1日目

 「以上が、かの国からの要請となっております」

「わかったわ」

「無念でございます…これでは、要請では無く、簒奪ではありませんか!」

「いいのよ。国務大臣。その気持ちだけは受け取っておくわ。それよりも、食糧大臣のアラン氏はどうしているかしら?グラタネ地方とダートリア地方の麦とアガ芋の生産権の交渉の進捗をまだ耳にいれてないのだけど」

「はぁ、申し訳ございません。彼は元々は肉屋の主人でございましたから、まだ慣れていないのです」

「なら、直ぐに慣れさせなさい。3日以内に交渉を我々の案で承諾して頂けるようにと伝えて」

「かしこまりまして」

「次…」

女王アイラは王宮の執務室の大きな外側の窓の側にいた。外は雪が降っていた。窓には所々にヒビが入り、とても王宮とは思えないほどに建物は荒れ果てていた。女王は何枚も重ね着し、暖炉の薪を節約しながら次から次へとやとてくる大臣たちに指示を下していた。


「お疲れ様でございました。陛下」

「ありがとう、ブナハーブン」

ようやく公務から解放されたアイラに紅茶を渡してきたのは年老いた家政婦長のブナハーブンであった。通常、家政婦長はこのような事はしなかったが、人手不足で致し方なく行っていた。

アイラは暖炉にくべられた石炭を眺めながら紅茶を静かに口に入れる。

「美味しい」

「この上なき、お言葉にございます」

「貴方も、今日で最後だったわね」

「はい陛下…30年、ご奉仕させて頂きました」

「そう…息子は今?」

「はい、なんとか生き残りまして、ブガトリア地区にいるそうです。私もそれに頼って…あっ申し訳けございません、陛下の前で…」

「いいのよ。生きていて本当に良かったわ。ブガトリアね、力を入れておくわ」

「本当にありがとうございます」

アイラはつい先日に父、先王を暗殺によって身罷った。皇位継承権を持つ男子が皆戦死ないしは捕虜になった為、女王として即位した。

「それで、貴方の次に誰が私に紅茶を淹れてくれるのかしら?」

「はい陛下、入りなさい」


「失礼致します陛下」

入ってきたのは小さなペンギンであった。ネクタイを締めていたけれど、紛れもなくペンギンであった。

「なんの冗談かしら?」

「冗談ではありません」

ペンギンが、喋った。

「失礼、わたくし、ニルスと申します。ブナハーブン氏に代わり、わたくしがお世話をさせて頂きます」

ペンギン、ニルスは深く礼儀良く頭を下げた。

「ふざけないで!」

アイラは立ち上がった。

「冗談ではないわ!このような畜生に私の世話させるというの?!」

「はい陛下、彼、ニルスは優秀な執事でございます。今はこのようななりですが元は人間。ロングモーン伯爵邸に16年勤めておりました」

「ですが!」

「お気持ちは痛いほどお察ししております。ですが、今この国において陛下のお世話を担う事のできる者は彼しかいないのです。何卒」

ブナハーブンは改めて深く頭を下げた。アイラは少し息を整えた。

「わかったわ。もうお下がり。今までありがとう」

「ありがたき幸せにございます…では失礼致します。お休みなさいませ陛下」

そのままブナハーブンは退室していった。

「では、これから…あと8日ほどだけど、宜しく、ニルス」

アイラは手を差し出した。

「宜しくお願い致します陛下」

ニルスはそのクチバシでアイラの手に口付けをした。

クチバシはとても硬く、冷たかった。



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