第123話:アリスがすごいんだが③
「これは……漫画か」
机の上に置いてあるインクと数種類のペンを使って描かれたであろうモノクロの原稿。
右から左、上から下にコマを読み進める形の馴染みのある形式だった。
一枚の原稿を見ただけではどんな話なのかわからないが、描かれていたシーンは黒髪黒タイツの美少女に男の子が踏まれているシーン。
ここだけを取り上げれば非常に暴力的な作品に思えるが、踏まれている男の子は喜んでいるようだ。
不思議な世界観である。
素人の俺が見ても特に人体の細かな作画が上手く、引き込まれる絵に仕上がっている。
一言でこの絵を表現するなら、めちゃくちゃエロい。
「く、詳しいのね……」
「まあな」
異世界には来たばかりだが、この形式の漫画が普通に存在することがないというのはわかる。
おそらく、ずっと一人で閉じこもり、現代のように手軽に情報交換ができる環境がなかったために独自の形式が生まれたのだろう。
それがたまたま俺にとって馴染みのある形になったというだけだと考えると腑に落ちる。
「これって他のページとも話が繋がってるんだよな? 良かったら他の原稿も見せてもらえないか?」
「は、恥ずかしい……」
年頃の女の子らしくモジモジと恥ずかしがるアリスだが、少し嬉しそうにも見える。押せばいけるかもしれない。
「ちょっとだけだからさ。頼むよ」
「で、でも……」
「一ページだけでも……ダメか?」
「そ、そこまで言うなら……本当にちょっとだけだからね!」
そう言うと、引き出しの中から大量の紙の束を持ってくるアリス。
完成原稿だけでこの量……。没になったものを含めるとどのくらいになるのだろう。
さっきの一枚を見ただけでも、膨大な時間を費やしているのが伝わってきた。時間がいくらあっても足りなかっただろう。
娯楽というのは、消費するだけじゃなく生産するパターンもあるということか。これに関しては少し俺の視野が狭くなっていたようだ。
「ありがとう」
アリスから原稿を受け取り、初めから読み進める。
ストーリーとしては、変な捻りのない王道を突き詰めたもの。
最弱の主人公がある日を境に世界最強の力を手に入れ、魔物も魔族も一方的に蹂躙していく無双系。
主人公の少年は複数の美少女に好意を寄せられ、地位のある人物にも認められ、怒涛の勢いで成り上がっていく——。
なんとなく親近感を覚える気がするが……まあ気のせいだろう。
こういった作品はシンプルに好みだ。思わず見入ってしまう。
一時間ほどが過ぎた頃だろうか。
「ど、どう……?」
そわそわしながらアリスが感想を求めてきた。
作者としては、目の前で自分の原稿が読まれるのは落ち着かないのだろう。
「めちゃくちゃ面白いよ」
「ほ、ほんと!?」
「うん、本当」
率直に感想を述べると、アリスは嬉しそうに微笑んだ。
「特に戦闘シーンの書き込みとかすごいよ。動いてるみたいに見える」
「そ、それすごく頑張ったところ……わかるんだ!」
一枚絵は写真よりも綺麗だし、戦闘シーンは適度な線の量で迫力がある。
前世では結構な量の漫画を読んできたと思うが、これはその中でも上位に入る出来だと思った。
帝国の商業地区で立ち寄った書店にも漫画はなかった。異世界では漫画という文化は一般的ではないだろう。
これを参考作品なしで描き上げたのだと思うと、底知れぬ才能に恐ろしさを感じる。
「続き……まだ完成してないけど、ネーム……見る?」
ネームというのは、漫画のラフのようなもので、コマ割りやセリフなどの配置を大まかに表したもの。
ネームの出来が漫画の面白さの大半を決めるといっても過言ではない。
基本的に漫画の制作工程はプロットと呼ばれるストーリーラインを作り、プロットを基にネームを作成する。下書き、ペン入れ、仕上げという順で進めてようやく完成という感じだ。
『漫画の制作工程としては基礎となる部分を読んでみる?』というのがアリスの提案だった。
「ぜひ読ませてくれ」
俺はありがたく提案を受け入れ、ネームを読み始めた。
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