第82話 前哨戦


 北の神国の海岸線に大本営を置いて五日。


 ビテンは遠見の魔術によって相手方の情報をリアルタイムで把握している。


 一応斥候も出てはいるが、手早く本営に情報を送るという意味ではビテンのクレアボヤンスに勝る能力はなかった。


 相手方の魔女の複数人がクレアボヤンスを使ったのが見えた。


 同時に魔女たちはケラケラ笑い出した。


 当たり前だ。


 北の神国の海岸線に集中している戦力は騎士や兵士……即ち男が主体であったのだから。


「戦争する気があるのか?」


 一字一句までは合っていないが、それがこちらの戦力を見聞した武国の魔女たちの総論だった。


 基本的に戦争とは魔女が先駆けるものだ。


 男のやることは斥候と補給、それから魔女の護衛である。


 戦力として数えられる騎士の類もいはするが、これは例外とする。


 結局魔女が戦力となる以上、魔術を使えない男はフォローに回るしかない。


 それが当たり前。


 ましてマジカルアバドンなどという魔女を消耗品扱いする武国にとって、武力と魔術とをとっちらかるのは必然と云えた。


 だからこそ此度の戦争はビテンの手の平の上なのだが。


 ラインの呪文が唱えられる。


 船であと二日の距離ではあれど遠見の魔術の射程圏ならば水平線越えの魔術行使も可能となるのだ。


「おい。禁忌魔術かよ」


 クレアボヤンスではるか遠くの魔女の唇を読むというアクロバティックな芸を見せながらビテンは戦慄した。


 それは禁忌魔術の一つだった。


 エンシェントレコードに記された神代の詩。


 神罰の執行。


 名を、


「メギドフレイム」


 という。


 術詩の知識さえあれば可能だろう。


 何せ相手は一万を超える魔女の群れ。


 それが大艦隊で押し寄せてくる。


 多数の魔女がいる以上、マジカルアバドンとしての数の暴力の他にも多人数によるキャパの共有でもって莫大なマジックキャパシティを成立させることも可能だ。


「来る!」


 ビテンがそう言うと、エル研究会の面々に緊張が奔る。


 が、結果としてこれは杞憂に終わった。


「無に帰せ」


 メギドフレイムの砲口である魔法陣が空中に描かれると同時にビテンがゼロの魔術を唱えたからだ。


 アンチマジックマジック。


 そによって霧散するメギドフレイム。


 相手方も察したろう。


「敵はゼロを使える」


 と。


 ともあれ宣戦布告は受け取った。


 ビテンもまた唱える。


「我は神の一端に触れる者。その意を以て焼き尽くせ」


 メギドフレイムの呪文を。


 はるか水平線の向こうの空に巨大な魔方陣が構築され、しかして霧散した。


「敵方もゼロが使える……か」


 ポツリと漏らす。


「どうなったの……?」


 マリンの問いに、


「別に何も」


 ビテンは飄々。


 相手方にゼロが使える魔女がいることは十全に承知されている。


 そういう意味では別段驚くほどの事でもない。


 互いにメギドフレイムのやり取りとをやって理解しただろう。


「面と向かって戦わねば結果は出ない」


 ということを。


 そして範囲指定ならともかく対象指定はどう気張っても水平線を超えられない。


 星が丸いためこれはもうしょうがない。


 であるため本番は相手方が水平線の向こうに見えた時がソレとなる。


 軍艦の数は二百を超える。


 華国の女王に聞くに、


「我が国の軍艦も使われているだろう」


 とのことだった。


「そうでなければ採算が合わない」


 ということらしい。


 元より北西大陸はアイリツ大陸とは比べ物にならないほど大きい。


 北西大陸の一部にはアイリツ大陸を、


「島国」


 と評す輩もいるくらいだ。


 もっとも海に囲まれているため海上戦争は得手である。


 大陸に足をつけて戦争をしている国……特に武国にとっては船での遠征なぞ初めてであろう。


 こうしている間にも補給線は伸びに伸び、正に、


「襲ってください」


 と言っているようなものであった。


 当然ゼロの魔術を使える魔女が護衛についているであろうから補給線にメギドフレイムを落とすことはしなかったが。


 そもそもにして武国側の状況は芳しくない。


 海での遠征。


 風呂にもトイレにも支障をきたす。


 食事も絵に描いたようにパンと肉の塩漬けと野菜。


 ビテンとしては苦笑する他ない。


「何か面白いことでもあったっすか?」


 シダラが問う。


 ビテンの表情が笑みに彩られていたためだ。


「いやまぁ……」


 ビテンは肩をすくめる。


「相手方も大変だと思ってな」


 実際その通りではある。


 補給線は限界に達している。


 一万の魔女を餓えさせないための物資が船で五日向こうともなれば愚痴の一つは出るだろう。


 そこにこそビテンは勝機を見出しているのだが。




    *




 一応のやりとりを終えた後、ビテンは夕餉を取っていた。


 日は暮れている。


 武国の魔女艦隊はよどみなくこちらへ向かって来ている。


 が、こちらにもあちらにも牽制がある限りにおいて事態は硬直していると言っていい。


 別段ゼロを使えるのがビテンだけではないため、警戒は続けられているが。


 ビテンはと云うと、


「うまうま」


 とマリンの出してきた焼きトウモロコシを食べていた。


 補給線の伸び切っている武国側に対し、神国側は補給に不便はない。


 各国それぞれが各々の兵力に物資を届けるからだ。


 この点で云えば大陸魔術学院の転送魔法陣が活躍している。


 アイリツ大陸における商人たちにとっても武国の占領は死活問題だ。


 であるため(金銭自体はきっちり取るが)物資不足に陥ることはなかった。


「あう……」


 マリンが呻く。


「どうした?」


 聡いビテンが危惧する。


「ビテン……あのね……?」


「遠慮はいらんぞ」


「一緒にお風呂入らない?」


「構わんぞ」


「わたくしが構いますわ!」


「当方もっす!」


「僕も一緒して良い?」


「…………」


 最後の沈黙はユリスだ。


 ビテンが警戒に当たらない場合、ユリスとデミィが警戒に当たることになっている。


 当然根幹になるのはゼロフィールド。


 アンチマジックの極致だ。


 さほど大層に捉えているわけでもないが。


 そんなわけでユリスを除くエル研究会は温泉に入るのだった。


 アイリツ大陸は温泉がわく。


 何処であろうと、だ。


 そんなわけで兵士たちのソレとは別に王侯貴族が使用する温泉にビテンたちは入浴する。


 当然全員が全裸だ。


 しかしてビテンは、


「臆す物なし」


 と平然としている。


 カルテットは、


「ううむ」


 と控えめだ。


 Aカップのマリンとクズノとカイトが気後れし、そこそこ豊乳のシダラが、


「勝った!」


 とガッツポーズ。


 無論だからとてビテンを欲情させるには足りないのだが。


 とまれ、


「いい湯だな」


 ビテンが安心の吐息をつく。


 ゆったりと湯船につかっているとマリンが問うてきた。


「ビテンは……いいの……?」


「何が?」


 当然の質問だ。


「ゼロフィールドを……張らなくて……」


「今はユリスとデミィが張ってるから大丈夫だろ」


 少なくとも兵士たちの安全には貢献している。


 そう言うビテンだった。


「だいたい四六時中ゼロフィールド張っても疲れるだけだしな」


 そういうことだった。


 何より、


「相手側も有視界内での戦闘にしか活路を見出せないだろ」


 そういうことでもあった。


「後はわたくしたちの出番と云うことですの?」


 これはクズノ。


「いや照れるっす」


 これはシダラ。


「そのために呼ばれたんだから否やはないけどね」


 これはカイト。


 白と赤と青の瞳がビテンを見る。


「と・こ・ろ・で……」


 クズノが言う。


「わたくしの裸を見てどう思いますの?」


「頑張れ」


 ビテンは容赦なかった。


「当方は少し大きいっすよ?」


「知ったこっちゃねぇな」


 シダラの言葉にもけんもほろろ。


「僕ではダメかい?」


「キープでいいなら問題はないが」


 どこまでも無遠慮なビテンであった。


「あう……」


 とマリン。


「ビテンは厳しすぎ……」


「マリニスト故」


 飄々とビテンは嘯く。


「私なんかより……良い人は……いるよ……」


「お前にとってはな」


 どこまで厚顔なビテンであった。


「俺はマリニズムだからマリン以外に興味はないの」


「それは……呪いだよ……」


「業が深いのは認めるがな」


 やはり嘯くようにビテン。


「ビテンの視野は……狭窄すぎ……」


「マリニスト故」


 取り合わないという点においてビテンのソレは沈黙にも値した。


「勝てる?」


「作戦が上手くいけばな」


 どこまでも飄々と。


 ビテンは全裸の美少女たちを睥睨しながら小さく欠伸をした。


「特に思うこともない」


 そんな思念が表わせられる。

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