第69話 イリーガル再び


 ビテンはマリンとカイトと共に昼食をとっていた。


 太陽は天頂。


 いつもの原っぱ。


 相も変わらずカイトは友誼と恋慕がとっちらかっているようで、けなげにお手製の弁当を用意していた。


 これについては事前にマリンと二人だけの協議をしており、作りすぎないように調整されている。


「ビテン。あーんだ」


「あーん」


 燕の雛の如く。


 口を開けて食事をねだる(というよりねだらされる)ビテンであった。


「ビテン……。あーん……」


「あーん」


 マリンともそんな感じだ。


 クズノは講義。


 シダラは未知。


 ユリスは生徒会。


 そんなわけでビテンとマリンとカイトだけと相成る。


 衆人環視の視線が痛い痛い。


 気にするビテンではないが。


 先日あんなことがあったばかりだが、特にビテンハーレムが痛痒を覚えた様子もない。


 気にするほどの事項でもないからだ。


 そんなこんなで昼食を終えて、カイトの用意したアイスティーを食後に飲んでいると見たことのある人物が原っぱに近づいてきた。


「…………」


 見たことはあるが思い出せない。


 ビテンにとって人間とはちょっと極端に言えばマリンかその他に分けられるが、此度の人物はマリンではないためその他に分類される。


 ちなみにエル研究会の面々はグレーゾーン。


 それはともあれ、


「どもですビテン」


 此度の人物(当然女子だ)がメモ帳片手に気安く声をかけてくる。


「ども」


 アイスティーを飲みながらビテンも返す。


「ユリス会長はいらっしゃらないので?」


「まぁあれで多忙の身だからな」


 しゃーない、と。


「で、誰?」


「ありゃりゃ」


 ガクッとこける女生徒。


「覚えておらず?」


「申し訳ないが」


 まったく、


「申し訳ない」


 なぞと感じさせない表情で言うのだから中々のものだ。


「イリーガル新聞研究会です」


「?」


 完全に記憶から消去されていた。


 ビテンの脳機能は鬼才の域に達してはいるものの興味の対象外が記憶として摩耗するのもしょうがないのだが。


 あまりにマリニズム。


 これで素なのだからタチが悪い。


「コホン」


 と女生徒は咳をして立場を整える。


「前期に一度取材させてもらった者です」


「はあ……」


「名をハルビナと申します」


「ハルビナね」


 女生徒の名を呼ぶ。


「多分明日には忘れているだろうな」


 などと考えつつ。


「で?」


「とは?」


「イリーガル新聞研究会とは何ぞや?」


「そこからですか」


 ここまでくればいっそ清々しいとハルビナは後日語る。


 今この場では脱力したように肩を落としただけだったが。


「我々は新聞部と隔絶したマスメディアです」


「ふーん」


 自分から問うておいてこの態度である。


 この面の皮の厚さはもう矯正できない。


「三つ子の魂百まで」


 とも言う。


「新聞部の様に規律に従った組織ではなく真に報道の自由を追求せんとするためイリーガルな情報に手を伸ばす冒険者……といったところでしょうか」


「要するにパパラッチか」


 身も蓋もないとは正にこのことだ。


「もうそれでいいです」


 ハルビナも説得を諦めたようだった。


 そんなわけで、話題は本質へ。


「カイトファンクラブとユリスファンクラブに決闘を申し込まれましたね?」


「だな」


 さすがにそれくらいは忘れていないらしい。


「おそらく事が終わったら忘れるだろうが」


 という確信めいたものもあるが。


「決闘のルールはビテンが決めることとなっているみたいですけど、いったいどんな決闘を?」


「え? 俺が決めるのか?」


 ポカンとビテン。


「特に生徒会や統括理事が取り仕切る決闘でもない限り、決闘を受けた側がルールを定めるのが常識ですが……」


「へえ」


 他に言いようがなかった。


「決闘のルールを決めないと話が先に進みませんよ?」


 興味津々とハルビナ。


「あー、じゃあゴーレム代理戦で」


 完全に今この場で決めたことは明らかだった。


 ゴーレム代理戦。


 ゴーレム戦の一種だが、魔術で作ったゴーレムに決闘を一任するタイプのソレだ。


「一対一の決闘ですか……」


「いや、相手は何人でも構わん」


 不遜に過ぎる物言いだが、ビテンの口から出ると驕りを感じられないのがハルビナには新鮮だった。


「決闘の構図は俺とカイトおよびユリスファンクラブの争いだろ? なら決着をつけるならば相手の全戦力と闘った方が後腐れがなくていい」


「ゴーレムの魔術を使える生徒はそこそこいますよ?」


「へえ」


 やはり他に言いようがなかった。


「それでも勝てる、と?」


「はあ」


 ぼんやり肯定。


 決して敵対するカイトおよびユリスファンクラブの女生徒たちを下に見ているわけではないが結果としてそうなった。


「ふむふむ」


 メモ帳にネタを書き込むハルビナ。


「話は変わりますが、もうハーレムは抱かれましたか?」


「ハーレムって何だ?」


「またまたぁ。エル研究会の事ですよ」


「ハーレムねぇ?」


「カイトやユリスが男に汚されているかもと乙女たちは戦々恐々のようですよ」


「まだ手は出していない」


「今後可能性は有ると?」


「ない」


「ないんだ……」


 最後のはマリンの言。


「キスくらいはしましたか?」


「してないが」


「ありゃりゃ」


「ていうか新聞のネタになる質問じゃない気もするがな」


「大丈夫です」


「何を根拠に?」


「我々はイリーガル新聞研究会。イリーガルなネタこそを欲しています」


「付き合わされる身にもなれ」


「ビテンとカイトとユリス会長は今一番ホットな話題ですから」


「さいか」


 アイスティーを飲む。


「カイトは当事者としてどう思います?」


「どう思うって聞かれてもね」


 質問が抽象的過ぎた。


「ビテンは勝てると思いますか?」


「負ける方が難しい気もするな」


「信頼ですね」


「普遍的事実だよ」


 言葉そのものは淡々としていた。


 本当に、


「言葉通りだ」


 と態度で示す。


 ハルビナは飛天図書館を知らない。


 もし知っているのならビテンの英知の一端に触れられたろうが。


 もっともソレはここで語るべきことでもない。


「ビテンが負けた場合ハーレムからの脱退を余儀なくされますが?」


「友人関係にまで口を出されてもなぁ」


「友人……ですか……?」


 さすがに当惑するハルビナ。


「こいつは心底本音だぞ」


 ビテンが補足する。


「ビテンとは友人関係だと?」


「さっきからそう言っているね」


 ニコッと淡泊に笑うカイトだった。


 碧眼に喜色が浮かぶ。


「ビテンの愛人だという噂も流れておりますが」


「事実無根だよ」


「本当に?」


「疑わしい距離感であることは否定しないけどね」


「カイトはビテンが好きなわけじゃないと?」


「好きだよ?」


「好きなんですか……」


「好きじゃなきゃ友人なんてやってられないでしょ?」


 友誼と恋慕のとっちらかっているカイトらしい答えだった。


「ふむふむ」


 ハルビナは一所懸命メモ帳にネタを書く。


「明日の新聞は大騒ぎだな」


 陰鬱にそう思うビテンであった。


 外聞を気にするのはビテンには珍しいが、事実は事実としてここにある。


 アイスティーを一口。


「ビテンは自身のハーレムをどう定義してますか?」


「エル研究会の事を言ってるなら単なる娯楽だ」


 特にこれと言った理由はない。


 あえて挙げるなら、


「衆人環視の視線が痛いから隔離する手法として研究会設立を決めた」


 というところだろう。


「なんやかやで俺は悪目立ちするからな」


 女性でもないのに魔術を扱う。


 なお乙女の園……大陸魔術学院で魔女と肩を並べる。


 女性優位主義者にとってはこれ以上ないほどの冒涜に映るだろう。


 気にするビテンでもないが。


 要するに衆人環視が鬱陶しいがために避難する場所として飛天図書館を選んだのだ。


 都合よく魔術を修めることも出来るし、コーヒーもついてくる。


 結局それだけのこと。


「ビテンは同性愛者ですか?」


「いや、健全に女性が好きだが」


 正確にはマリンが好きなだけなのだが、説明するのも億劫を覚える。


「禁欲主義者?」


「好き勝手しておいてどうやったらそんな結論に至る?」


「しかしてハーレムの誰にも手を出さないなんて……」


「面倒ごとは嫌いなんだよ」


 思春期の少年がセックスを指して面倒ごとと言い切る辺りは、さすがとしか言いようがない。


「ストイックですね」


 メモ帳にペンを奔らせながらハルビナはそう言った。


「好きにとれ」


 特に反論すべき箇所でもなかったためビテンはぶっきらぼうに答えたのだった。

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