化粧品④
そんなことを考えていると、唐突に沙優が俺の方を向いた。
「吉田さん、好きな果物は?」
「え、ああ……」
ごちゃごちゃと考えていたこともあり、突然質問を投げかけられて妙にびくりとしてしまった。沙優は俺の様子を見て小首を傾げる。
「どしたの?」
「いや、なんでもない。果物か……そういや最近はほとんど食べてねぇな」
「えー……じゃあ子供の頃に好きだった果物とかないの?」
「子供の頃ねぇ……」
ぼんやりと思い返す。そもそも親もあまり果物を食べる方ではなかった気がする。少なくとも、日常的に果物がおやつやデザートに並ぶような家庭ではなかったのは確かだ。
しかし、唐突に思い出したことがあった。
『こたつを出すと、絶対食べたくなるわよねぇ……』
冬になると、毎年母親がそう言っていた。
「みかん……は結構好きだったな」
「なるほど、みかんね」
沙優は何度か頷いてから、くすりと笑った。
「家にこたつあった?」
「あった」
半笑いで答えると、沙優は可笑しそうにくすくすと笑った。
「じゃあ柑橘系かなぁ……」
口ずさむように言って、沙優は少し小さめの瓶を手に取った。
「オレンジの香りだってさ」
「へぇ……」
「へぇじゃないよ」
明らかに沙優がむくれた顔をする。
「いや、だからお前が好きなやつ選べばいいだろって」
「私は吉田さんが好きな匂いのやつにしたいの」
「コロン系じゃなきゃいいっつの」
俺の答えが不服のようで、沙優は露骨にしかめ面をした。そして、何かを思いついたようにぴたりと動きを止めて、俺を少し上目遣い気味に見つめてくる。
「なん……うおっ」
なんだよ、と言おうとするのを遮るように、沙優が思い切り俺の懐に潜り込むように自分の身体を押し付けてきた。
「な、なにやってんだお前」
「吉田さん」
沙優は俺の目を見たまま、いたずらっぽく微笑んだ。
「私からオレンジの匂いしたらドキドキする……?」
「し」
咄嗟に言葉らしい言葉が出なかった。
華奢な身体。その割に、ずっしりと主張してくる、女子高生にしては大きい胸。全身の感覚が鋭敏になったような錯覚を覚えて、沙優の身体は異常に柔らかいもののように感じられた。
ぞわりと鳥肌が立って、慌てて沙優と距離をとる。
「しねぇよ……」
「あはは、そっかぁ」
沙優は今のは冗談でした、と言わんばかりにおどけて笑って見せた。
「吉田さん、オトナなのにそういうとこウブだよね」
「うるせえよ」
からかわれたのが癪に障りしかめ面を作ると、沙優は可笑しそうにけらけらと笑った。
そして、スッとその笑顔が引っ込み、俺の胸のあたりを肘で小突いた。
「吉田さん」
「ん?」
「……ありがと」
沙優は小さくそう言って、俺にさきほど手に取った化粧水を渡してきた。
「おう。これだけでいいのか?」
「うん、他はいいかな。そんなにいっぺんにたくさん使うものでもないし」
「そうなのか。化粧品とかは?」
俺が訊くと、沙優は苦笑した後におちょくるように唇を尖らせて俺を見た。
「そんなに私が化粧したところが見たいのかな~?」
「べつにそういうわけじゃねえよ」
「じゃあいらない」
あっけらかんと答えて、沙優はにこりと笑った。
「見栄張る必要ない人の前で、化粧なんてする必要ないもんね」
「……そういうもんなのか」
俺は沙優から化粧水を受け取って、レジへ向かう。
「1578円になります」
店員ににこやかに言われて、少しぎょっとした。
結構するものなんだな……。驚きながら財布から札を2枚取り出してレジに置く。
「やっぱ女子高生って大変なんだな」
小声で沙優に言うと、沙優はくすくすと笑った後に、「ほんとだよねー」と言った。
その言葉はどこか他人事で、まるで自分はもう女子高生ではないと思っているような口ぶりだ。学校に行ってないからって女子高生をやめたことになるわけじゃねえぞ、と、そんなことを口走りそうになって、やめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます