サンダルでダッシュ!
蟬時雨あさぎ
第1話
「ありがとうございました~」
ぺよぺよと鳴る入退店音。それを背にコンビニエンスストアから出ると、むわりとした空気が
入道雲が、空に映える晴天だった。
歩き出した一歩に、アスファルト舗装の硬さ。ふと脳裏によぎるのは。
(今頃、アイツらは走ってんのかな)
――走ることが好きだった。そんな蒼汰が陸上部に入ったのは必然だったともいえる。とにかく速く、一秒でも速く、誰も居ないゴールを駆け抜ける爽快感。
小学生・中学生と続けて、高校では二年生ながら期待のエースとも呼ばれたりもした。蒼汰が足を痛めたのは、そんなときだった。
『二週間程度の療養が必要ですね。走ったり、片足で立ったりだとか、足に負荷がかかる行動はしないようにしてください』
初めて部活を休んだ。
競技服を戸棚に仕舞った。ランニングシューズに足を通さなくなった。
買ったアイスが溶ける前にと、早足で家へと向かう帰り道。赤信号で立ち止まれば、すれ違うランニングマンを、部活帰りの学生を、つい目で追ってしまう。
眩しい位に肌を照り付けてくる陽射し。
静かでありながら熱気の立ち込めたグラウンド。
違うのはこのサンダルと、競技服でないただの私服だけ。
青信号で踏み出す横断歩道。アスファルトと排気ガスの熱から逃げるように渡り切り、自宅へとたどり着く。
ガチャリと開錠し玄関を開ける。陽射しが無い分涼しい気がするものの、蒸し暑さは変わらない。
「ただいまー……」
「戻ったか蒼汰」
「ゲェッ!?」
思わずどさり、と蒼汰はアイスの入った袋を落とした。返ってこない筈の返答があったことに驚き、また無断で家に上がり込んでいる幼馴染の声に驚き、と二重の意味でサプライズである。
「あ、
「おう、そうだ」
リビングルームの扉からひょっこりと顔を出していたのを止め、玄関まで出てくる篤志。制汗剤の匂いと肩に掛けられたタオルが部活帰りなんだろうと蒼汰に推測させる。
「何で俺の家に……」
「居るかというと、だな」
サンダルを脱がないままに、思わずといった様子で零した蒼汰の言葉。それを引き継ぐようにして、篤志は続けた。
「お前を部活に連れ戻しに来たんだよ」
真っすぐと見据えられる篤志の真剣な目から、思わず蒼汰は視線を逸らした。そのまま黙って落ちたまま袋を拾い、上がり框に腰かけ、サンダルのマジックテープに手を掛ける。
「……連れ戻されなくても、明後日には行くつもりだよ」
びりびりびり、という音が、誤魔化すように玄関に響く。立ったまま、丸まった蒼汰の背中を見る篤志の目が鋭くなった。
「それは一昨日も聞いた台詞だな。全く同じやつを」
「そうだっけ?」
低く責めるような声に、あっけらかんとした声が返る。びりびりびり、とつんざくようなマジックテープの音が、篤志にはいやに耳障りに思えた。
サンダルを脱ぎ終わり、すっくと立ちあがった蒼汰と篤志の視線がぶつかる。
「まあちゃんと行くからさ、待っててよ」
そう言いながら蒼汰はへらっと笑ってみせる。その顔に何を見たか、言いかけた言葉を飲み込むようにして篤志は口を閉じて。
それから、やるせなさを押し殺すようにふぅっと溜息だけを吐いた。
「そうか。……好きにすればいい。俺は帰る」
入れ違いというように、今度は篤志が靴を履いて玄関扉の前に立つ。
「おう。荷物は?」
「身一つで来た」
「そっか」
「部活に来なかったら、また家に来るからな」
「へいへい行きますよーっと」
ひらひらと手を振って見せる蒼汰に、扉を開ける篤志。
「じゃあ、またな。――まあ、」
外は眩しいくらいに日が照り付け、鮮やかな青空に陽炎が見える。毎日のように見ていた夏の景色を背に、篤志が振り返って。
「先延ばしにすればするほど、お前が辛くなるだけだと思うけどな」
それだけ残して、玄関の扉がガチャリと閉まった。
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