第2話 「二度目の歩み」その2
僕には妹がいる。
妹と言っても名ばかりの、元幼馴染の義妹だ。
年は同じで、生まれは一日違いで、同じ病院で生まれた仲だ。幼馴染も越えた生まれ馴染みってところだろう。昔から一緒だった彼女の隣を僕こと洞野柚人は今日も歩いている。いつもとは違う意味と役割を兼ねそろえて、二倍の不安と三倍の使命感に駆られてヨタヨタと一歩一歩を踏みしめる。
洞野四葉は小さい。それも、とても小さい。世の言葉では合法ロリというらしい。垂れ目の奥に見える黄色交じりの紅瞳は潤しく、ふわりと整えられた焦げ茶色のボブ。表情はいつも薄く、天然交じりの小動物の様な雰囲気の彼女が僕にとってはいつも通りの光景。
ここまでかわいく思えると、確かに守ってやりたい。家族愛とはかけ離れているかもしれないが、この思いはしっかりと向けていたい。
「ゆずと、緊張してますか?」
「っへ⁉」
「ずぼしです、ね」
「え、え~~普通じゃん、ちょっと不安だもん」
突然の一言に僕は正直、驚いた。
天然で割と無表情なのに、こんなに周りのことに関心があるとは……いや、普通か。むしろこうでなくちゃ困る。
『おにいちゃん!』
なんて元気よく言われてみれば対処のしようがない。この方が僕にはちょうどがいいくらいだ。
「でも、四葉も緊張してます」
「あ、そうなん? 全然そうには見えないけど……」
「むぅ~~、その目は節穴ですか?」
すると、頬を膨らませて、ぴょこんと立つアホ毛を左右に揺らし、僕の胸辺りを人差し指で突いてきた。なんだこいつ可愛いぞ——じゃなくて、訂正しようか。
四葉は感情がないわけではない、ただ感情を表に出すのが苦手なのだ。生まれ馴染みでもある僕に対しても中々露わに出来ていないところからそれは明白だろう。
今も、ピタリと横にくっつきながら歩く彼女。頬を朱に染めた無表情で近づかれてもどうしようもないのだが、ここまで来れば流石に慣れたかもしれない。
でも、僕たちがこういう関係になる前はもう少し笑っていた気がしなくもない。あんな悲しき事件を境に彼女はより一層、感情を表に出すのが難しくなったのだ。
「大丈夫か?」
「うん」
「まあ、クラス一緒ならいいな——あ、まて、でもみんなに説明するのめんどくさくないか、やばくね、兄弟? でも義理だし皆にいろいろ言われるとか……やべぇ」
「友達なんていない、んじゃないんですか?」
「おい、そんなことないぞ。僕にだって友達の一人や二人くらい……」
「じゃあ、数えてください」
「え、えっと、一人、二人、三人、四人、ご……あ、ああ」
「ほら、四人しか……」
「じゃじゃ、じゃあ四葉も言ってみろよ!!」
「え、ざっと100にんくらいです?」
「まじ?」
「まじです」
「まじまじの実?」
「まじまじの実です」
下らない会話を聞く通行人の気持ちになれない僕は、そのまま数分間も妹とのマウントの取り合いを続けた
結果はもちろん——引き分けだった。彼女はあんな感じで無表情はあるが、なぜだか友達が異様に多い。彼女の友達になるとはつまり、お世話をするようなことを意味している。何もできないわけじゃないが、割と抜けている彼女は時々、何かをやらかす。
だからこそ、そんな重荷を背負える人間がいるとは案外人も捨てたものじゃないのかもしれない。
「お、着いたぜ」
「うーー、みんな同じかな?」
僕が通う高校は進学校だ。
だが、そうとは言っても偏差値がさして高いわけではない。進学校の中では割と普通の高校である。部活動勉学ともにまあまあで、強い部活は主に陸上部とダンス部だ。ちなみに僕は無所属だ。僕の隣にいるこの小さき妹は文芸部、たまにお邪魔させてもらっているが、僕は未だに加入を断り続けている。
「おうおうおう、お二人さんじゃないかーー!!」
左脇腹への圧迫感とともに、ハスキーな女子の声が僕の耳元へ響いた。
「っつあああ!」
「あ、詩音先輩」
耳がいたい、この先輩は加減を知らないのだろうか、いつもいつも元気なのは結構だが、このままでは僕の耳が壊れるのも時間の問題だ。だが、脇腹と耳を抑えてしゃがみ込む僕には目もくれず、光速で四葉の肩に手をおいて、大袈裟に話しかけていく。
「ぎゃあああああああああ‼‼ やばいやばいやばいよお、
追い打ちだ。ハスキーだからいいもののこれが萌え声だったら、今頃僕の耳は吹き飛んでいた。その前に四葉の意識が跳びそうな具合に身体がぐらぐらと回っていた。
「やばやばやば!!!」
「うううううう!」
「部長! やめてください! 四葉がっ‼‼」
ようやく気が付いた先輩は正気を取り戻す、だが同時に四葉がその場にへたり込んでしまった。あたふたとする先輩を目の前に僕はすぐさま四葉を担いで玄関の方へと走りだそうとした瞬間。
「まっ——てぇぇええええ!」
頭脳明晰、容姿端麗な外見が圧倒的な先輩、
「ぎゃああああああああああああああ‼‼」
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