第101話 カイトの場合
――何かがおかしい。
最近とみにそう思う。
思えば今年の春頃からだったろう。
自分に『友達』と呼べる人たちが現れたのは。
マリン、クズノ、シダラ、ユリス。
それぞれがそれぞれにカイトを特別視しない人間だ。
「有難い」
素直にそう思う。
昔は違った。
友達だと思って友誼を深めていたはずなのに気づけば、
「好きです」
なんて言われる始末。
それが嫌で孤高を気取っていたらさらに交友関係の敷居が高くなっていく。
負のスパイラルとはまさにこれだろう。
だからこそ今の状況は大切だ。
宝物だ。
オルゴール箱だ。
友情と云う歌詞に信頼と云う旋律のクラシックが胸の奥で流れているのをカイトは十全に認識できた。
「曲名をつけるなら『幸福』という辺りかな?」
くっくと笑う。
プリンスらしいシニカルな笑いだ。
ボーイッシュな雰囲気と相まって実にハードボイルド。
友達が出来だしたのが春頃なのはわかってはいるが、基準点となるマリンとはいったい何処で出会ったろうと思っていたらマリンの寮部屋の前まで来ていた。
と、
「あら」
「まぁ」
「おや」
クズノとシダラと鉢合わせた。
一応知り合いだ。
やはりマリン同様にどこで関係性を築いていたのかはわからないかしまし娘だった。
内一人がカランカランと玄関ベルが鳴らす。
マリンが迎えてくれた。
「どうも……」
気後れしながら三人を招き入れるとマリンは全員に紅茶をふるまった。
「ん。美味しいですわ」
「さすがっす」
「だね」
三人ともにマリンの手捌きに敬意を込める。
「ところで」
とこれはクズノ。
「わたくしたちはどうやって知り合ったのか覚えてらっしゃる方は?」
「あう……」
「さてっす」
「ふむ」
マリンもシダラもカイトも心当たりは無いらしい。
「わたくしとマリンはクラスメイトですからともあれ。シダラとカイトはいったいどのように?」
「そういえば不思議っすね……」
「ふむ」
わからないようだ。
「あう……」
とマリンが言葉を発する。
「皆は……私のルームメイトって……覚えてる……?」
「マリンのルームメイト……ですの?」
「そういえば二人部屋なのに一人で暮らしているっすね」
「何か問題でも?」
「あう……」
と委縮して、
「こっち……」
とマリンは使っていない方の私室に三人を案内する。
ざっくばらんな部屋模様において違和感を覚えたのは三人が同時だった。
「男物の服ですの」
クズノが言う。
「マリンは男を囲っていたっすか?」
シダラが言う。
「それはありえないだろう」
カイトは否定した。
しかして絶対的証拠があるのもまた事実で。
「ふむ」
とカイトは思案する。
「マリンは処女かい?」
「あう……。うん……」
「そっか。なら男の可能性は薄いだろうね」
「男装癖とかっすか?」
「そんな趣味は……ないよ……?」
「男物の服。かといってマリンには関係なく。しかも私室を占領している……ですか」
「どこか認識のピースが欠けている印象があるね」
カイトの言葉に、
「っすね」
シダラも同意した。
「そのピースとやらが何かを覚えていない、と?」
クズノの問いに、
「そういうことだろう」
カイトは首肯する。
「僕は知らないけど仮に『人の記憶を消去する』魔術……なんてモノがあっても不思議じゃない」
「とすれば相手は魔女……つまり女ってことになりますわね」
「マリンは思い出せないっすか?」
「あう……」
相も変わらず委縮するマリンだった。
「僕もこの部屋にお邪魔した記憶は多数ある。それなのにマリンと友誼を深めるためかと言われれば微妙にズレを感じるね」
「名も知らぬ第三者がカギを握っている……と?」
「可能性の話だよ」
カイトは肩をすくめた。
*
カイトの帰郷は新年を越えてからだった。
一応色付きであるため学院への滞在へは名誉税として認められている。
大陸魔術学院は政治的空白地帯であるため、学生の強制的召喚は認められていない。
魔女の雛や卵ほどならともあれ色付きは学院の財産である。
「むしろ新年に顔を出すだけでも有難く思いたまえ」
とはさすがに口にしないが。
手ぶらで東の皇国に帰って、そのノリで皇城に顔を出す。
「カイト。あけましておめでとう」
カイトの母であるカナキが新年の挨拶をしてきた。
酔いがまわっているのだろう。
手にはワイングラスが。
頬が桜色に染まっていた。
「ええ。お母様。新年早々深酒はしないでくれると安心できるのだけど……」
「ペースは守っているから大丈夫よ」
よっぱらいは皆そう言うのだよ。
口にしないだけの分別は持っていたが。
「やあ。あけましておめでとうカイト。どうせなら子猫ちゃんも一緒に連れてきてほしかったな」
今度はシトネが声をかけてきた。
こちらも酒に手を出していたがケロリとしていた。
「あけましておめでとうございます殿下。子猫ちゃんとは?」
カイトには記憶にないし、元よりシトネの下半身事情に通じているわけでもない。
シトネは男色家だ。
お気に入りの男の子を見繕っては自身のハーレムに入れている。
そんなことにレーダーを張ってもしょうがないのでカイトはサラリと流そうとして、
「ビテンの事に決まってるじゃん!」
東の皇国最強の魔女の一角。
キネリがさも当然と口にした。
「ビテン?」
カイトには心底わからない人物の名だった。
「ビテンですわ」
「ビテンだね」
「ビテンだ」
そんな三人のご機嫌伺に、
「???」
まったく意味不明だ。
そう表情で語るカイトだった。
「もしかして忘れてるの?」
「忘れ……てる……?」
自分で言ったことだ。
「――僕は知らないけど仮に『人の記憶を消去する』魔術……なんてモノがあっても不思議じゃない」
「そのビテンと云うのはどういう人でしょう?」
「まぁ優秀な魔術師よね」
「愛らしい美少年だよ」
「強い!」
三人が三人とも好き勝手にビテンとやらを賛美する。
「まじゅつし?」
その表現そのものが初耳だ。
「男の魔女をそう呼ぶのよ」
「はあ……」
ポカン。
「そのビテンは男なのに魔術を使うのですか?」
「だから大陸魔術学院に入学したでしょう?」
「…………」
あごに手を添えて記憶を掘り起こすも特に意義ある鉱脈は見つからなかった。
「魔術が使えて学院に入学……そのうえ男……。もしかしてマリンと関係が?」
「いつも一緒にいたじゃない」
「子猫ちゃんが信服を寄せている女の子の名前だろう?」
「キャパさえ供給されれば戦ってみたいね!」
「とすると……あの部屋はビテンとやらのソレ……。そう考えれば辻褄は合うけど……仮にそうだとして何で僕はビテンを忘れている?」
思考思案に没頭して周りの声が遠くに聞こえる。
「ビテンは学院から自身の記憶を消した。仮に記憶を消す魔術があるとしてもそれだけの規模ならば十中八九範囲魔術」
沈思。
「マリンと相部屋をしていたというのなら北の神国か?」
黙考。
「ビテン……ビテン……ビテン……ダメだ……。わからないな。僕らの記憶を消して何の得がある? 何をメリットとする?」
沈黙思考。
「過去を消すに十分な理由とは何だ?」
結局答えは得られないわけだが。
とりあえずさばさばと思考を打ち切り、貴族としての務めを果たすことに終始した。
皇国の皇帝への平伏および新年の祝辞。
他貴族との顔繋ぎ。
と云うかどちらかと云えば顔を繋げさせられる方なのだが。
何と云っても魔女としての能力が平均から頭の一つや二つ突き抜けている。
マリンをして鬼才と言わしめた魔女である。
憧憬と損得と怪訝と嫉妬と警戒の視線を受けた。
良くも悪くも視線を集めるのは有能な魔女の業と云える。
「ビテンねぇ……」
あらかたの顔繋ぎを終えると、
「もう用は無い」
とばかりにカイトは学院に帰った。
ビテンという男の子について調べるためだ。
「意外とビテンと云う存在は杜撰な人間なのだろう」
そう思えた。
資料その他を消し忘れたのだから。
記憶を消しても記録は残る。
事務に聞けばビテンの資料を簡単に手に入れられた。
ちなみに写真技術はまだこの世界では確立されていない。
であるため字面での再会となったが、
「この場合はどうすればいいのだろうね?」
それだけがカイトの愉悦だ。
「もしも僕がこの男の子と仲が良かったとしたのなら取り戻さないのは嘘だ」
そんな秘めたる想いに火が点いた。
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