第45話 カイトの御家
学術旅行も最期の目的地と相成った。
東の皇国。
その主要都市……つまり皇都。
皇城が雄大に見える街である。
市場も活発だ。
皇帝の御膝元であるため関税は多少高いが市場の流動性は稀に見る。
とりあえず荷物を置くためにカイトの家へと向かうことになった。
「ふふふふ~ん」
軽やかにリズムを取りながらカイトが先導する。
昨日からこっちカイトは上機嫌だ。
「何がそんなに楽しいんだ?」
既にビテンは問うていた。
返ってきた答えは、
「友達を家に連れて行くのが夢だったんだ」
そんな物悲しいソレだった。
「あー……そう……」
無遠慮で知られるビテンも、これには返答に困った。
プリンスのカイト。
中性的な整った顔立ちの美少女だ。
宝塚的ボーイッシュな女の子。
プリンスの二つ名の通り魔術学院イコール女学院の花形で、あらゆる意味でもアイドルと呼べる。
もちろん数多の学院生をメロメロにしている。
であるため友達を作ろうにも、ある程度友誼を深める度に友人と思っていた女子に告白されるという業の深いプロフィールの持ち主でもある。
「えへへぇ」
であるためルンと弾むようなカイト。
そんなカイトを先頭に、市場を通り貴族街へ。
皇城の周囲に配置されている大貴族の屋敷の一つ。
「ここが僕の御家だ」
「はぁ」
「そう……」
案外淡白なビテンとマリン。
クズノの屋敷より一回り大きいソレではあったが、ビテンとマリンには気後れする要素ではない。
「やや。カイトお嬢様……!」
荘厳な門の傍に立っていた門番がカイトの帰還に驚く。
「ども。門を開けてもらっていいかい?」
「今開けます。開門!」
そんな門番の声に従って門が開け放たれる。
「どうも」
と謝意を告げてカイトはビテンとマリンを屋敷に招き入れる。
「お帰りなさいませお嬢様」
メイドさんが出迎えてくれる。
「お母様は?」
「ご当主様は現在皇城に出向いておられます」
「そうかい」
納得して話を変える。
「こちらはビテンとマリン。学友だよ」
「ご学友でいらっしゃいましたか……」
「部屋を用意して。それからお茶」
「疾く努めます」
そう言ってメイドは他のメイドを集めて指示を出し、ビテンとマリンから荷物を預かると慇懃に一礼して屋敷の奥へと消えていった。
「じゃあお茶にしよっか」
部屋を用意するにも時間がかかる。
前もって言っておけばよかったのだが、今回はそれを怠った。
であるため準備に多少なりとも時間がかかる。
お茶の時間には最適だ。
三階建ての屋敷。
その二階にあるカイトの部屋に招かれる。
そして部屋から直結しているベランダ……テラスの席に座り豪奢な庭を眺めながらメイドのふるまってくれた紅茶を飲む。
「どうせなら僕の淹れた紅茶を飲んでほしかったんだけどね」
「使用人の面目を潰すことになる……か」
「だね」
苦笑するカイトだった。
「こういうところは権力もよりけり……かな?」
「恵まれた人間の傲慢にしか聞こえないが」
実際その通りではあるのだ。
「今日はどうする?」
カイトがビテンに問うた。
「どうする?」
ビテンはマリンに問うた。
「あう……」
マリンは萎縮した。
紅茶を飲む。
「じゃあ……図書館に……」
おずおずと提案。
「じゃあ図書館に」
ビテンも便乗。
「相わかったよ」
苦笑するカイトだった。
どちらにせよビテンとマリンの部屋の用意には多少の時間がかかる。
そして荷物はメイドに預けた。
ならば学術旅行の本質を突き詰めるのもいいだろうという判断だ。
そんなわけで皇都魔術図書館に向かう三人だった。
*
皇都魔術図書館は当然ながら東の皇国の重要文化財だ。
荘厳にして完璧。
華麗にして絢爛。
魔女……つまり女性だけを受け入れる神性を持つ図書館である。
それは西の帝国の帝都魔術図書館も南の王国の王都魔術図書館も等しくそうではあるのだが。
ビテンたちが図書館に入ると図書館にいた魔女たちがざわめいた。
さもあろう。
魔術図書館は女性だけのもの。
そしてそれは女性優位主義と密接に結びついている。
それに対するアンチテーゼを提出することにビテンは意義を持ちえなかったが。
「もしもし?」
ある程度年経た女性がビテンたちに……というかビテンに話しかけてくる。
「何でっしゃろ?」
ビテンもまた中々だ。
「ここは男子禁制ですわよ?」
責めるような目で女性が言う。
「そうなのか?」
ビテンはカイトに問う。
「そんなルールは知らないね」
カイトは鼻を鳴らした。
「不文律でしょう?」
女性……魔女は言う。
「不文律ならば気にすることもないじゃないか」
「汚らわしい男が神聖な魔術図書館に足を踏み入れるのが間違っていると言っているんです……」
「殺すよ?」
カイトにしては珍しい。
底冷えする声だった。
心胆から凍てつかせる。
「……っ」
容赦ない言葉の刃。
こと友情に恵まれなかったカイトにおいてビテンとマリンは貴重な友人だ。
そしてその内のビテンが排斥されるのを黙って見過ごすはずがない。
カイトにとってその友誼は代替不可能な代物だ。
「ほう?」
と魔女。
挑発的な光が瞳に湛えられていた。
「殺す」
の意味をわかっているのかいないのか。
少なくとも気後れはしていないようだった。
「めんどくせぇ」
ビテンは心底思う。
別に記録するのはマリンでもできる。
複写された魔術書を眺めればそれだけ事足りる。
だが、
「なら力で決めようか」
カイトはノリノリだった。
「あー……」
止めるのも野暮。
というか、
「勝手にしてくれ」
なんて意識だが。
「決闘……ですの?」
「他にないだろう」
「ないのか?」
最後のはビテンの思念だ。
元々がものぐさ。
力を振るうということに対して見返りが無ければ躊躇するビテンらしい疑問ではあったが、
「ではその様に」
カイトと魔女が決闘するのは必須事項と相成ったらしい。
「こちらの要求はこちらの男子に皇都魔術図書館の魔術書閲覧の権利を得ること」
カイトが言う。
「ではこちらの要求はそちらの男子を皇都魔術図書館への恒久的入館禁止をすること」
魔女が言う。
「ビテンはどう思う?」
「どっちでもいい」
先述したがビテン自身は魔術図書館に無理に行く必要は無いのだ。
マリンが魔術の内容を記録して魔術書として複写。
その後にビテンが理解を深めればいいだけのこと。
つまりどっちに転んでもビテンに実害は無い。
問題は、
「あう……」
カイトの身の安全だ。
決闘にも色々あるが学院でもない限り基本的にデスマッチだ。
そちらの方が盛り上がるためである。
それを理解した上で熟練の魔女に喧嘩を売るあたりカイトの蛮勇は底が見えない。
「ま、いいけどな」
ビテンは流し素麺のようにサラリと流した。
「では今日のところは出直すとしよう。状況は……」
「こちらが準備しますわ」
「ではそのように」
そしてビテンの魔術図書館への入館権利をめぐって決闘が行なわれることになった。
どこまでもビテンには、
「どうでもいい」
程度の意見しかなかったが、
「ごめんね」
とカイトが謝ってきた。
「何が?」
意味不明なビテン。
「勝手にビテンを賭けの対象にしちゃった」
「俺は気にしてない」
ビテンは飄々とコーヒーを飲む。
とりあえず今日のところは皇都魔術図書館への入館は諦めて、カイトの屋敷に戻って茶をしばいている。
「あう……。無理しないでね……?」
マリンはカイトの行く末が心配らしい。
「大丈夫。ちゃんとビテンの魔術書閲覧権を獲得するからね」
まったく会話になっていない二人だった。
ビテンは特にツッコむこともなくコーヒーを飲む。
「あう……」
とマリンが呻いた。
「別に気にするほどの痛痒でもないだろう?」
「結果だけ語るなら……そうだけど……」
「優しくて可愛いな……マリンは」
ビテンはクシャクシャとマリンの髪を撫でる。
「あう……」
今度は赤面して呻るマリンだった。
「僕も頭を撫でてほしいな」
「決闘に勝ったらな」
「こりゃますます勝たなきゃね」
「好きにしろよ」
他に言い様も無かった。
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