第12話 従属の罪




 魔女の街に入る前からずっと、魔女の嫌な魔力を感じていた。

 門らしきものはなにもなく、入国審査等は一切ない。

 大きな街というよりは、もうここが一つの国になっているのだろうが全く警戒心がない様子だ。

 しかし……この世界で魔女に喧嘩を売ろうなんて考えのやつは早々奴はいないだろうけど。


 街ではあちこちに血が飛び散ってついていた。

 それを掃除しようともしない。

 げっそりとした生気のない人間が沢山いて、僕を見ると慌てて怯えて逃げていく。

 本当に酷い街だという印象を受ける。

 疫病も蔓延しているようで、ところどころ皮膚の色が変色していたり、おかしな動きをしている者も見受けられた。

 こんなところにいたら気が狂ってしまうのも当然だと僕は思う。


「……酷い」


 僕はその死の街を見渡して、魔女らしき人物がいないかどうか捜したが、見当たらない。どこを見てもぐったりとしている人しかない。どうやらこの辺りは魔女が来ない場所らしい。

 だからあまり健康ではない人間が多いのかもしれない。

 言うなれば奴隷の捨て場所だ。

 しかし、こんなに簡単に入れるのにどうしてここから逃げようとしないのだろうか。

 そう考える刹那……この街から他の街まで物凄い距離があることや、ここから逃げてもまた捕まれば尚更酷い扱いを受けるということを思い出した。

 ここから逃げたとしても途中で野垂れ死んでしまうのが関の山だ。


 闇雲に歩いていても埒があかないので、僕はその辺のまともそうな人間に話しかけることにした。


「あの、聞いてもいいですか?」

「………………」


 中年の痩せた男は静かに僕の方を見た。僕を見ても表情を変えない。

 驚かれなくて良かったと僕は思った。慌てて逃げられたら話を聞くどころではない。


「とある魔女を捜しているのですが、治癒魔術の……」

「……――殺せよ」

「え?」


 男は僕の服にしがみついてきた。咄嗟に僕は身構える。


「殺してくれよ……頼む……もうこんな生活は嫌だ……――」


 男は僕の服にしがみついて離れてくれない。


「放して……!」

「殺してくれ殺してくれ殺してくれ殺してくれ殺してくれ殺してくれ……――――」


 そんなことはできない。いくら頼まれても、そんなことできるわけがない。

 僕の腕を強く握り、涙ながらにそう訴えてくる。

 僕はどうしたらいいか解らずにうろたえていると、ガーネットが男の肩に飛び乗って、男の首に深々と咬みついた。


「ぎゃっ……」


 みるみるうちに血の気が引いていって男は僕から手を放して倒れこんだ。

 周りにいた人間たちはそれを見て、叫びながらバタバタと逃げ出す。

 ガーネットは食事済むと僕の隣に降り立って、涼し気な表情をしているように見えた。口の周りには生々しい血液の跡がついているが、彼が黒猫であるがゆえにそれは目立たない。


「…………」


 普通ならここで怒ったりするべきなのかもしれないが、僕は怒らなかった。食事を取るという行為は命のやり取りだ。捕食側を咎めたりはしない。

 それに……幸いにも男は死にたがっていたところだった。


「お腹が空いていたなら、そう言ってくれたら良かったのに……」


 僕の血はそんなに沢山あげられないけれど。随分食事をするのを忘れていた。

 悠長に食事をしている時間が惜しかったのであまり気にしていなかったけれど、ガーネットは空腹だったのだろうか。

 僕は薬草を摘んで、適当に食べられるように加工した薬を取り出し、口に運んだ。美味しくはないが、エネルギー補給程度にはこれで十分だ。

 僕は急いで魔女のいそうな中心街に向かった。




 ◆◆◆




 キャンゼルは不貞腐ふてくされながら歩いていた。

 それはノエルに対しての不満からだ。

 馬を用意し、拘束魔術まで甘んじて受け入れたのにも関わらず、ノエルのキャンゼルに対する冷たいあしらいに不満をダラダラと垂れ流す。

 キャンゼルはその辺りにいたボロボロの服を着ている奴隷に尋問したが、誰一人として治癒魔術の魔女のことは口にしなかった。

 キャンゼルは不思議に思っていた。

 ノエルは魔女なのに、どうして横暴な態度も取らなければ人間や魔族に優しくするのだろうかと。

 あれだけ強い魔力を持っていたら、最高位魔女会サバトの幹部にだってなれそうなものだ。

 そうしたらあんな粗末な服なんかじゃなく、もっといい服も着られるし、いいところにだって泊まれるし、もっとチヤホヤされる。

 ノエルのことを知らないキャンゼルは素直にそう考えた。


「あなた、見ない顔ですね」


 キャンゼルが当てもなく歩いていると後ろから突然話しかけられた。

 振り返ると地味な魔女が一人いた。髪に花飾りをしていて大人しそうな見た目の魔女だ。


 ――なーんだ、面白くない。あたしはもっと綺麗な子が好きなのに


 と、思ったが罪名持ちの魔女が来ているローブを来ていた。

 それを見てキャンゼルは一気に表情が凍り付く。


「罪名持ち……? ……ええ、違う町からきたの。治癒魔術の最高位の魔女を探しているのよ」

「シャーロットのこと? どこか身体の具合でも悪いの?」

「捜しているのはあたしじゃなくて、ノーラって魔女で、あたしの恋人なの」


 胸を張ってキャンゼルはノエルのことを恋人だと豪語する。

 あの冷たい眼も態度もキャンゼルの好みで彼女を掻き立てた。それを聞いて地味な魔女はさして興味もなさそうに眼をそらした。


「私も、とある魔女を捜しているんだけど、情報交換しない?」


 ――何よこの子、あたしに向かって交換条件出してくるわけ!?


 酷く面倒臭く感じたが、先ほど治癒魔術の魔女の名前を言ってたところを見ると恐らくは知っているようだ。

 罪名持ちの魔女が最高位の治癒魔術の魔女を知らないわけがない。


「私は『ノエル』って赤い髪で赤い瞳の魔女を捜しているの」

「赤い髪に赤い瞳……?」


 ――ノーラと一緒……でもまさかそんなことないでしょ


「この魔女よ。ゲルダ様がその魔女を見つけた魔女には高額の報酬を払うっていう話よ。とにかく見つからなくて困っているの。知っていたら情報を頂戴」


 高額の報酬と聞いてキャンゼルは目の色が変わった。

 素敵なドレスに素敵な豪邸、そして優雅な暮らしをキャンゼルは想像した。ずっと夢見ていた上流階級の魔女の生活。

 夢を見ているかのような気持ちの中、その魔女が出した紙きれにははっきりと、が写っていた。

 ノエルの姿だ。


 ――こんな偶然ってありえるの? こんな幸運なんてありえるの?


 キャンゼルの頭の中では、何人も美男の奴隷を従えて他の魔女に身支度をさせている光景しか見えていなかった。

 ノエルへの好意は儚くも煙のようにどこかに消えていった。


 ――もう、ひもじい思いをしなくていい。もう、あたしを誰もバカにしたりしない


 向き直ってキャンゼルは嬉々として話し出す。


「その魔女、知っているわ」




 ◆◆◆




 僕はなんとか聞き込みをして、治癒魔術の最高位の魔女が『シャーロット』という名前であることだけは解った。

 だが、その魔女は最高位魔女会サバトにとらえられて半ば強制的に働かされているということで、僕が接触する機会というのは自然にはやってこないことを覚悟した。


 ――困ったな……


 最高位魔女会サバトと言ったら僕の翼をむしり取ったゲルダの直下の組織。

 対峙するほかないのだろうか。

 しかし流石の僕でも高位の魔女が何人もいたら下手したら殺されかねない。

 最高位魔女会サバトの拠点は街の中心の城だが、僕の姿を知っている魔女ばかりだろう。


「大丈夫かな……ご主人様…………」


 ――駄目だ駄目だ……!


 弱腰になっている場合じゃない。

 なんとかしないと。

 自分を懸命に奮い立たせるが、不安が気持ちから消えることはない。

 ずっと僕はご主人様のことで頭がいっぱいだ。


 さすがの魔女の総本部がある場所だけあって、人間の奴隷も多ければ魔女も多い。

 魔女なんて誰もかれもが敵に見える。

 ガーネットもずっと苛立ちを感じているのか、猫のくせに険しい顔をしている。レインもきっと鞄の中で怯えているだろう。


「ちょっと!! なにしてんの!? 立ちなさいよ!!」


 金切り声に驚いてビクッと僕は身体を震わせた。

 振り向くと、急に大声を上げた魔女が筋骨隆々の男の奴隷を蹴飛ばしている。


「申し訳ございません! 申し訳ございません……!!」

「どうしたの? 女に手も足も出せない自分が情けないんじゃなくて!?」


 その魔女はしばらく男を蹴ったり殴ったりしていた。男は一切抵抗しないで謝っている。

 魔女に反抗したら即座に殺される。だから男のあの態度は仕方がないが、それにしても凄惨だ。


「ふん、ざまぁないわね」


 その魔女は暴力を振るう事に飽きたようで、男を蹴るのをやめてどこかへ消えてしまった。男はうずくまって震えている。

 それに見かねた僕は男の元へ足を運んだ。男は息を荒げながら腹部を押さえている。


「これ、良かったら傷に貼ってください」


 僕は昨日調合してみた新種の傷薬をその男に渡した。


「あり……がとう」


 男は一瞬柔らかい声を出したが、僕を見てビクリと身体を硬直させる。やはり魔女であるということは人間にとっては恐怖でしかないものらしい。

 周りの人間たちは僕らをジロジロと見ていた。

 魔女が人間に優しくするのは珍しいのだろう。


「あんた……シャーロット捜している他所よその魔女だろ……?」


 男は身体をなんとか起こして僕の方を見た。街の外れの方にいた奴隷とは違ってまだ眼に輝きがある。


「……あぁ、はい。そうですけど」


 奴隷同士のコミュニティでもあるのか、噂が広まるのが早いなと感じた。

 そうでもなければ魔女から逃れることもできないのだろう。


「あの魔女なら、たまに街に降りてくるよ。俺らみたいなのを治療しに……ゴホッゴホッ!」


 咳をするその男をみて、ご主人様の姿と重なった。

 こんなにご主人様と離れているのは初めてだ。その男とご主人様がダブって僕の視界にちらつく。僕が背中を摩ってあげようと手を伸ばした時点で、僕は手を止めた。

 駄目だ。

 僕はご主人様以外の人間に心を砕いてはいけない。


「次はいつ降りてくるか、解りますか?」

「あぁ……大体二週間に一回程度だが。そろそろきてもいい頃だ。いつも各所の教会で治療をしてくれている……」


 ――教会……


 魔女教の教えを信仰している人間が経営しているところだ。

 魔女を崇めているなんてどうかしている。

 そう吐き捨てるのは簡単だが、魔女に生かされている人間はそうでもしないと今日食べる食事にも事欠く次第なのは明白だ。

 如何にご主人様たちが良い生活を手に入れたかが解る。


「そうですか、ありが――――」


 僕がそう言い終わる前に、僕の身体に魔術で操られている植物の蔦が絡まった。



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