第8話 「救世主女たらし伝説」 その3


「……」


 図書館は数分前の閑散さを取り戻していた。

 由愛の一言、その数秒後。

 

「……そう、ですか」


「……っえ」


 何かを悟ったような四葉の表情は怖かった。悲しそうというか、ゆっくりと俯く彼女。その彼女を隣にして、未だに由愛はクスクスと笑っていた。


「やっぱり……だから最近委員会が予想以上に遅かったんですね……納得です」

「え」

「委員会で、一時間以上はさすがに遅いですよ」

「そ、そうかな」


 ちょっと、というか結構、四葉の瞳が怖かった。垂れ目であった黄色交じりの瞳はぐるりと角度を変え、合わせてしまえば石化してしまいそうなくらい。由愛の伸長よりも頭一個分ほど小さい彼女の身体から発せられる怒りの覇気は想像できるわけもないほど。


「……いや、いや! まって! 確かに遅いかもしれないし、あれかもしれないけどっ意外とこの仕事難しいんだよっ!」

「ほんと、です?」

「ほんとほんとっ! 作業内容多いんだよね、ね!」

「う、うん」


 無茶ぶりに渋々答えてくれた烏目さんに心から感謝しつつ、僕は焦りを感じた。


「ふぅん……分かりました、許しましょう」

「だから、浮気じゃ」


 ギロッ‼‼


 蛇の様な狩人の瞳は僕にはまだ早かった。不穏な雰囲気が漂う中を佐々木由愛はいつも通りのトーンで。


「——はい、浮気でした」


 こういう雰囲気になると女性には勝てない。本の世界でも現実でもそれは一緒の様だった。数秒経った後、由愛は普通に。


「はいはい、で、それでー彼女さんは?」

「おい、彼女って、本気で言うなってそういうこと」

「なにかやましいことでも?」

「ない、っ! ……けど」


 さすがに四葉の目が怖い。

 本を硬く握りしめているからか、手の甲の血管が若干浮き上がっている。そんな姿を見るとやっぱり何も言えない。


「……えと、私は烏目椎奈って言います……」


 僕が俯く間に隣から空気を読んだ自己紹介。さっきから場を見極めてくれる彼女には頭が全くと言っていいほど上がらない。


「ふーーん、私は一組の佐々木由愛よ、柚人と同じ文芸部」

「六組の洞野四葉……です」


 すると、烏目さんはむむっと表情を硬くした。


「ほら、の?」

「はい」

「洞野君といっしょの……洞野?」

「は、はい」

「じゃあ、妹さん?」

「そうですけど……」


 今度は何となく微妙な雰囲気が場を支配した。確かに、初見の会話で顔も全く似てない双子が男女でそうそういるわけがないと思うのは必至だろう。だが、この複雑な関係を暴露できるほど僕たちは簡単ではないのも事実。

 

「そっかぁ、妹か……」


 ドキッとしたのは一瞬。危ない所だった。

 別に隠す必要もないけれどあまりそれを広めたくもないのは事実。義妹なんてあまりにべた過ぎて言いたくもない。


「……じゃ、私たち行くよ。柚人も早く来てね」

「——あのっ!」


 すると、流れに乗ってバックをとりに行こうとしていた僕をその流れから断ち切る勢いで彼女は訪ねる。


「——私も、文芸部、行っていいですか?」


 そこで断る理由はどこにもなく。


「ええ、いいわよ」

「う、うん」


 温かいようで優しいようで歓迎真っ貞中、本好きが増えるという嬉しさが残るのと同時に僕は見えていた。微笑む由愛の隣で、視線を明後日に向けている四葉の顔だけはどこか曇っているように見えてしまった。


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