第47話:試合に勝って勝負に負けた気分なんだが

 愕然とする魔族。

 今の状況で魔族の立場で取り得る行動は二つ。


 大人しく降伏し、命乞いをする。もしくは——


「貴様をぶっ殺して首を持ち帰ってやる!」


 単細胞な魔族らしい決断である。

 ロングソードを俺に向け、突進してくる魔族。


 この程度の相手に、魔剣を使うまでもない。


「気合と根性は認めるが、それでけでステータスの差は覆せないぞ」


 特殊なスキルがあれば、あるいは技術で勝っていれば勝率は上がる。だが、レベル制MMORPGで格上に勝てないように、異世界ではステータスで大幅に劣る相手には逆立ちしても勝てない。


 キィィィィ!


 叫びながら、魔族がロングソードを横薙ぎに振る。

 俺はあえて紙一重でかわして、魔族の背後に移動する。


「瞬間移動だと!?』


「いや、お前に補足できない速度で回り込んだだけだが。それよりも、もっと別のことを気にした方がいいんじゃないか?」


「何を——な、なんだと!?」


 やっと気づいたようだ。

 俺の手には、魔族が持っていたロングソードが握られている。

 すなわち、魔族が武器を失ったことを意味する。


「なんて魔法だ! スティールを使えたのか!」


「スティール? これは単なる技術なんだが。無刀取りって知らないのか?」


「無刀取り……だと?」


「その顔は知らないみたいだな。無刀取りは剣を持たずして剣に勝つ奥義。まあ、格下相手にしか通用しないが。それより——武器を持たずしてどうやって戦うつもりだ?」


「くっ」


 顔を歪ませる魔族。

 かなり焦っているようで、額に汗が浮かんでいた。


「さて、お前たちがここにいる理由、何をしているのか、これから何をするつもりなのか……全部吐いてもらおうか。事と次第によってはお前だけは生かしてやれるぞ」


「人間の温情などに屈することはない!」


「じゃあどうする? 痛い思いをしてから話すか、今のまま話すかの二択しかないぞ」


 俺は嘘をつかない。

 ちゃんとこの魔族が俺の質問に答えてくれれば約束は守るつもりだ。

 無力化して研究とか実験に使えそうだし。


 魔族の生物的弱点が見つかれば、脅威ではなくなるかもしれない。


 俺は、アイテムスロットから縄を取り出す。

 縄で魔族の手足を縛った。


「お、俺にも魔族としての誇りがある! いかなる手を使おうとも吐くことはない!」


「そうか。でも魔族はお前だけじゃないからな。お前が吐かなくても別の奴が吐く。みんながみんな誇り高いわけじゃない。それは人間も魔族も同じだろ?」


「……俺さえ喋らなければ、お前なんてケルカス様にボコボコにされるんだからな!」


 ケルカス……? どこかで聞いたことがある名前だな。

 前に戦った魔族がそんなことを言っていた気がする。


「念のため聞くけどそれはケルカスを尊敬する魔族とかそういうオチじゃないよな?」


「ったり前だ! ケルカス様を侮辱することは許さん!」


 信頼が厚いケルカスという魔族がエルフの里を牛耳っていると考えて間違いなさそうだ。

 四天王がどうのと言っていたから、多分強いんだろう。


 しかし魔族の結束というのもなかなかに面倒くさいな。

 ここから崩していこうか。


「しかしその尊敬するケルカスは仲間のピンチにも気づかず放置するんだな」


「……ケルカス様は忙しいのだ」


「だといいけどな。本当はお前の知らせに気付いていて、今頃せっせと巨大魔法の準備をしていたりしてな」


「そんな準備をするなら俺を助けてくださるだろう」


「いや? お前を巻き込んで魔法をぶっ放すかもしれないぞ」


「そ、そんなはずは……」


 否定の声は蚊の鳴くように小さい。

 自分で言っていて自信がないのかもしれない。


「……人間、縄を解いてくれ。解けば話す」


「解かなくても話せるだろ。話せば解いてやるよ」


「縛られて話すのは気分が悪い。俺の意思から話したい。貴様なら俺がいかに暴れようともどうとでもできるのだろう?」


 何が狙いなのか分からないが、確かに一理ある。

 縄を解こうとも俺を攻撃することも逃げることもできない。アレリアとアイナも人質にできるほど弱くはない。


「わかった。だが、変なマネはするなよ」


 俺は魔族を縛った縄を解いていった。

 よろよろと魔族が立ち上がった。


「感謝する。では、俺の本心から話そう——」


 魔族は懐に手を入れた。

 予想していなかったことだけに、俺の反応も一瞬遅れてしまう。

 懐から取り出したのは、短いナイフだった。


 まだ武器を隠し持っていたか。

 しかしそんな短いナイフで何をするつもりだ?


 と思っていると、


「死ねええええええ!!!! キィィィィ!!!!」


 魔族は自らの腕と足に次々ナイフを刺し、抜いては刺しを繰り返した。

 誰かを攻撃するのではなく、自らを攻撃するという謎の行動。


「ユーキ、危ないです! 逃げてください!」


 俺と魔族の様子を見守っていたアレリアが、焦った様子で声を出した。


「危ないって、何がだ?」


「魔族は自爆するかもしれません! 魔族の自爆前には自らの身を痛めつける奇行をする習性があると聞いたことがあります」


「よくわかったな! 人間。でももう遅い! 痛めば痛むだけ火力が高い爆発が起こる。——我らのケルカス様、バンザイ!」


「サンキューアレリア。自爆はどうにもできなさそうだけど、被害だけでもなるべく抑えようと思う」


 結界魔法Lv2になってからは、俺の周囲だけじゃなく任意の場所に結界を構築できるようになった。

 魔族の身体を囲むように高速で構築する。


 魔族が最後、胸に刺すと、大爆発が起こった。

 ピカッと白く輝き、結界が振動するほどの衝撃が走る。もうちょっとで結界が破壊されそうなほどの威力はあったみたいだ。


 さすがに、少し音も漏れていた。

 砂煙が落ち着いたあと、結界の中を確認すると、魔族の死体は確認できなかった。

 結界魔法を張ってあるので、逃げたのではない。骨まで粉々になって消滅してしまったのだ。


「なるべく情報を集めておきたかったが……仕方ないか」


 正直、試合に勝って勝負に負けた気分だ。

 縄を解いても解かなくても魔族は俺の質問に答えなかったんだろう。


「ユーキが落ち込む必要なんてないですよ! 魔族を相手に——それも、近くで自爆されて全員が無傷ってことが奇跡なんですから!」


「魔族を倒したってだけで凄いのに……」


「まあ、確かにそうだな。気持ちを切り替えて進むとしよう」

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