第68話 拗れ拗れて


「マリン~」


「うん……」


 いつもやりとり。


 夫婦漫才。


 さて、秋の午後。


 クズノが今日の講義を終えて、ユリスが生徒会の仕事に一区切りついたところで、エル研究会の活動をするセクステットであった。


 当然、場所は飛天図書館。


 それぞれがそれぞれに魔術への造詣を深める作業。


 ビテンにとってはマリンに次いで興味関心のある事項だ。


 エンシェントレコードへの挑戦。


 エンシェントレコードへの理解。


 神話とも呼ばれる記録媒体へのアクセス。


 神々が残した遺産。


 そを指してエンシェントレコードという。


 熱力学第一法則にさえ基準隷属しない不可思議の総称。


 魔術。


 その原理が如何な物かは今の人類では考えが及ばないだろう。


 わかっているのはエンシェントレコードが世界に登録した詩を読み上げることで神秘現象を具象化するという一点のみ。


 今はそれ以上を理解しなくともよかった。


 少なくとも人が地に足をつけている限り。


 サラサラ。


 カリカリ。


 ビテンはペンを奔らせる。


 アイリツ大陸の禁忌魔術を記憶し翻訳する。


 それはマリンも同じこと。


 そして二人はある意味で人外だった。


 元より脳機能が有り得ない。


 記録。


 記憶。


 理解。


 その魔術の造詣における三段階がとびぬけて高いのだ。


 禁忌魔術ともなれば使われる神語は五百種類を超えて、なお難解に詩が綴られているのだ。


 翻訳も大変なら記憶も大変。


 極端というより理不尽と云うべき翻訳技術と、人語に堕した詩の全容を完璧に覚える記憶力が求められる。


 であるため平均的に魔女が覚えられる魔術は多くても六つや七つが限度とされている。


 なおかつパーソナリティの関係もある。


 シダラなら炎熱。


 カイトなら水氷。


 魔女によってそれぞれ得意不得意が存在するのだ。


 が、その問題もビテンとマリンにとっては憂慮すべきことではない。


 あえてパーソナリティを語るなら二人のソレは『万能』と呼べるだろう。


「器用貧乏」


 と呼んでもいいが、それにしてはあまりに優秀すぎる。


 あらゆる魔術を高次元で現せる。


「いったいどんな脳機能だ」


 と思っているのはビテンとマリンを除くエル研究会の面々の常々なる疑問だった。


 答えそのものはない。


 あえて言うなら、


「そういう星の下に生まれついた」


 としか表現できない。


 少なくともマリンにおいては。


 ビテンについてはもうちょっと複雑なのだがここでは割愛。


 そんなわけで二人そろってアイリツ大陸の魔術を網羅するのも時間の問題ではあるのだった。


 そうと知って止める者がいないのも事実だが。


 秋も深まる今日この頃。


 飛天図書館は外気にさらされていないため季節が何時だろうと適温だ。


 サラサラ。


 カリカリ。


 白紙書にペンが奔る。


「汝に出来うること何もなし……か」


 エンシェントレコードの翻訳を呟くビテン。


 マリンお手製のコーヒーを飲みながら頭をフル回転。


 禁忌魔術の解読に勤しむビテンであった。


 それはマリンも同じだが。


「一つ聞きたいのですが」


 これはユリス。


 無の章。


 アブソリュートゼロの魔術を遡行翻訳しながら問う。


「アイリツ大陸の魔術を覚えるのは構いませんが……」


「何だ?」


「全部覚えてしまった後はどうするんですの?」


 あまりに根本的な質問に、


「ふむ」


 とビテンは思案した。


「確かに」


 という納得はあった。


 アイリツ大陸の魔術を網羅すれば、それで終わりだ。


 ビテンはマリンの家で厄介になっている次期枢機卿候補である。


 そこから逃げるようにマリンが学院に入ったため、お供として学院に入学したという経緯である。


「マリンと一緒に北西大陸にでも足を伸ばすか?」


 平坦に言ってのけるビテンに、


「あう……」


 とマリンは委縮する。


「一応……ビテンは……カーディナルだよ……?」


「ま、どうにかなるさ」


 意訳すれば、


「特に考えていない」


 と言ったところだろう。


 そして腹時計で時間を確認。


「マリン。今日の夕食は?」


「ボンゴレで……いい……?」


「うん。楽しみだな」


 そう言って微笑するマリン。


「じゃあそろそろ飛天図書館を解くぞ?」


 ビテンハーレムの女子にそんな宣言をすると、同意の声が五つ帰ってきた。


 そしてアナザーワールドを解いていつもの原っぱに場を移すと、


「?」


 魔女の軍勢が周囲を取り囲んでいた。




    *




 魔女。


 あるいは魔女の卵。


 その数は五十を下るまい。


 どう考えても自然に集まったとは考えにくい。


 どよめく女子の集団は殺気に満ちた視線をセクステットに送っていた。


「何だ?」


 とわからず呟くビテン。


 が、言葉に意味はない。


 単なる状況把握に対する時間稼ぎだ。


 と、


「ビテン!」


 と声が朗々と響いた。


 ボイスの魔術だろう。


 あまり魔女が覚えたがらない類のマイナー魔術だが、誰も覚えていないわけではない。


 大多数の女生徒たちの一人が行使しても不思議はなかった。


「我々はぁ!」


 アルトの声が轟く。


「ビテンを弾劾する!」


 それだけで理解に事足りた。


 が、とりあえず最後まで聞いてみる。


「我々は救春保護会議である!」


「「「「「おおーっ!」」」」」


 気迫だけはビリビリ伝わってくる。


「プリンスたるカイト様とーっ!」


「「「「「カイト様ー!」」」」」


「ユリスお姉様のーっ!」


「「「「「お姉様ー!」」」」」


「保護および信仰を主とする団体であるーっ!」


 聞かずともわかったが、


「はぁ……」


 聞いたら聞いたで嘆息するより他にない。


 プリンス。


 カイトの二つ名だ。


 ボーイッシュな顔の印刷から王子様と奉られている存在。


 当人はそれが嫌でエル研究会に帰順したのだが、当人の心は当人とビテンとマリンにしかわからないため現状打破とはならない。


 お姉様。


 ユリスの通称だ。


 金髪金眼の孤高の存在。


 圧倒的カリスマを持つ学院のヒロイン。


 大陸魔術学院は女学院であるため、ユリスに憧れて春の道を踏み外す女生徒は幾多にものぼる。


 ビテンの知ったこっちゃなかったが。


「我が声を聞け」


 ビテンもボイスの呪文を唱える。


「救春保護会議の諸君」


 ビテンの声が朗々と響く。


 どよめく女生徒たち。


 ちなみにビテンハーレムのクインテットは例外を除いて気圧されてはいなかった。


 例外はマリン。


「あう……」


 と気後れして、


「…………」


 ビテンの学ランの裾をつかむ。


「大丈夫だぞ」


 人見知りするマリンの頭を撫でて優しく微笑むビテン。


 それだけで救春保護会議を敵とみなすに十分だった。


 さらにボイスで問う。


「俺にどうしろと?」


「我々は!」


「「「「「我々は!」」」」」


「カイト様とユリス様の開放を求めて!」


「「「「「求めて!」」」」」


「貴君に決闘を申し込む!」


「「「「「申し込む!」」」」」


「さいでっか」


 特に感銘した様子もなかった。


 元が無遠慮なビテンなればしょうがないのだが。


「決闘とは何をするんだ?」


「その詳細を詰めるために集まった!」


「でっか」


 もう一度嘆息。


「そもそもにしてカイトとユリスの許可は取っているのか?」


 痛烈な提議だったろう。


「っ!」


 言葉を失う言葉……という矛盾を体現する救春保護会議。


 が、何とか精神を立て直すと、


「貴君に!」


 と朗々叫ぶ。


「決闘を受け入れる信念は有りや!」


「無い」


 と言いたいが、拗れるのも何なので、


「有る」


 とビテンは答えた。


「では決闘の仔細は追って連絡する!」


「じゃあ解散」


 そんなビテンの言葉に、


「…………」


 敵視の目をやったあと、解散する救春保護会議の面々。


「ビテン……大丈夫……?」


 正妻の貫禄。


 マリンがそう尋ねた。


「まぁ勝っても負けても俺に損は無し」


 心の底からそんなことを言ってのけるビテン。


 カイトとユリスから抗議が届いたがビテンを切り伏せるにはちと足りない。

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