第159話:風呂に来たんだが②

 屋内浴場の面積から考えると、この露天風呂の広さは女湯の露天風呂を圧迫しないことには構造的に無理がある。


 とはいえ日替わりで男女の浴場は入れ替わっているらしいので、どちらかを犠牲にしてどちらかを快適にするなどとは考えにくい。


 そんな些細な疑問を感じていると——


 キィ……と扉が開いた音がした。


 ん? 誰か来たのか?


 そう思い、露天風呂の出入口を見る。しかし、扉は開いていなかった。まさか心霊現象的なアレじゃないよな……?


 温かい風呂の中で背筋だけが冷えてしまう。


 だが、次の瞬間にはそんな心配は杞憂に終わった。


「ユーキ〜! もう来てたのですね!」


 なぜか、女湯に行ったはずのアレリアの声が聞こえた。


「え?」


 声の方向を見ると、女湯の露天風呂扉から出てくるアレリア、アイナ、ミーシャ、アリスの四人の姿。


 俺の姿をいち早く見つけたアレリアがこちらに手を振っている。


 もちろん、ここは風呂なので全員裸である。


「う、嘘だろ……」


 どうやら、男湯と女湯が繋がっており、女湯からこちらに来ることができる構造になっているらしかった。


 大きな胸を揺らしながらこちらに近づいてくるので、どうしていいかわからない。俺はブクブクと湯船の中で泡を吹くしかなかった——


 今日は一人でゆっくりできると思っていたのだが、そうはならないらしい。


 じゃぼん……じゃぼん……と音を立てて俺の隣に来る四人。


「ここは城の風呂じゃないんだぞ? 誰か来たらどうするつもりなんだ?」


 俺は紳士なので美少女の裸を見ても何か思うことはないのだが、この宿に泊まっている客全員がそういうわけではない。


「あー、大丈夫だよ。ユーキ君には言ってなかったっけ?」


 ミーシャが能天気に答える。


「何をだ?」


「この時間は私たちの貸切だよ。身分を明かしたら宿の人が特別に配慮してくれたみたいで」


 これは初耳である。


「もしかしてだが……チェックインしてすぐに風呂に行けなかったのって?」


「うん、調整にちょっと時間がかかるからって」


 今回はミーシャが率先して手続きをしてくれていたので、その辺の事情をまったく知らなかった。


「あ、じゃあユーキもしかしてですけど……露天風呂の仕切りがなくなったことも知らないんですか?」


 今度はアレリアが尋ねてきた。


「仕切り?」


「はい。男湯と女湯は竹の仕切りで分かれてるんですけど、今日この時間だけは特別に取ってもらってるんです」


「そういうことだったか……」


 ここまでの説明を聞くと、確かに色々と疑問だったことがスッキリする。


 この時間帯に他の客が誰もいなかったこと。露天風呂がやたらと広かったこと。なぜか入浴まで二時間も待たされたこと。


「私は他のお客さんに迷惑かけちゃうかもしれないから断ったほうがいいかもって言ったんだけどね」


「人の好意には甘えなきゃダメってお母さんが言ってた。大丈夫」


 アイナの言い訳がましくセリフをフォローするアリス。


 やれやれ、仕方ないな。


 ほんの数分はゆっくりできたので良しとしよう。たまには一人を満喫したいとは思っていたが、賑やかなのが嫌いなわけではない。


「あ、ユーキ。背中流しますよ」


 アレリアが思い出したかのようにそんな提案をしてくれた。


「もう体は洗ったぞ? スイとアースにやってもらった」


「えっ」


 予想外だったのか、一瞬固まってしまうアレリア。


「じゃあ、二回目ということで!」


「ということは私は三回目?」


「私が四回目で……」


「アリスは五回目ってこと?」


 アレリア、アイナ、ミーシャ、アリスの全員がなぜかやる気である。普段は日替わりでお願いしていたのだが、アレリアが『二回目』という禁忌の扉を開こうとしたせいで回数がインフレしてしまった。


 とはいえ、さすがにこれは受け入れられない。


「そんなに洗ったら怪我するって……」


 四人の思いに応えたいのはやまやまだが、あいにく俺の身体はひとつしかない。今日のところは遠慮させてもらおう。


「代わりと言っちゃなんだけど、今日は俺がみんなの背中を流すってことでどうだ?」


「ああー! それすごく嬉しいです!」


「私もお願いしたいわ」


「じゃあ私もお言葉に甘えて!」


「じゃあアリスもついでに!」


 俺の予想以上の好反応。四人全員の背中を流すのはなかなか大変だが、納得してくれたみたいで良かった。

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