第9話 「第一次奪取戦争」 その14


 

「こ、ここ、こここ告白っ⁉」この私が、ゆ、ゆゆ、ゆずとに……ま、まさかぁ……。


「お前、まさか……」


「ゆ、ずと……くんっ」


「——百合だったのか……?」


「——え?」


「——?」


「——?」


 無言で見つめ合っていると、四葉が座っている方向から急な痛みが押しよせた。


 パチンとなった甲高い音に驚きつつも、驚きなど凌駕するほどに背中を地面に強打した。


「ってえええええ‼‼」


「っあ、や——」


「っつああぁぁ」


「柚人、大丈夫⁉」


「い、いてぇ……なんで急に」


 痛みに悶えながら視界の隅に見えたのは、あわあわと口を押えながら後ずさりをしている我が義妹。


 僕としては疑問よりも先に、この状況が一体何なのかが全く分かっていなかった。


「い、いきなり……なん、なんだ……?」


「そ、いや、まち、というか……」


「四葉ちゃん……そんな、暴力的だったなんて……」


「いや、じゃなくて、間違えて、あっと、んとぉ」


 こんな痛みに支配されながらも彼女たちのかみ合わせの悪さは目立っていた。


 いや、噛み合わせというか、どちらかと言えば通じ合ってなさすぎるだけ——という言い方の方が適切かもしれない。


「——ちょっと、嫌だったか、ら」


「っへ?」


 すると、四葉の台詞に大きく反応したのは彼女。


「わ、私、変なこと言った……っ⁉」


「え、やっその、椎奈ちゃんじゃなくて……」


「私じゃ、ないの?」


「うん……」


「よかったぁ……」



 おい、と僕は本気で突っこんだ。いやいや、僕は悪いことなど言ってない、なのになぜ僕が殴られるのかは分からなかったが……正直、それも何となく分かってしまった。



「ゆずと、ごめん」


「ああ、まじで痛かったぞ」


「ほんと、ごめんなさい……」


「ああ、分かったから。それより勉強やんねーと」


「いや、でも……」


 椎奈の安堵はさておき、四葉はとにかく僕に謝ってきた。


 その理由も何となくは分かる、答えは二通りだが、正直二つとも正解と言って差支えがないくらいのニアピンであることは間違いない。


「いいから、やるぞ! 僕もまだ覚えてない現代社会を詰めていきたいんだよ」


「あ、いいね、私も現社やろっかな!」


「……よ、四葉も」


「——四葉は数学をやれ」


「っう」


「図星だろ?」


「何が図星なの?」


「こいつはバチバチの文系なんだよ」


「お、そうなの四葉ちゃん!」


「う、うん」


「まぁ、とにかく、四葉は数学しっかりやろう、赤点になったら嫌だろ? 本読む時間だって無くなるんだぞ?」


「っ……嫌です、そんなの」


「よし、じゃあやろう!」


 頬を赤くする四葉の的を射抜いたかのような一文字の台詞を耳に入れながら、僕はその真意を探っていた。


 だが、答えはあまりにも簡単だった。


「で、この供給曲線と需要曲線が交わると……こうなるわけだ。うん、良く分からない」


「はぁ……そこは書いてある通り覚えろ、まず現社は言葉の意味を素早く理解して、多くを覚える科目だ。簡単だからできるだろ、そのくらい。それに、こんなの教える科目じゃないんだからもっと静かにやれよ……」


「いやだ、わかんない!」


「わかる!」


「絶対分かんない!」


「分かる!」


「わかんなーーーーい!」


「わかーーーーる!」


「「っはぁ……」」


 チラッと四葉に目を向けると、彼女はすかさず目を逸らした。


 それも……ずらす前は明らかに僕たちを睨んでいた。こうしてずらした後も頬を少しだけ膨らませている。


 今ので確定だろう、彼女は確実に。



 ———僕と椎奈の距離の近さに嫉妬している。

 

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