第26話 前期終業式
大陸魔術学院は無事今期を終業した。
今日の終業式を終えれば夏季休暇だ。
それ自体にビテンは感慨を深めたりはしない。
元より魔術に対する認識は入学前から確定している。
その造詣の深さは学院の教授さえ足元にも及ばない。
学院が認識しているだけでもフレアパールネックレス、ギロチン、アナザーワールドの魔術が数えられる。
一応どれも学院が情報を共有している魔術ではあるが、その行使には多大な才能と努力を必要とすることもまた事実。
その一点を以てビテンが色付きになるのは必然と言えた。
反発する声もないではないがビテンを男として社会的劣等性で否定する意見が大半を占めており、既に示されたビテンの実力に否定的な意見を云うものは夢見がちで視野狭窄な一部のカルトにすぎない。
内心において歯噛みしている生徒は多いが間接的に反論を封じられているも同然だった。
ビテン自身も誇りはしないものの逆に謙虚になる必要を感じなかったことも反感の因子の一端だ。
これに関して言えば無遠慮を友とするビテンに期待する方が間違っているのだが。
すまし顔で学内大型アリーナの特等席に座っているビテンであった。
羨望。
嫉妬。
恋慕。
敵意。
期待。
失望。
かように様々な感情が女の子たちの視線のうねりとなったのだが、受ける身分のビテンには残念ながら届かない。
肯定否定を問わず。
ビテンは欠伸をしながらつまらない儀式を右から左に聞き流す。
「あう……。ビテン……もうちょっと意識して……」
ビテンの隣の席に座っているマリンが控えめにビテンの不遜さを戒めた。
「へぇへ」
ビテンは背筋を伸ばす。
労いや訓示の言葉をキリリと聞き流して終業式は最後のイベントに入った。
ビテンが終業式において最も忌避している事項だ。
即ち、魔女に対する色付きマントの贈呈。
ビテンとマリンが特等席にいる理由がこれだ。
ビテンの実力とマリンの秘められた有用性が学院に買われて二人は学院生の憧憬を受ける色付きマントを授与することに相成った。
今期色付きの列に加わったのはビテンとマリンを合せて五人。
ビテンとマリンは新入生でありながら……だが、他の三人は学院で研鑽を積んだための功績だ。
一人一人呼ばれてマントを手渡される。
ちなみにマントには幾つか種類があるがビテンは袖付きオフショルダーのマントを、マリンはケープ状のマントをそれぞれ受け取った。
両者ともにマントの色は黒。
マリンはアンチマジックマジックの到達点の一つであるゼロを使えるからだが、これをビテンも使えることが暴露され生徒たちがざわめいた。
言ってしまえば、
「どこまで規格外だ」
に尽きる。
ビテンとしては特別なことをしているつもりもないが、魔女の卵たちには痛烈だろう。
そしてビテンは受け取った袖付きオフショルダーのマントに腕を通して背中にマントをはためかせる。
元が黒髪黒眼に漆黒の学ラン姿だ。
黒いマントの存在感はそこまででもない。
というより学院の体面を守るため一時的に羽織ったようなもので、終業式が終わった後ビテンの授与した色付きマントはその辺に放られる予定だった。
その未来は来ないが。
元から一般生徒に支給された灰色のマントも羽織らなかったビテンであるから色が変わったところで有難味が変わるわけでもない。
それをマリンが熟知しているから、ビテンのマントはマリンによって大事にされる未来が確定している。
体面についてビテンほどシビアな感情をマリンは持ち合わせていないから、マントの授与に萎縮的だ。
「何故私が……」
とは思うモノの辞退できるはずもなく。
心情自体はビテンに漏らしていたが、
「マリンが凄いってことの証明だ」
マリニズムの思想は毒にもならなかった。
要するに魔術実践講義でゼロを使ったマリンの自業自得なのだが。
キャパそのものは非才を通り越して残念に至る身ではあるが、マリンの魔術に対する造詣はビテンと同等以上。
今すぐマリン研究室を開いても支障が出ない学識の持ち主なのだった。
本人の性格上議論に値しない事象ではあるが。
元が臆病で人見知り。
人より劣っていることに安心する因果な性格だ。
そう云う意味ではビテンとウィンウィンなのがビテンにとっての悩みの種でもあった。
ビテンは自分の能力を評価しないくせに、ことマリンのソレとなると万歳三唱だ。
マリンの複雑な気分もそれに加速させられている一面がある。
とまれ黒いお揃いのマントを羽織ってビテンとマリンは互いに心情は違えど苦笑を相交わした。
ビテンは皮肉と疲労の、マリンは謙虚と萎縮の、それぞれ十全に理解していた。
終業式はつつがなく終了した。
ビテンは言った。
「面倒事だ」
マリンは、
「あう……」
と気後れ。
何はともあれ晴れて色付きへの参入。
単位不問。
徴兵拒否権。
場合によっては研究室を開き膨大な研究費を受給できる身分。
「おめでとうございますわ」
クズノがそう言った。
シダラとカイトもそれぞれに祝福した。
ユリスは終業式の事後があるため祝辞が遅れたが、
「まぁサボることが公認されたんだよな」
「あう……」
ブレない二人であったから、ユリスの祝福がどれだけの価値を持つかは疑問視される。
そして夏季休暇がやってきた。
*
果たして夏季休暇一日目。
ビテンとマリン……というよりマリンが提案して唯々諾々と従うマリニストのコンビは学院生にしては珍しく帰省をしない立場だった。
便りが無いのは元気な証拠……というのは方便としても学院生の立場なら政治的中立(決して政治的優位ではない)の立場で大陸を歩ける。
マリンが夏季休暇を利用して他国の魔術を習得したいと言い、ビテンは二つ返事。
二人で大陸を回ろうということになった。
一日目はエル研究会の夏季休暇活動で時間が潰れる。
案の定……飛天図書館だ。
メンツは部員勢揃い。
ビテンがマリンの淹れてくれたコーヒーを飲みながらダラダラしていると、
「ビテン?」
クズノが話しかけてきた。
円卓を囲んでいる面子は飛天図書館の魔術書を解読しながらコーヒーを飲んでいたが、そこに水を差す形だ。
ところで魔術書の解読に熱心なのはクズノとシダラとカイトとユリスだ。
ビテンは図書館主。
マリンもビテンの知識とニアリーイコール。
この二人にとって飛天図書館の書物は記憶の確認以上の意味を持っていない。
それはともあれクズノが言葉を紡ぐ。
「ビテンは北の神国出身でしたわね」
「だな」
アイリツ大陸の階級制度は主に血によって決まる。
それは貴族と農民……将軍と兵士……司教と信者……驚くほどに例外が無い。
そしてビテンは厳密ではないが北の神国……その枢機卿の地位を継承する血筋である。
それについては割愛するとして、北の神国出身であることに疑いはない。
「帰省しますの?」
「いや。学術旅行をする予定」
「ん?」
クズノが首を傾げた。
シダラとカイトの魔術書のページをめくる手が止まったのをビテンは見逃さなかった。
「旅行……というと……?」
「一応のところ学院生の立場を利用して他国の魔術図書館をマリンと二人で回ろうかと企画中」
その言葉の意味を呑みこんだクズノはパァッと華やかに破顔した。
「それでしたら一緒に西の帝国に行きませんこと? ちょうど帰省する予定ですし色々と案内して差し上げますわ!」
そんなクズノの提案に、
「当方もっす!」
「僕だって!」
シダラとカイトまで乗っかった。
ユリスは我関せずと魔術書を読み解いていた。
「ちなみにお三方の出身国は?」
そんなビテンの問いに、
「西の帝国ですわ」
とクズノ。
「南の王国っす」
とシダラ。
「東の皇国だよ」
とカイト。
「うむ」
ビテンは重々しく頷いた。
特に深い意味は無いが。
「あう……。じゃあそれぞれの国を……それぞれの出身者に……案内してもらえると……助かるかも……」
「マリン?」
意外に好意的なマリンの受諾に、もしもしとビテン。
「二人旅じゃなくていいのか?」
これがビテンの平常運転。
「都合が良いと……思う……」
「そらそうだが……」
特に反論する箇所も無い。
地図上では大陸の相関と地理は獲得しているものの実体験との乖離性は受け止めるべき事実としてある。
北の神国を除く各国の出身者が案内してくれるというのなら、たしかに理にかなった提案ではあるのだ。
ビテンとしてはマリンさえいれば他は些事。
二人きりを渇望するも、それでマリンを物理限定で困らせることはあまりしない。
精神的には困らせてばかりいるのだが。
「ユリス会長はビテンを誘いませんの?」
「私は学院の生徒会長だ。色々としがらみがある。帰省する暇もありはするが煩わしいだけだな。何より北の神国にビテンやマリンと一緒に行けば枢機卿継承者と一魔女の関係になってしまいます。溜飲ですね」
ユリスが皮肉ると、
「ごもっとも」
ボソリとビテンが同意した。
「あう……」
とマリンが委縮するのを、事情を知らないメンツが不思議そうにしたが議題には上がらない。
「五人で大陸を回るってこと?」
「あまり人数が多いとフットワークが重くなる」
「じゃあこうしましょう」
幾つかの意見が出た後、最終的に後述する結果になった。
即ち大陸中央の大陸魔術学院を起点としてクズノとシダラとカイトがそれぞれ帰省時期をずらす。
それぞれの帰省に合わせてビテンとマリンが同行する。
以上。
情報ネットワークとその媒体が無い以上、ビテンとマリンの行動の起点が学院になるのは必然だった。
後は日取りを決めるだけ。
じゃんけんによって公平に決まり、クズノ、シダラ、カイトの順でそれぞれの帰省に同行する形だ。
つまり西の帝国、南の王国、東の皇国の順だ。
まずは西の帝国……クズノの故郷が目的地。
「そういえば貴族だったなお前」
「ええ。贅を凝らして迎えてあげますわ」
そしてクズノは無邪気に微笑んだ。
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