第12話 「学校祭」 その16



「ゆずと……ゆずと……っ!」


 遠くから声がする。

 僕の名前を呼ぶ声が耳に響いていく。


「……ぁ」


 眩しい。

 白々しい光が僕の瞳に突き刺さる。瞼の裏から眩く光るそれに手を出して遮ろうとするが一向に変わらない。


「ゆずとっ————!」


 声がさらに大きくなった。

 いや、それにしても耳が悶々とする。痛い……いったい、何が……。


「っ……」


 目を開けば右側に四葉が座っていた。体を起こそうとすると右側の腰に稲妻の如き痛みが押しよせた。


「いっ——」


「ああ、ゆずと寝てて……」


「いてぇ……一体、何が……?」


「いや、何がって……ゆずとこそ何やっているんですか」


 ふと下を見れば、彼女の手が僕のベットのシーツをキッと掴んでいた。一度目を瞑り、奥歯を噛む。感情の機微が僕にも分かるくらいに彼女は動揺しているようだった。そして、唾を飲む音が小さく響いた。


「……ほんと……四葉は心配したんですよ……」


「あ、あぁ」


「びっくりしたんですから、まったく……驚かさないでください」


「そ、それは……すまない」


 その瞳は少しだけ輝いていて、くすんと鼻をすする音が鳴った。


 しかし、一体何が何だが分からない。

 良く分からないのはそうだが、女子はよく泣くことがある。仕方がないがここは謝っておくのが良いかもしれない。


「——ゆずと」


「なっ、なに?」


「今、失礼なこと考えてませんでした?」


「え、いや別に……」


 いつもとは違って勘も鋭い。これが女の勘だろうか。

 それにしても、普段の四葉では考えられない眼光を僕に向けている。ちょっと怖いというか可愛いというか……我ながらこの義妹の怒った顔は何とも愛らしい。


「ねえ」


「は、はいっ?」


「なんで笑っているの? 四葉、すっごく心配だったんですよ?」


「あ、えっとうん……ごめん」


「はぁ……ほんとに、ゆずとは」


「ごめん……」


「まあ、まぁいいです……それで、一体何があったんですか?」


 すると、ストレートに彼女は真相を訊いてきた。

 僕としては全く覚えていないが、やっぱりか。僕の身に何かあったのかもしれない。


 多分あの時——というか、あの後か。何かあったとは思うが……ちょっとよく分からない。あいつに会って、変な男がいて、その後イライラして——


「——っい、て……」


「ゆずとっ! ど、どうしたんですか?」


「いや、ごめん……」


 しかし思い出そうとすると、頭の真ん中がズキズキと痛んで全く思い出せない。それに、四葉が僕を家まで運んでくれたのだろうか? もしそうなら嬉しいが、四葉の力じゃ到底僕の体を抱えて大通から15分くらいかかる家には運べないだろうし、一体……。


「……大丈夫、ですか?」


 恐る恐る寄ってきて僕の安否を確認する四葉。


「ああ、でもちょっとだけ痛む」


「そ、そうですか……」


 俯く彼女。それと同時に、ギシりと歯ぎしりが鳴った。

 どちらにせよ、四葉なら知っているかもしれないし訊いてみるしかないだろう。


「四葉……何があったんだ?」


 ビクンと跳ねる彼女、その反応から見るに何かあったに違いない。


「どうした?」


「いや、その……」


「頼む、教えてくれ」


「……大通公園のベンチで寝てたんですよ」


「え?」


「え——って、それはこっちの台詞」


「いや、でもなんで」


「こっちが聞きたいです」


 寝てた?


 これが本当なら本気でヤバいことになってきたぞ。そんなバカなことがあるわけ……。


「でも無事で何よりですよ、ちゃんと行き先を教えてくれたから何とかなりました」


「あぁ……ってか、僕のことをどうやって運んだんだよ? それに寝てたってなんで寝てる——」


「もういいから寝てくださいっ、普通に疲れてたんじゃないんですか? だってあそこまで行ってベンチで寝るってどうかしてますし……それに、運んでくれたのは前沢君です。あとでお礼言ってくださいね」


「前沢が?」


「そうです……じゃあ四葉はお風呂入るので、また」


「……りょうかい」


 立ち上がり、モダンなデスクの下に椅子を戻す彼女。扉の前で少しだけ止まり、そしてすぐに廊下へ出て行った。


「これは……ヤバいことになってきたな」


 僕はもう一度だけ、目を瞑った。

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