第8話 「救世主女たらし伝説」 その4


「それでそれで~~」


「おお、お前やるなぁ! この本知ってるのか」


「さすが、あんときの図書委員だな!」


 先輩たちの声は明るかった。その姿を見て嬉しそうになる一方。


 ————四葉の帰りは遅かった。


「あの先輩、四葉ってまだですかね」


「お~、そう言えば遅いなぁ」


「どこ行ってるんすかね?」


「あー聞いてなかったなぁ」


「ん~~たしかトイレ行ってくるって言ってたからね」


「にしてもなぁ……」


「——女の子はね、男みたいにすぐ終わるわけないんだよ少年? 馬鹿みたいにち

ん〇ん振り回して終わりじゃないんだから~~!」


「そうだよなぁ拭くか————っって、男はちん〇ん振り回さねぇよ!」


「え、男性の便器ってプールみたいにおっきくないの?」


「は? 何考えてんんだあんたは」


「だって男の子ってプールでおしっこするって言うし……」


「そういう意味じゃねぇ、舐めてんのか、僕たちを」


「うっわぁ、舐めるとか……」


「——うるせえ、だまっとけ」


 由愛の揶揄いに付き合っている余裕は僕にはあるはずもなく、気が付けば部室を飛び出して廊下を走っていた。



 ————☆☆



「はぁ……」


 思わず漏らした溜息が、冬によく見る白っぽい吐息と同じように見えます。恋をしている時は何もかもが幻想に見えて、現実を見失うって聞きますが、これを恋故の盲目って言うのでしょうか。


 ——あはは、そんなことありませんね、まったく。


 それにしても、この場所は風が気持ちいです。


 玄関を出て、校門までの道の両側には芝があって桜の木が植えられているんです。今はもちろん咲いていないけれど春はやっぱり満開でなんども写真に収めちゃうくらい。


 授業中に見とれてしまって怒られる生徒も良くいるぐらいですから……四葉もあんな綺麗な桜みたいに綺麗になりたいです。

 

 背中に桜の木をぴったりつけて座っているとなぜだか心が落ちつきます。優しい風が頬に当たり、背中には大きな生命のぬくもりを感じて、ここで本を読めばすごく捗りそうです。ミステリー小説も江戸川のコナンにも引けを劣らないくらいな名推理を披露できそうです。


「ふぅ……」


 どうしたものでしょうか。


 口から洩れた吐息はふわりと風に乗って消えていき、一人ぼっちな四葉だけがここに取り残されています。不思議と、なんか昔にもこういうことがあった気がします。


 二人でいつも遊んでいたものだから、たまにゆずとが他の友達と遊んでいるところを見て嫉妬したこともあったけ。正直、今も嫉妬しっぱなしなので変わっていません……四葉ってほんとに幼稚なのでしょうね。


「——あ、虫」


 ふと右下を見つめると小さなダンゴムシが一匹。


 どうやら四葉と同じように独りのようでした。多分、普通の女子高生ならキャーって悲鳴上げて逃げるのが常なんでしょうけれど、四葉は意外に虫はいける口です。よく、拾ってはゆずとに見せて追いかけたのを思い出します。


 これは偏見ですが、男の子って虫触れるものだと思ってましたが意外と触れない人がいるんですよね、全く意外です。あんなにわんぱくなのに触れないって、なんか根性なくて、詐欺みたいです。よくある小説の表紙詐欺と一緒です。最低です。


 四葉が偏見について語っていると、ダンゴムシはもう一匹がいる方へ向かっていきました。


 とてとてとすごく危なげな感じで、それでも頑張っているのは伝わってきて、別にこれは四葉の付け足している物語ストーリーなのかもしれないけれど、すごくかわいくて尊いものを感じます。頑張って走ったダンゴムシはもう一匹の隣に寄り添うように進んでいきます。まるで、初々しい恋愛小説を読んでいる気分でした。こんなところにも物語を感じてしまう四葉はもはや末期でしょう。『君の膵臓を食べたい』のような感動では決してないけれど、四葉の涙腺は大粒の涙と戦っていました。


「ほんとに、どうしたんでしょう……」


 ダンゴムシの恋愛を純粋に眺めて、ふと思います。四葉も正直になるべきなのでしょうか。


 ——いいや、むしろ正直になっていいのでしょうか。


 彼と彼女の中を壊していい権利なんて四葉にはないし、まして家族の、それにただの義妹が口を出していいのか、まったく分かりません。


 正直に言うと、四葉は彼のことが好きです。


 多分、好きになったのは小学三年生くらいだったような気がします。好きになったというか、気持ちに気づいたって言うのが本当かもしれないですが、やっぱり生まれた時から好きだったかもしれません。真面目に。


 彼について語ったら、一日は——いや、一週間は語り続ける自信があるくらい。本当に好きなんです。


 でも、神様はいつでも意地悪で、いじめっ子みたいで。どうしてなんでしょうか、家族では好きだなんて言えるわけもないのに……。


「ほんとに嫌になります……」


 そして四葉は、思わず涙を流していました。


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