第37話:俺のために争わないでほしいんだが

 ◇


 早朝の事故は、俺しか知らない。

 俺が起きた時には、二人とも既に起きていたので、俺が最後にベッドを離れた事になる。

 墓穴を掘りそうなので、勝手にベッドに潜り込んできたことを咎めることはしない。


 しかし、それとは関係なくアイナとアレリアの顔に緊張が現れていた。


「ちゃんと眠れたか?」


「お、おかげさまで——じゃなくて、ちゃんと眠れたから大丈夫よ」


 なんか、昨日よりも素っ気ない気がした。何かしたっけな?


「そうか、ならいいんだが、まあ落ち着いて臨むんだぞ」


 アレリアもアイナのことが心配で緊張しているのだろう。

 親の方が子供の受験結果を心配するようなもんだな。ちょっと違うか?


「アレリア、心配になる気持ちはわかるが、アイナは合格する。大丈夫だ」


「それは心配してないから大丈夫です!」


「ん、そうなのか……? ならいいんだが」


 じゃあ、なんでアレリアは緊張してるんだろう。

 まあ細かいことはいいか。


 ◇


 最初の試験は、魔力検査。

 ここが一つの壁になるが、『魔眼』で確認したアイナのステータスを見れば合格は確実だ。


「では、ここに腕を通してください。魔力の計測をします」


 試験はいつもの受付嬢に担当してもらい、アイナが魔力検査を受けようとしている。


 使っている機械は、俺の時にまったく使い物にならなかった血圧測定器みたいなやつだ。

 スーパーとかに置いてあるアレそっくりなのだが、血圧も測れたりするのだろうか。


 計測器が締まっていく。


「あー……上限突破ですね。とりあえず試験は合格です。一応水晶でも計測するのでそちらへどうぞ」


 俺の時とは違い、受付嬢は淡々と進めた。


「俺の時とは反応違うんだな」


「もう慣れたので! ユーキ様の件があってからマニュアルも新しくなりましたよ」


 アイナが水晶へと近づいていく。

 俺の時よりも、真新しいものに変わっていた。

 俺が壊してしまったので、入れ替えたんだろうな。


「ここに手を置いてください。万が一上限突破しそうな場合は止めますので、手を離してくださいね」


「分かったわ」


 壊れる想定がされているというのはなかなか面白い。

 アイナのMPは10万を超えていないので普通に計測はできるはずだが。


 水晶にアイナが手を触れると、だんだんと色が変化していく。

 青く、次に青紫に変化した。


「うーん? もうちょっといけそうですね。そのままで!」


 そして、色の変化が止まった。


「約5万くらいですよ! いやー、多いですね! では次に実技試験があるので準備をお願いしますね」


 やっぱりなんか反応薄いぞ……。


「十分アイナさんは凄いんですけど、ユーキ様の時みたいな感動はもう味わえないんでしょうね……」


 肩を落としてポツリと受付嬢が漏らす。俺にしか聞こえないくらいの小さな声だった。

 うん、なんか楽しみを奪ってしまったみたいですまなかったな。


 ◇


 次は、実技試験なのだが——


「ちょっと担当者が遅れているみたいなので、しばらく待っていてくださいね」


 ということで、時間が空いてしまった。

 最終試験までは結構な時間が空いているので、スケジュール上の問題はないそうだ。


「あの、どうでしたか?」


「……何がだ?」


 アレリアが突然意味不明なことを言い出した。

 指していることがなんなのかまったく掴めない。


「惚けても無駄なんですからね。今朝、私とアイナがベッドに忍び込んでいたのは知っていますね?」


「さあなんのことだ? 忍び込んでいたのか?」


「ふふっ、ユーキは嘘を着くのが苦手ですね。いつも朝が早いユーキが今日に限って寝坊するはずがないでしょう? きっと二度寝したはずですよ?」


 なんだこいつはエスパーかな?


「きっとおっぱ……胸を触ったはずです。ユーキはなぜかピンポイントで触りますから! いつも!」


「嫌ならベッドに勝手に入ってこなければいいだけのことなんだけどな?」


「それはどうでもいいことなのです。大事なのは……アイナと私、どっちが良かったのですか? ということです」


 なんで俺がアイナにも触った前提なんだよ!

 お前ら二人とも寝てただろ!


「大事なことだわ。はっきりさせてくれないと……今日は朝から気になって気になって……」


 アイナも会話に入ってきた。


「アイナまでどうしちゃったんだよ!」


「アレリアが夜中に突然勝負を申し込んできて。私は勝負事に負けるわけにはいかないの」


 アレリアと、アイナが闘志を燃やしている。

 二人ともにこやかだが、目が笑ってない。バッチバチである。


「二人とも、俺のために争うのはやめろって! 二人とも違う種類の最高の感触だった! これでいいだろ!?」


「それで私が納得すると思いましたか?」


「アレリアの言うとおり。私も納得できないわ」


 どっちが良かったとか、どっちが悪かったとか言える訳ないだろ!

 みんな違ってみんないいじゃないか!


 このピンチを乗り越えるにはどうすればいいか——高速で頭を回転させていると、予想外の助け舟が入った。


「大変お待たせしてすみません! なぜか魔力検査の結果を伝えたら試験官に断られてしまって……。今代わりを探しているのですが……」


「ああ! それは大変な事態だな! 俺に詳しく状況を教えてくれ!」


 あえて大声で、アレリアとアイナの口撃を回避するかのように返事した。

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