夢から覚める瞬間は、いつも

朝田さやか

1  変わらない日常

 夢から覚める瞬間は、いつも切ない。君との逢瀬を楽しむためには睡眠時間は短すぎる。


 高校二年生、二学期、始業式。今日も僕は、彼女への想いを胸に残しながら現実世界へ戻ってきた。憂鬱な朝。切タイマーをかけ忘れた扇風機が最大風力で回り続けている。時刻は六時半。煩い蝉たちは、まだ活動を始めていない時間帯。


 カーテン越しでも感じる、爛々と差し込む日の光。僕の気持ちとは裏腹に雲一つない晴天だ。九月になったのに涼しくなるどころか、今日も真夏日になると予想される。


 僕は寝ぼけ眼で制服を手にとり、約一ヶ月ぶりにその袖に手を通した。真っ白なカッターシャツ、黒いズボンとベルト。女子の制服は可愛いと評判だが、男子の制服は至って普通だ。まあ、僕たち男子は制服に興味などないからどうだっていい。


 制服に着替えた後、部屋を出て洗面所に向かった。顔を洗って、歯を磨いて、寝癖を直す。食卓に移動すると丁度、母が僕のお弁当を作っているところだった。


「おはよう、大吾」

「はよ」


 朝の挨拶をするのも億劫で、その相手が母とあれば尚のことだ。僕に父親はいない。父親は外に女を作って、僕が生まれたすぐに母を裏切って出て行ったらしい。だから母は僕を女手一つでここまで育ててくれた。感謝はしているが、反抗期がこないこととは別だ。僕は自分の席につくと用意されていたご飯を食べ始めた。


 ご飯、味噌汁、鮭の塩焼き。「ザ・和食」が並ぶ朝ご飯は毎日のことだった。和食は体にいいし作るのも楽だから、と、パン派の僕の意見は通ったことがない。パンなら買って置いておくだけでいいし、和食を作るより楽だと思うのだが。


「いただきます」


 意味もなくテレビをつけて、時間の確認がてら朝の情報番組に目を通す。


「続いてのニュースです。〇〇県に住む四十二歳の男性が、同居する十七歳の娘に暴行を加えたとして、殺人未遂の容疑で逮捕されました。容疑者は……」


 聞いているか、聞いていないか、自分でも分からない。機械のように食べ物を咀嚼し粉々にして飲み込むのみ。この世界は色をなくし、くすんでいる。料理の味だって不味くはないが、それだけだ。


 食事を終えたら食器をシンクに持っていき、水に浸ける。自分の部屋に戻って家を出るまでの時間に少しだけ勉強をした。高二、夏も終わったが、まだ受験という言葉は遠い。


 時計が七時半を示した頃、家を出て駅へ向かう。七時四十分発の電車に乗れるように、今日は少し急ぎ足になった。


 変わらない毎日。人生で一度しかない今日は昨日と同じようにただ過ぎ去り、気づけばまた今日と変わらない明日がやってくる。人生は死ぬまでの暇つぶしだとは言い得て妙だ。ずっとこのまま、死ぬまで何も変わらないのだと思っていた。

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