第9話 「第一次奪取戦争」 その6


「はぁ~~い、今日は唐揚げよ~~」


 夜8時、親父の残業帰宅後だった。

 いつもよりも少し遅めの夕飯が食卓に並び、久々に家族全員が集まっていた。


「じゃ、今日は哲也さんの誕生会始めましょうかっ!」


「うん!」


「っ!」


 美森さんの言葉に合わせて、僕たちはクラッカーを引いた。

 

 パンパンッ‼ 


 ——と、破裂音が十畳ほどのリビングに鳴り響く。ダイニングキッチンの横に置かれている水槽の中の金魚たちが心なしか驚いているように映ったが、それよりも驚いた顔をしていたのは僕の親父、哲也本人だった。


「っぁ、な、な……た、誕生日を……知っていたのか?」


「ええ、勿論ですよ」


「だって、俺は三森に誕生日いつか入っていないだろう……」


 眼鏡を外して、瞳からぽろっと零れ落ちる涙を拭うのが43歳男性公務員でなければもう少し泣けるシーンではあるが、母親が裏切ってからもやめずに働き続けてくれた親父には感謝をしてもしきれない。

 

 こればかりは少し泣けるものがある。


「哲也さん、婚姻届けに誕生日書くでしょう? その時見たので知っていますっ」


 そんなバカみたいな問いに美森さんは親切に答えた。


 相変わらずの美貌を持つ義母。


 歳はシークレットだが、それなりに生きているのは確かである。なのに皺ひとつない。そんな美しい美森さんがぷくっと頬を膨らませた途端、親父は「ははは……」と照れと惚れの籠った反応を返した。


「すまんすまん、どうしても久しぶりでなぁ……」


「結婚相手の誕生日も知らない馬鹿者がどこにいますかっ、そのくらい当たり前ですよ」


「だな……」


 嬉しそうに微笑む二人を見つめて、そろそろ僕たちも言おうかと四葉に視線を合わせる。


「……///」


 どうやら、先の話のことを未だ思っているらしい。

 親父に負けず劣らずの照れにクスッと笑ってしまいそうになるが、僕が言う前に美森さんが入った。


「あら、どうしたの四葉?」


「いっ、や、別に……」


「あらあら~、四葉も哲也さんの誕生日嬉しいのぉ……?」


 違うんだけどなぁ……笑。


 前々から思ってはいたが美森さんは天然だ。少し素っ頓狂な笑みを浮かべて四葉に問うが肝心の彼女はそっぽを向いて固まっていた。


 これ以上、四葉をいじめるのは僕も嫌だから話題を切り替えよう。


「はは、じゃ、親父」


「ん?」


「誕生日おめでとう、これからもよろしく」


 さすがに高校生となるとそういう言葉を伝えるのは恥ずかしい。思わず頬が熱くなるのを感じたが動揺してはどうしようもない。


「もぅ……四葉ちゃんも柚人も、なんて優しいっんだ!」


 ポロリともう一粒。

 頬を伝ってごつごつの大きな手にそれが落ちた。


「まあ、最近祝えてなかったし、美森さんが企画してくれたからよかったよ。美森さんもありがとう」


「いやいや、哲也さんのためですから何でもするつもりですっ!」


「二人ともぉ‼‼」


 いやちょっと泣かないで、さすがに気持ち悪い親父。


 なんて心の中で呟くと同時に、夕食会が始まった。

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