NASAの男・甘木秀彦

24-1

 頬を叩かれた痛みは徐々に引いた。けれども愛する娘から叩かれたという心の傷は癒える気配がない。

 駆け足でどこかへ走り去ってしまった奈々子を、甘木秀彦は追いかけられなかった。

 奈々子に拒絶された。自分のすべてをかけてきた娘が自分を叩いた。

 今まで知らなかった暗く深い感情が迫ってきた。

 甘木秀彦は廊下に両手をついて項垂れた。

 嫌われたのだろうか。軽蔑されたのだろうか。

 何分間そうしていただろう。絶望に突き落とされそうになったところを、どうにか踏みとどまった。自分が地球滅亡を救うたったひとつの希望だ。

 膝に手をついて重たい身体を起こす。

 生まれたときから愛らしく、いつも笑顔で、将来はパパのお嫁さんになるとまで言ってくれた娘にああも拒絶されるとは。

 けれど娘にあれほどの態度を取られたとしてもやり通さなければならない責務がある。

 時計を見る。時刻は午後2時を示していた。

 あと1時間後に地球が滅んだら娘になじられることすらできなくなってしまうのだ。

 先ほどは間違っていた。

 確かに突然下着を要求してもそれに答えられるはずがない。あの場で下着を脱いだら娘がノーパンになってしまう。さすがにその要求は無謀だ。

 甘木秀彦は駆け足で売店を探した。

 だから、換えの下着を持って行く必要がある。

 下着の交換なら娘もノーパンになることはない。これなら素直に今履いている下着を渡してくれるだろう。

 そしてもう一度今度はちゃんと丁寧に説明しよう。なぜ娘の下着が必要なのか。そして今世界で何が起きているのか。

 校舎を駆け回った。

 1階で売店を発見した。息を切らしながら甘木秀彦は中に駆け込み。擦れた声で売店のおばちゃんに要求した。

「じょ、女性ものの下着をください」

 おばちゃんが不審者を見るような目つきで自分を見ていることに気づく。おばちゃんがどこかに電話をかけようとするのを慌てて阻止し、実は娘が下着がないと困っていて、このままでは娘は高校生活の中で一生忘れられない精神的傷を負うことになってしまうから、父親としてそれは阻止しなければならない。という口から出任せの理由を危機迫る表情で訴えたら、それに気圧されたのかおばちゃんがぽつりと言った。

「でも、うちは下着は売ってないよ」

 愕然とした。高校の売店というのはこうも品揃えが悪いのだろうか。

「でも、代わりと言っちゃなんだけど体育で使う短パンなら売ってるよ」

 希望が、繋がった。

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