第99話 クズノの場合


 何かがおかしい。


 冬期休暇に入ってからこっちそんな違和感がクズノに付きまとっていた。


 自身が劣等生の見本ともいえるマリンと仲良くしている記憶があるのだ。


 現在のマリンは鬼才を超えて意味不明としか形容できないキャパを取り戻しているのだが、それをクズノが察するのは無茶と云うものである。


 シダラ、カイト、ユリスは自身でさえも及ばないと認めている学院のエリートたちだ。


 そこにマリンも含めたカルテットと親しい付き合いをしていたのは明白だが、


「ではきっかけは?」


 と問われると口を閉ざすしかない。


「気づけばいつの間にか」


 と言うのは容易いが、これほどそうそうたるメンツと友誼を深めておきながら出会いのきっかけを思い出せないのもどうかと思うのだ。


 ところでクズノは帰郷の準備をしていた。


 基本手ぶらで十分ではあるが、お気に入りの服やアクセなどは常に身近においておきたいため小さなカバン程度の荷物にはなる。


 帰郷の準備は一時間もあれば事足りる。


「その前に……」


 やるべきことがあった。


「マリンとの関係性の確認」


 これに尽きる。


「ふむ……」


 あれこれ思案しながらマリンの部屋へと赴く。


 同じクラスメイトであり、友誼を深めた中でもあるため、マリンの寮部屋の位置はわかるのだ。


 そしてマリンの淹れてくれるコーヒーや紅茶が美味しいことも知っている。


「では何故自分はマリンのコーヒーや紅茶の味を知っているのか?」


 と問われれば返す言葉もないのだが。


 その辺りの違和感をほぐすためにマリンの部屋を訪ねるのだった。


 と、


「あら」


「まぁ」


「おや」


 シダラとカイトと鉢合わせた。


 一応知り合いだ。


 やはりマリン同様にどこで関係性を築いていたのかはわからないかしまし娘だった。


 内一人がカランカランと玄関ベルが鳴らす。


 マリンが迎えた。


「どうも……」


 気後れしながら三人を招き入れるとマリンは全員に紅茶をふるまった。


「ん。美味しいですわ」


「さすがっす」


「だね」


 三人ともにマリンの手捌きに敬意を込める。


「ところで」


 とこれはクズノ。


「わたくしたちはどうやって知り合ったのか覚えてらっしゃる方は?」


「あう……」


「さてっす」


「ふむ」


 マリンもシダラもカイトも心当たりは無いらしい。


「わたくしとマリンはクラスメイトですからともあれ。シダラとカイトはいったいどのように?」


「そういえば不思議っすね……」


「ふむ」


 わからないようだ。


「あう……」


 とマリンが言葉を発する。


「皆は……私のルームメイトって……覚えてる……?」


「マリンのルームメイト……ですの?」


「そういえば二人部屋なのに一人で暮らしているっすね」


「何か問題でも?」


「あう……」


 と委縮して、


「こっち……」


 とマリンは使っていない方の私室に三人を案内する。


 ざっくばらんな部屋模様において違和感を覚えたのは三人が同時だった。


「男物の服ですの」


 クズノが言う。


「マリンは男を囲っていたっすか?」


 シダラが言う。


「それはありえないだろう」


 カイトは否定した。


 しかして絶対的証拠があるのもまた事実で。


「ふむ」


 とカイトは思案する。


「マリンは処女かい?」


「あう……。うん……」


「そっか。なら男の可能性は薄いだろうね」


「男装癖とかっすか?」


「そんな趣味は……ないよ……?」


「男物の服。かといってマリンには関係なく。しかも私室を占領している……ですか」


「どこか認識のピースが欠けている印象があるね」


 カイトの言葉に、


「っすね」


 シダラも同意した。


「そのピースとやらが何かを覚えていない、と?」


 クズノの問いに、


「そういうことだろう」


 カイトは首肯する。


「僕は知らないけど仮に『人の記憶を消去する』魔術……なんてモノがあっても不思議じゃない」


「とすれば相手は魔女……つまり女ってことになりますわね」


「マリンは思い出せないっすか?」


「あう……」


 相も変わらず委縮するマリンだった。


「僕もこの部屋にお邪魔した記憶は多数ある。それなのにマリンと友誼を深めるためかと言われれば微妙にズレを感じるね」


「名も知らぬ第三者がカギを握っている……と?」


「可能性の話だよ」


 カイトは肩をすくめた。




    *




 色々と議論を深めはしたが結局、


「ここでの議論に意味は無い」


 と結論が出たため、いったん保留と相成った。


 そして転送魔法陣で故郷である西の帝国……その帝都に飛んだ。


「お帰りなさいませお嬢様」


 そんな風に出迎えられる。


「お母様は?」


「帝城に出向いておられます」


「そう」


 納得して、


「ハーブティーを頂戴。私室まで」


 執事に命令した。


「承りました」


 一礼してサッと消える。


 有能な執事だ。


 味は保証付きである。


 執事の淹れてくれたハーブティーを飲みながら新年のことを考えてうんざりした。


 どこの国にも言える事ではあるが新年を迎えるにあたってお祭り騒ぎになるのが毎年の恒例行事だ。


 ましてクズノは貴族の血筋であるため新年の儀と呼ばれる帝城のパーティに参加せねばならない。


 特に強制ではないが貴族としての立場もあるため、ほとんど強制のようなものだった。


 皇帝には逆らえない。


 それもまたどこの国にも言える事ではあるが。


 おそらく、というより事実確認に近いが、クズノの母であるライトが城に出向いているのも、


「新年の儀の準備に師走っているのだろう」


 ことであるのは容易に想像がついた。


「女性は貴重な戦力であり、雑事は男がするもの」


 という女性優位主義がこの世界では当たり前だが、こと新年パーティは、


「国民全員で盛り上げるもの」


 と相場が決まっている。


 クズノは、


「門松は冥土の旅の一里塚めでたくもありめでたくもなし」


 という心境だ。


 口にするほど無粋ではないが。


 そんなこんなで茶を飲みながら時間を潰すと夕餉の時間となった。


 冬と云うこともあって、


「温かいものを」


 と使用人にはリクエストしてある。


 そして使用人が迎えに来て、


「ご当主様もいらっしゃっています」


 と言った。


「お母様ですか。新年まで忙しいと思っていましたが。お父様にしわ寄せが行っているのでしょうね」


「わたくしめにはわかりかねます」


「知ってますわ」


 特に意味のない会話をしながらクズノは食堂に顔を出す。


 クズノの母親……ライトが待っていた。


 食前酒にワインを飲みつつ、


「お帰りなさいクズノ」


 と歓迎してくれる。


「ただいまですわお母様」


「一応使用人にも聞いていましたが……さすがに枢機卿猊下を招くことは無理だったようですね」


「枢機卿? マリンですか?」


「いえいえ。クズノのお婿さんですよ」


「?」


 首を傾げるクズノ。


『枢機卿』かつ『お婿さん』に該当する人物をクズノは知らない。


「またとぼけて」


 ライトは娘の反応を冗談だと思ったらしい。


「ビテンですよビテン。格好良い男の子だったじゃないですか。ほら、夏季休暇の時に連れてきてくれた……」


「ビテン? 誰ですかそれは? 夏季休暇に?」


「冗談はいいですから」


 母と娘の認識に齟齬が発生していることに双方が気づくのに多くの言葉は必要なかった。


 クズノは、


「ビテンなどと云う男の子を知らない」


 と云う。


 ライトは、


「クズノがお婿さん候補って連れてきたんでしょう?」


 と云う。


 散々議論した後、ズキリとクズノの脳が軋んだ。


「何かを忘れている」


 それは確かだ。


「次期枢機卿猊下の男の子」


「世界で唯一魔術を使う男の子」


「そして……クズノが想いをよせていた男の子」


 少なくとも母親のライトがここでくだらない言を戯れるほど愉快な性格をしていないのは十二分に承知している。


 疑うべきは自身か母親か。


 そこでふと『枢機卿猊下』であるマリンの寮部屋が思い起こされる。


 まるで『男が使っていた』かのような部屋模様。


 そして『学院寮を使えるのは魔女のみ』という規律。


 あれは『枢機卿猊下』である『世界で唯一魔術を行使できる』という『男』のものではなかったか?


 そしてそれを何故だか自分が忘れている。


 人は基本的に自身の記憶を何よりも基準にしたがる。


 過去に身を寄せないと立っていられない生物なのだ。


 が、過去……ひいては記憶は一つでもなければ絶対でもない。


 ましてライトが嘘をつく理由も見当たらない。


「何かしらの暗示でも受けているのですか?」


「…………」


 そんなはずは。


 そう言おうとして、しかし根拠薄弱たる記憶ではどうしても否定することがクズノには出来ずにいた。

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