第64話 東の皇国の禁忌魔術
「あー……」
ビテンはまったりとコーヒーを飲んでいた。
「あう……」
マリンもまったりと茶を飲んでいた。
喫茶店のテラス席。
秋雲の覘く青空を見ながらコーヒーを嗜む。
今現在。
ビテンとマリンは絶賛、暇を持て余していた。
場所は東の皇国。
当然要件は禁忌指定魔術書の閲覧だ。
一応シトネと相交わした約束である。
とはいえシトネは男。
帝族であることに寸分の違いもないが、女性優位主義の蔓延する魔窟で男であるシトネがどれほどの影響力を及ぼしうるのか?
ビテンには一掴みの不安があった。
結果論を語れば杞憂に終わるのだが。
で、皇城の門番に、
「シトネに話を通してくれ」
と云った類のことを殊更低姿勢で言った後に、
「待っていろ」
と待機を命じられ、
「ただ突っ立っているのもな」
と思いマリンと二人、喫茶店でまったりしているという経緯。
「大丈夫……かな……?」
「知らね」
「あう……」
委縮して紅茶を飲むマリン。
実際に、
「知ったことでもない」
上に何より、
「無理して閲覧するほどのモノでもないがな」
が率直な感想だ。
ビテンとマリンは北の神国出身だ。
即ちここで東の皇国の禁忌魔術を記録すれば、北の神国はアイリツ大陸の魔術を網羅することになるのだが、特別それを意識しているわけでもない。
自覚はしているが。
が、そもそもとしてビテンとマリンほどに脳の機能が盛大にぶっ壊れている人間なぞ周りを見渡しても皆無絶無にニアリーイコールであるため、脅威になるかと問われれば首を傾げるほかない。
ビテンの魔術における知識量および造詣の深さは飛天図書館が証明している。
そしてマリンはそれ以上の業の深さを持っている。
今二人が抱えている知識量は、六法全書の厚さの本を数十冊丸暗記しているようなものだ。
どういう星の下に生まれつけばそんな脳の使い方ができるかはとんとわからないが、当人らに自負はない。
謙虚とはまた違う。
近い感想を述べるなら、
「別に自慢できることでもないしな」
がそうであろう。
こと俗物が一周回って名誉や栄光に対しても興味の対象外となっているため誤解を恐れず言えばある種のストイックが逆説的に証明される。
マリンは、
「あう……」
と委縮した後に、
「大丈夫……かな……?」
と言った。
「だから知らんと……」
「そっちじゃ……なくて……」
「どっちだ?」
「危険な魔術ばっかり……覚えていってる……気がする……」
「まぁエンシェントレコードがそんな感じだしな」
少なくとも何故エンシェントレコードが存在し、しかも殺傷に特化した異能を人類に授けるのか……わかっていない部分が大きく占める。
ビテンは気にしていないが、
「あう……」
マリンは不安を拭えなかった。
「ビテンは……人を殺しちゃ……ダメだよ……?」
「当然。マリンに嫌われたくないからな」
「そうしたのは……私だけど……」
これはマリンの口の中でだけ呟かれ、ビテンの耳には入らなかった。
いわゆる一つの安全装置だ。
ゲッシュともいえる。
これはマリンによってビテンに根差したセーフティであるためビテンが能動的に解除できる類のものではない。
閑話休題。
「そういえば……カイトは……ついてこなかったね……」
「俺としてはマリンと二人きりで良かったんだがな」
「あう……」
「可愛い可愛い」
ビテンはマリンの黒髪を撫ぜる。
「あう……」
羞恥で小さくなるマリンだった。
「ビテンは……ずるい……」
「何が?」
「私を……好きなこと……」
「別に悲恋劇ではないと思うんだが?」
「そうだけど……」
「たまにマリンはその手の事を話題にするよな」
「だって……」
「だって?」
「私以外にも……素敵な人たちは……いっぱいいる……」
「その辺りの認識の齟齬がこの際痛いな」
「ビテンは女の子に興味がないの?」
「まぁ大局から見ればな」
「だよね……」
それを誰より熟知しているのがマリンであるためしょうがないのだが。
『ビテンは女の子が好きなのではなくマリンが好きで、仮にマリンが男であっても好きになったし、逆にビテンが女であってもやっぱり好きになっただろう』
それがビテンとマリンの関係性だった。
*
そんなことをぼんやり話しながら喫茶店でまったりしていると城の使いが現れた。
「シトネ殿下の命で参上しました」
と宣言したので状況が進んだことは自明の理。
さて、案内人に連れられて皇城の門を潜ると、
「「「「「いらっしゃいませビテン様」」」」」
メイドたちに出迎えられた。
ビテンの道を作るように、ビテンの左右で直線的に並んで頭を下げて一礼。
全員がメイド服を着ていたが、雰囲気がちと違う。
「あう……」
マリンがまず気づき、
「ああ~……そういうこと」
ビテンが続いて察する。
着ている物こそメイド服だが、それぞれにタイプの違う美少年たちだった。
当然結果には原因が伴う。
美少年メイド隊(ビテン命名)の道の終端で青髪碧眼の美青年が両腕を開いてビテンを歓迎していた。
「ようこそ子猫ちゃん」
「…………」
なんと言って罵ろうか考えていたが、敵対も莫迦らしくなってビテンは嘆息するにとどめた。
ビテンにしてみれば珍しい対応だ。
これも青髪碧眼の美青年……東の皇国の王子殿下たるシトネの人徳だろう。
正確には人徳ではないが、ここで議論はしない。
「とりあえず」
ビテンは全体に響くように強く一拍した。
パンと一つ。
「解散」
これは美少年メイド隊への言葉である。
「気にいらなかったかな?」
「喜んでくれると思っているお前に閉口するんだが……」
「ビテン。君が僕のものになれば幾らでも愛してあげるよ?」
「謹んでごめんなさい」
けんもほろろ。
「で? 魔術書の閲覧は出来るんだろうな?」
「ああ、問題ない。話は通した」
「皇帝にか?」
「そ。僕のお母様に」
「ならいいがな」
がしがしと後頭部を掻く。
「とりあえず茶でもしばこう。僕の私室に案内するよ」
「却下」
にべもしゃしゃりも無い。
「少しくらい付き合ってくれ給え」
「お前が男色家を卒業したらな」
「そうなったらビテンを招く意義がなくなるじゃないか」
「どっちにしろお前の私室に招かれることが成立しないんだから合理的だろ?」
「むぅ」
シトネは心底不満そうだった。
ビテンの知ったこっちゃなかったが。
「いいから禁忌魔術の魔術書を見せろ。そういう契約だ」
「はいはい。子猫ちゃんを口説く愛はもうちょっと柔軟にしなければね」
物騒なことを呟きながらシトネはビテンとマリンを皇城の地下にある封印倉庫まで案内した。
さっさとちゃきちゃき終わらせるために魔術書をパラパラと見流す。
その速度は人間の解読力を遥かに超えていた。
「本当に読んでいるのか?」
傍で見ていたシトネが問う。
「読んでない。記録してるだけだ」
「何が違うんだ?」
とシトネはよっぽど言いたそうにしていたが、
「集中してるから黙れ」
と先手を打たれて口を閉鎖させられる。
パンと本が閉じられた。
ビテンとマリンが同時に、だ。
最後の一冊を読み終えて終わりの合図。
「コキュートス」
「アルカヘスト」
「ビッグクランチ」
どれもこれも強力に過ぎる魔術だった。
細部はともあれ輪郭くらいは透けて見える。
「あう……」
とマリン。
「まぁ禁忌にもなるわな」
とビテン。
「もう習得したのかい?」
「残念ながら」
肩をすくめる。
「ちとだけ翻訳してぼんやりと輪郭がわかる程度だ」
「そもそも神語を読めるというのがすごいんだけど……」
「慣れの問題だよ、君」
「そんなものかい?」
「ああ」
コックリ。
「後は複写して翻訳作業だな。楽しみだ」
「ますます北の神国が強まったイメージしかわかないんだが……」
「実際その通りだろ」
魔術が国力に直結するため当然の理屈だ。
男の一個師団を殲滅できる魔女一人。
その不等価交換ゆえに魔女は重宝されるのだから。
「アルカヘストあたりが……使い出がいいんじゃ……ないかな……」
マリンが言う。
「多分……だけど……」
「それは俺も思った」
「翻訳は……そっちからに……する……?」
「だな」
「じゃあお茶しながら作業を進めるというのは?」
「作業は学院でやる。世話になったな」
「ちょっと淡泊過ぎない子猫ちゃん?」
「身の危険から逃げるのは生命の本質だ」
そーゆーことなのだった。
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