第12話 「学校祭」 その25


 その日の授業はすぐ終わった。体感時間が凄く早かったのか、はたまた楽しかったのかは分からないがとにかくすぐに終わった。


 放課後はいつも通りタキシードの衣装を何枚も作っていき、今週の本番に向けて午後18時には完成させることができ、予定よりも早めに帰れることが決定した。そこで、四葉に一緒に帰ろうと声を掛けようと思い席を立つと————


「——あれ、四葉は?」


「ん……? あ、あぁ四葉ちゃん? さっき帰ったけど……」


 先ほどまで一緒に作業していたメイド服班の女子に声を掛けてみると、どうやら彼女は先に帰ったということらしい。かなりの頻度で一緒に帰っているので僕を置いて帰るのはなかなか珍しい。


「え、そうなの?」


「うん……確か、家の用事があるって……そうだよね?」


 最近は僕も色々あったし、なんかまた怒らせちゃったのだろうか。にしても、家の用事って僕は何も聞いてないしなぁ。


「そうだね、ちょっと急ぐって言って帰ってたよ~~」


「その代わり明日の準備はしっかりやってもらうって言ったけどねっ」


「あははっ、そうそう! よつっちってば凄い嫌そうな顔してたけどっ!」


「——まあ、ていうわけで帰っちゃったよ?」


「そ、そうか……ありがと」


 四葉が先に帰った。

 それに、僕には告げずに……と。


「あっもしかして……ぇ?」


「ん?」


 すると、その中の女子が一人。


「————デート、振られちゃった?」


「っ! なわけ……てかデートの約束なんてしてないし」


「なんだ~~そうなんだ~~」


「おい、信じてないだろ?」


「うん、もっちろん!」


「はぁ……にしても、縁起が悪いなぁまったく」


「でも、とにかく頑張ってね~~」


「はいはい……」


 女子と言うのはどうしてここまで恋愛が好きなのか分からないがどちらにせよ、振られたみたいなものか。


「……でも、僕が言えた口じゃないか」


 前だって先に帰って迷惑かけたし、ちゃんと言った気がするけど結局心配させたしな。帰ったら少しだけ話を聞くことにしようか。


「前沢」


「あ?」


「帰るぞー」


「ん、ああ、おけおけ……あれ、でも四葉は?」


「先帰ったらしい」


「っ、も、もしかして……フラれた?」


「ッ違う! 大体付き合ってないぞ……」


「ははっ、またまた御冗談がうまいことで~~」


「前沢、ぶん殴るぞ」


「はいはい、ごめんごめん~~」


「……お前ってやつは」


 そんなこんなで帰路に着き、途中の道で椎奈と会ったため一緒に帰ることになり——そして、また僕は揶揄われることになったのは言うまでもない。


「——っ! もし、もし、もしかしてっ——ふられ」


「ちがう」


「だっよな~~‼‼ 俺もな最初そうやって聞いたんだけどなぁ、柚人は付き合ってない~~って言いやがるんだよ! まったく、嘘つけってな~~」


 彼女の前でそういう話はやめてほしいんだけどな。こいつ色々知っている割にはこういう時に気を使えないし、まじで使えない。ほんとにやめてほしいし。


「はははっ!」


 椎奈も椎奈で気にしないで笑っているし……正直、怖いぞ。これがいわゆるあれか? 男は別保存で、女は上書き保存的なやつなのかな? 


「もう、やめてくれ……」


 異様な雰囲気に包まれた僕たちであったが——でもそれは僕の思い違いなのかもしれないけれど——ただ、僕としてはそう感じたためそう思っておくのは悪いことではないだろう。


 大体、二人とも、特に椎奈が平気そうに笑っているのがちょっと怖いし、原因の僕がいてはさすがに辛いだろうに。




「はぁ……ただいま」


 とりあえず、四葉と話をしようか。


「……」


 すると、何も帰ってはこなかった。いつも二人で帰っているため、仕事でいない親のお帰りを聞けないのは普通だった。でも今日は四葉がいるはずだ。


「聞こえてないのかな……?」


 きっと部屋で何かしているんだろうと思い、適当に手洗いをして二階へ上がる。


「四葉~~、帰ったぞ~~」


「……」


 しかし、聞こえてくるのは反響した自分の声だった。まるで、人の要る気配を感じれなかった。それなりに広い家の中を響くのは虚無と空虚。僕の足音が鮮明に響くくらいには静謐としている。


「あれ……どうしたんだろ?」


 そこで、僕は恐る恐る四葉の部屋の扉に手を掛ける。


「っふぅ……」


 そして、僕は扉を三回叩いた。


 空虚な空間にトントントン、と高めの硬音が鳴り響く。


 しかし、返答は一変たりとも返ってこない。


「なんだろ……」


 こうとなっては仕方ない。そこで僕は彼女の部屋の中に入ることにした。


「……おじゃま、します」


 ガチャッ。


 ゆっくりと開かれる扉、隙間に逃げていく空気に乗って優しい香りが僕の鼻腔を震わせる。そんないい香りに意識を乗っ取られた実に数秒だった。


「——あれ」


 四葉はそこに、いなかった。


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