煙草①

「え、それはやばいでしょ」

 橋本が言った。

 まあ、予想はしていた。

「やっぱりそう思うか?」

「やばいでしょ」

 橋本は再度、そう言った。

 仕事の昼休憩中に、飲みから帰った後のことを橋本に訊かれ、その流れで沙優のことも話してしまった。

 さすがに自分一人の胸にしまっておくには大きすぎる問題だと感じたからだ。

 こう見えて橋本は口が堅い。そうやすやすと他人にこのことをばらしたりはしないだろう。

「捜索願いとか出てないわけ?」

 橋本の質問に、俺は首を縦に振った。

「俺もそれは気になってな。あいつが寝た後にこっそりネットで名前を検索してみた」

「そしたら?」

「捜索願いの『そ』の字もねえ」

「そうか……」

 橋本は顎に手を当てて、うーんと首を捻った。

「とはいえ、事情も分からぬ女子高生をなぁ……」

「よくよく考えるとやばいよなぁ」

「よくよく考えなくてもやばいって」

「あら、なにがやばいの?」

 驚いて椅子から跳ね上がった。

 二人そろってうんうんと唸っているところに、突然後ろから声をかけられたのだ。振り向くと、にこにこと笑みを浮かべながら後藤さんがこちらを見ていた。

「ああ、後藤さん……」

 俺はなんとも言えない表情を浮かべていたと思う。

 数日前に俺をあっさりとフッた相手だ。しかも、それ以前とまったく変わらない笑顔を俺に向けている。

「大したことじゃないですよ」

 言葉の出てこない俺の代わりに、橋本がにこやかに答えた。

「結構高い商品をネット通販したんですけど、間違えて二重で注文しちゃったみたいで。キャンセルがきくかどうかわからなくて焦ってるんですよね」

 しかもご丁寧にそれらしい噓も付け加えてくれる。

 橋本は本当に器用なやつだ。

「それは大変。二人そろって悩んだ顔してるからどうしたのかと思っちゃった」

 くすくすと笑って、後藤さんは俺たち二人に軽く手を振った。

「二人も早くご飯食べに行かないとお昼休憩終わっちゃうよ」

「はは、もうすぐ行きますよ」

 橋本が笑顔で手を振り返す。

 俺も苦笑いを浮かべて、歩き去っていく後藤さんの背中を見送った。

「……さすがに一言も話さないのはないでしょ」

「いや! フられた相手に何を話せと!」

「いや、あいさつくらいはさぁ」

 橋本は溜め息をついて、椅子から立ち上がった。

「食堂行こうか」

「ああ……」

 俺も続いて、立ち上がる。

 ああ、なんだって当たり前のように話しかけてきたんだ、後藤さんは。

 フられた直後だというのに、やはり俺の目には後藤さんが輝いて見えた。

 黒いスカートとジャケットが似合っているし、縦ラインの入った青いシャツもきちんと着こなしているのに妙に扇情的に見えた。少しウェーブのかかった茶色い髪の毛も、控えめなグロスも、上品かつ色っぽく俺の目に映る。

 クソ。当分は吹っ切れる気がしない。

 あと、やっぱり。

「おっぱいでけぇよなぁ……」

「吉田、声に出てる」

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