くで見るオカモトさんは、顔もなんか微妙に違ってた。


「ああ、アンタどっかで見た事あるなと思ったら、美冬ちゃんに似てるなぁ。親戚かなにかかい?」


 ええっ? この世界にも美冬がいるの?


「あっ、はいっ、あたし、美冬の遠い親戚なんです。美冬、今どこにいるか知ってます?」

 咄嗟にそうウソついた。違う世界のあたしなら、元の世界に帰る手掛かりが得られるかもしれない。


「うーん、この時間なら、秋人と一緒にいるんじゃないかな? 場所までは知らんけど」


 おおっ、秋人もいるのか。なら、話が早い。要はこの世界の秋人にあたしのおっぱいを揉んで貰えばいいのだ。

 あたしはおじさんに礼を言って別れ、美冬と秋人を探し始めた。



 因みに、秋人以外では能力が発動しないのは実験済みだったりするのである。いやそりゃ、実験しとかないと不安でしょ? だって、おっぱい揉まれる度に異世界に飛んでたらたまんないもん。幸いというか、なんというか、秋人以外の男(一応、女も)におっぱい揉まれても能力発動しませんでしたよぉ。


 さて、元の世界でなら絶対秋人なんぞにおっぱい揉ませないんだけど(ラッキースケベは別として)、この異世界なら、何が何でも秋人におっぱいを揉ませなくてはならない。つか、このあたしのおっぱいタダで揉ませてやるっていうんだから、アイツ的には幸せ過ぎて泣けるくらいの事だよね?

 こりゃ、秋人さえ見つければ作戦完了したようなもんじゃん?

 楽勝、楽勝。





 ……そう思ってたんだけどね。




 この世界の美冬と秋人は案外早く見つかったのよ。


 で、秋人に「あたしのおっぱい揉んでくれない?」


 そう言ったんだけどね。


 ドン引きして美冬の後ろに隠れる秋人、そして、秋人を庇いながらあたしを下から睨みつける美冬。


「なんですか⁉ おねぇさん、へんたいですかっ!」



 この世界の美冬と秋人は6歳児でした。





  ◇




「ちょっ、待って! 話を聞いてってばっ!」

 叫ぶあたしにお構い無しに逃げて行く二人。


「うぇっ、こっこわいよぉ、赤い人が追っかけてくるよぅ」

 ぐすぐすと泣き続ける秋人の手を、こっちの美冬ががっちり掴んで引っ張っていく。

「泣くなっ秋人! 『チチ揉み女』に捕まったら食べられるよっ!」


 食わんわっ! 『口裂け女』みたいに言うなよっ。ってか、それを言うなら『チチ揉ませ女』だろ?

 うーん、やっぱいきなり「あたしのおっぱい揉んで?」は、幼児にはキツかったかな?

 いや、てっきりあのおっぱい星人の秋人だったら喜んで揉むと思ったのになぁ。しかし、こっちの美冬は結構しっかりしてるなあ。完全に秋人尻に敷いてるよ。


 雪の中、ちょこまかと逃げる二人を追って行くのはかなりキツかった。やがて二人は見覚えある建物に入っていく。

 ええ? これって、小学校じゃん?


 それは元の世界にもかつて存在していた小学校だった。あたしと秋人も小二まで通っていたけど、隣の町に統合され、老朽化した建物は潰された。その小学校にそっくりだった。

 二人を追いかけながら、あたしはなにか強烈なデジャヴを感じていた。


 雪が積もる中、秋人と一緒に必死で走ってるイメージ。そしてその先の展開は、何か良くない事が起こるという不安。

 このまま二人を走らせたらヤバいという警告音が頭の中で鳴り響く。


 そうとも知らずに二人は学校の裏門を走り抜けていく。この先にあるのは確か……。


「そっち行っちゃダメ! お願い、止まって‼」


 だだっ広い平地を走っていた二人が突如何かに足を取られバランスを崩す。

 美冬の方はその場で四つん這いになったが、後ろにいるはずの秋人の姿が消えていた。


「美冬っ! 動かないで! あんたまで落ちるよ‼」


 名前を呼ばれた事にビクっとなり、そのまま固まる美冬。


 その場所は平地ではなく、溜池だった。氷が張り、その上に雪が積もって平地のようにに見えていただけなのだ。二人の重みで氷が割れ、美冬はギリギリで落ちなかったか、秋人は池の中に落ちてしまったのだろう。


「美冬、ゆっくり穴から離れてっ!」


「……秋人が落ちちゃったよぉ」


「あたしが助けるから、アンタは離れなさいっ」

 

 美冬が四つん這いのままそろそろとバックしていくのを確認しつつ、あたしは氷が張る溜池に足を踏み入れる。すぐピキピキと嫌な音がするけど、そんなのに構っていられない。秋人が落ちた場所に近づくと氷はあっさり割れ、あたしも溜池に落ちた。深さはそんなに深くない。1㍍あるかないかぐらいか。

 手で探ると秋人の体はすぐわかったので一気に引き上げる。


 水から上げた秋人は一瞬の間の後、大声で泣きじゃくり始めた。

 良かったぁ〜、どうやら水は飲んでないらしい。落ちた瞬間からずっと息を止めてたんだろう。あたしは一旦半纏を脱ぎ、秋人をおんぶしてその上から半纏を着た。取り敢えず早くこの溜池から出て暖めないとあたしも秋人もヤバい。


「美冬っ、学校の用務員室わかる? 多分用務員のおじさんがいるから、ストーブ付けといて貰って!」


 あたしは先に溜池の上から脱出してた美冬にそう声を掛ける。

 元の世界では住み込みの用務員さんがいつもいたから、この世界でもたぶん同じだろう。


「わかった!」

 そう言って美冬が駆けていく。





「おねえさん、助けてくれてありがとう」


 用務員室に向かう途中で背中におわれた秋人がそう言ってきた。

 

「うん、礼はいいからさ、一つお願い聞いてくれない?」







 用務員のおじさんと美冬がちゃんと部屋の中にいるのを確認して、あたしは用務員室のドアの前で秋人を下ろし、胸を差し出した。


「はい、お願い」


 半纏を着たままの秋人が小さい両手を伸ばしつつ、あたしに尋ねてくる。


「おねえさん、また会える?」


「さあ、どうかな? たぶん、会えるんじゃない?」


 秋人におっぱいを揉まれつつ、あたしはそう答えた。急激に空間が歪み、意識が白く霞んでいく中で、あたしは目一杯の笑顔を彼に向けたけど、果たしてそれは届いただろうか?




  ◇




 白く霞んでいた世界に色が戻っていく。歪んだ空間が正常化されて行き、

気が付いたらあたしは自分の家の前に立っていた。辺りは真っ暗で、雪がしんしんと降り注いでいる。

 寒さにブルっと体が震え、両手で自分の体を抱えた時、半纏がなく、ジャージだけな事に気付いた。ってか、体中、ずぶ濡れで凍えそうだ。

 どうやら、無事に元の世界に戻って来れたらしい。


 慌てて家の中に入り、居間へと向かう。


 家の中は明かりがついており、暖房されてるのか暖かかった。あっちに飛ばされてる間、こっちの時間はどれくらいたったんだろう?


 そんな事を考えながら居間に入った瞬間、あたしは固まった。

 

 そこに二人の人間がいたからである。

 因みに、家の両親は二人とも仕事で1週間ほど帰ってこない。だから今はあたしだけのはずなのだ。



 そこであたしが見たもの、それは、こちらに背を向けて立つ、つい最近見た事あるような幼女と、その幼女の胸の辺りに両手を伸ばしている、チャラくなりそこねた秋人の姿だった。


 

「えっ……」

 

 秋人と目が合い、その目が強烈に泳ぎ出した時、幼女の姿が白くかすみながらぱっと消えた。


  

 ……暫し沈黙の後、


「こ、これには深い意味があってだね……」

 

 秋人か何か言いかけたけど、その言葉は最後まで聞けなかった。秋人の脳天にあたしの踵落としが炸裂したからである。




  ◇



 とりあえず、のびてる秋人は廊下に放り出して、あたしは風呂に入り、パジャマに着替えてやっと落ち着いた。


 熱いお茶を飲んでると、秋人の声が廊下から聞こえてきた。


「ううっ、マグロになって冷凍される夢を見たよ……って、さっむっ⁉ めっちゃさっむ⁉」


 けたたましく戸を開けて秋人が居間に飛び込んできた。


「お、おまっ、殺す気か⁉」


「廊下で凍死するかよ。ってかあんたさあ、さっきの子、誰?」


「お、おぉ、ありゃ、違う世界の美冬だよ」


 


 秋人の証言によると、あたしが消えたのは昨日の夜で、秋人は夜が開けるまでここにいて、それから外に探しに出たらしい。そこで、迷子になって途方に暮れてたあの子と出会い、とりあえずこの家に連れて来て、遊んであげたり、食事作ってあげたりしたのだそう。



「……そんで夜になって、ひょっとしたらおっぱい揉まれたら帰れるかも、って少女が言い出したから揉んでやった、と?」


「そーゆー事」

 そう言ってへらっと笑うコイツがすごいムカつくんだけど。


 うーん、下手したら犯罪臭いけど、事情知ってる身としては仕方ない事だしねぇ。


「まあ、違う世界のあたしを助けてくれてありがと」


「へっ⁉」

 むっちゃびっくりしてる姿もムカつくなぁ。あたしが礼言ったらそんなに意外かよ?


「で、アンタさあ、結局何しにあたしンとこ来たの?」


「あ、ああ、俺さあ、料理の勉強したくてさ、都会の専門学校に行くことになったんだよね。それ、お前に報告したくてさ」


「へぇ、アンタ、コックになるんだ?」

 恥ずかしそうに頷く秋人。


 でも、なんであたしに報告したかったのかな? もしかしてあたしに惚れてる? いや、それはなさそうだなぁ。


「もしかして、最後におっぱい揉ませろ、とか言いに来たのw?」


 さすがにそれはないだろうと思ってジョーダンめかして言ったら、秋人の目が強烈に泳ぎ出した。


「あんたまさか……」


「いやいやないない、いや、ない事もないけど……とりあえずちっさい美冬のおっぱいは揉めたし……」

 

「出てけーっ!!」


 あたしは秋人の尻を蹴飛ばしながら、玄関から外に叩き出した。


「ちょっ、まて、待てって! 明後日、出発するからさ、良かったら見送りを……」


「誰が行くかっ!」


 そのまま玄関の戸をピシャリと閉め、厳重に鍵を掛ける。

 外で秋人が何か言ってたけど、無視してそのまま寝たのだった。






  ◇



 秋人が旅立つという朝、あたし宛に荷物が届いた。


 開けてみると、かなり古くなった半纏と手紙が入ってた。


 その手紙には秋人の字で簡潔にこう書かれていた。





『おねえさんは俺の初恋でした。


 借りてた半纏返します。ありがとう。



  秋人』





 

  ◇




 駅が見下ろせる丘までやってきた。


 秋人が家族や友人達と別れの挨拶をしているのが見えた。


 あたしはあそこに混ざるつもりはないし、せめてここから見送ってやろう。


 あたしの初恋の相手を。





 結局、あたしは思い違いをしていたのだ。


 あたしの能力は平行世界移動ではなく、時間移動だった。


 今回あたしが飛んだのは過去の世界だったのだ。そして、あそこでのやり取りで秋人をおっぱい星人にしてしまったのだろう。おっぱい星人となった秋人は好奇心から過去の美冬のおっぱいを揉み、幼い美冬は逆に現代へと飛んできたのだろう。そして幼い美冬は親切にしてくれた現代の秋人に恋をした。


 なんのことはない、幼い秋人は現代のあたし(美冬)に、

 そして、幼い美冬は現代の秋人に、それぞれ恋をしたのだ。



 

 秋人が荷物を抱えて電車に乗り込むのを見ながら、あたしはなぜかウルっとしてしまうのを感じた。



 それは格好良いと思ってた初恋の人があの秋人だと知ったショックなのか、

頼りない弟分がしっかり前を向いて歩き出した事への感激の気持ちなのか、

あたし自身にもわからなかった。



 ただ、今度会った時はもう少し優しくしてあげようと思う。


 




 絶対おっぱいは揉ませないけど。

















 雪を溶く熱

〜雪をかける少女〜


  完



 












 







 

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