三島柚葉①
「三島ァ!!」
怒鳴り声を上げると、隣の橋本がびくりと肩を震わせ、オフィスが一瞬シンと静まり返り、数人の社員が俺をちらりと見た。
名前を呼ばれた当の本人は、ゆっくりとこちらを振り返って、首を傾げた。
「なんですかー?」
「なんですかじゃねえんだよお前!!」
俺が立ち上がって三島の方へ歩き始めると、こちらを見ていた社員も「なんだ、いつものやつか」というような顔をして、自分の仕事に戻り始める。
きょとんとする三島にかみつく勢いで俺は声を上げた。
「なんべんも言っただろうが、提出前にちゃんと確認しろって」
「確認しましたよ?」
「確認して、きちんとシステムが機能していて初めて納品できるんだからな?」
「そうですね」
「そうですねじゃねえ!! お前の書いたコードが思い切りミスってて、こんなんじゃ商品になんねえんだよ!」
俺がはっきりとそこまで口にすると、三島はようやく自分がミスをして俺に詰め寄られているということに気付いたらしい。
驚いたように口を開けて、言う。
「え、ほんとですか。やばいじゃないですか」
「他人事じゃねえんだ他人事じゃ!!」
「どうしましょう」
「直せ。今日中に」
「今日中は無理ですよぉ」
頭の血管が切れそうになる。
なんだって人事部はこんなとんでもねぇやつを採用してしまったのだ。スキルもない、責任感もない。正直、話にならない。
「納期は明日なんだから今日やるしかねえだろ。お前のケツ持つのは俺なんだぞ」
俺がそう言うと、ぴくりと三島の眉が動いた。
「……今日中に終わらないと、吉田センパイがクビになっちゃったりします?」
「あ? さすがにクビにはなんねぇよ。ただ……」
俺は顎に手を当てる。
「このプロジェクトからははずされるかもな。同時に、お前の教育係も変更になるんじゃないか?」
三島の教育を他の社員に押し付けることができるのは万々歳なのだが、このプロジェクトは多くの社員を俺が巻き込んで始めた案件だ。途中で下ろされるわけにはいかない。
「え、私の教育係吉田センパイじゃなくなっちゃうんですか」
「お前が今日中に修正できなかったら、そういうこともあるかもしれないな」
俺の言葉を聞いた途端、いつもしまらない半笑い顔を崩さない三島が、真顔になった。
「じゃあ、すぐ直します」
「あ、おい……」
三島は踵を返して、自席に戻って行った。
いつものんびりとオフィス内を移動する三島が、早歩きで自席に戻ったのだ。
「なんだあいつ……」
普段から俺は三島に対してガミガミ言っているから、むしろ教育係は俺でない方が都合が良いのではないかと思っていたのだが。
教育係が変わるかもしれないと伝えた途端のあの焦りようはなんだ。
まあ、真面目に仕事をしてくれるのなら、それに越したことはない。小首を傾げながら、俺も自席に戻った。
「またトラブル?」
「俺が基本を作ってやったシステムが、まったくの別物に化けてた」
「やるねぇ、三島ちゃん」
橋本は他人事のように茶々を入れて来る。
かく言う橋本も、俺が振った仕事と自分が元から抱えていた仕事が積まれているようで、こちらに話しかけながらも視線はPC画面を見つめたままである。
「でも、なんか三島ちゃん急に真面目に仕事し始めたじゃん」
「お前、よく仕事しながらそんなに周り見えるな」
「PC見ながら、オフィスをぼんやり視界に捉えるんだよ。嫌いな上司が入ってきたら、素早くトイレに行ける」
「抜かりがなさすぎる」
俺が上司に捕まってるときに限ってこいつがいないのは、そういうことだったのか。俺も練習しよう。ぼんやりとオフィスの状況を視界に捉える練習。
プログラムツールを立ち上げながら、再び三島を見る。
普段ならすぐに首をぐりぐりと回したり、伸びをしたり、どうも集中していない様子で仕事に取り組んでいる三島だが、今日はやけに真剣な様子だった。
「……まじでどうしたんだ、あいつは」
呟いて、俺も自分の仕事にとりかかる。
真面目にやってくれるのは良いことだが、あいつにはそもそものスキルがない。
提出してきたものが使い物にならないであろうことはある程度想定して、俺の仕事も済ませておかないといけない。
小さくため息をついて、俺はキーボードに指をトンと置いた。
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