第2話:仕事を探していただけなんだが

 ぐぅ……。

 金はない。力もない。だけど腹は減る。


 元の世界に帰る方法がわからない。

 仮に帰る方法が見つかったとして、もう一度ドン底に戻るのか?


「——帰りたくねえ。仕事でも探すか」


 城下町は、それなりに人が多いようだった。

 石畳で道路は舗装され、建物がずらりと建っている。


 道行く人は明らかに日本人っぽくはない外見をしている。

 ゲームで見たような冒険者や商人、村人。


 一言でいえばここは中世ヨーロッパ風の異世界のようだった。

 海外出張で見たことのある現代ヨーロッパとは似ても似つかない。


 では、言葉はどうだろうか。

 近くにあった店の店員と客の会話を盗み聞きしてみた。


「銅貨2枚は高いよー」


「これがリンゴの相場ってもんだ。魔物が荒らしちまったからな」


「じゃあまとめて2個買う! それで銅貨3枚。これでどうだ?」


「足りん。銅貨4枚は譲れん。3個買うなら銅貨5枚にまけてやるが」


「ううう……わかった、それで買った!」


 聞こえてくる言葉は日本語でも英語でもないが、不思議と理解はできる。

 俺も話そうと思えば話せる感じだった。


 だが、看板に書かれている文字は読めなかった。

 会話の内容からして青果店だということはわかるが……。


 そしてリンゴ1個の値段で銅貨2枚が高いのだとしたら、普段は1枚ぐらい。

 ってことは銅貨1枚=100円って感覚だろうか。


 わからないことだらけなので、都度気になったことを見つけるたびに疑問を解決して歩いた。


「仕事ってどこにあるんだ……?」


 この辺にある店は、見たところ従業員を雇っている様子はなく、そのどれもが個人店っぽい感じだ。

 店をやるには資金がいるし経営のノウハウもいる。

 サラリーマンしかやったことのない俺にはサッパリだ。


 文字が読めなくてもできる肉体労働的な仕事があればいいんだが……。

 っていうか仕事を斡旋してもらえる場所とかありそうなもんだが。


 自分で分からない時は、人に聞いてみるのが一番だ。

 近くに馬車を止めている二人組のお兄さんに話しかけてみた。

 ちょっとイカツイ印象だが、こういう人は案外コミュ力があって良い人だったりする。


「あのー、すみません。ちょっとお尋ねしたいんですけど」


「あ”?」


 ヒェ!

 そんな凄まなくてもいいだろ……。

 ちょっと話しかけただけなのに。


「この辺で仕事を斡旋してもらえる場所とかご存知ありませんかね?」


「てめえ王都に来たのは初めてか?」


「そうなんですよ。旅をしててハハ……」


「ここを下ったところに日払いの斡旋業者が来ているみたいだぞ」


「そうでしたか! ありがとうございます。助かりました!」


 ペコペコと頭を下げ、示された方に向かって歩いた。

 親切な人に巡り会えて助かった。日払いなら餓死せずに済みそうだしな。


「おい、ちょっと待て小僧」


「え?」


 気づいた時にはさっきのお兄さんが俺の首筋にナイフを当てていた。


「てめえ、帝国の人間だな!」


「……は?」


「惚けても無駄だぞ。あの馬車に帝国の第三皇女がいることを確認するために来たんだろ!」


 え、帝国? 第三皇女? そんなことまるで知らなかったんだが。


「本当に仕事に困っていただけなんだ……」


「王国民ならギルドに向かえば仕事があることは誰でも知っているはずだ。帝国ではその辺のシステムが不十分だからな。スパイが墓穴を掘るとは失笑物だぞ」


「いや、でもちょっと待てよ。ここが王国だとしたら、なんでこんなところに帝国の第三皇女がいるんだ? 要人なんだろ? 警備が手薄すぎないか……?」


「まだ惚ける気か? チッ、ならテメエが何も知らない体で教えてやろう。冥土の土産にな。第三皇女を売っ払うためだああ——死ねええい!」


 人身売買!? それも要人を? 俺はとんでもない連中に関わってしまったらしい。


 とはいえ、このまま死にたくはない。

 なんとかする方法は——


 そういえば、なんかスキルがあったな。

 とりあえずなんでもいい。


 『神の加護』を使ってみる。

 すると——


 キイイイイン!


 ナイフがまるで金属を殴打したかのような音を出した。

 首筋はちょっと皮がめくれてしまったのか、ヒリヒリしている。


「な、なんだと!? はあ!?」


 なんとか命拾いしたみたいだ。

 男が呆けている隙に、足技で男の姿勢を崩す——そして、襲い掛かろうとしていた二人目の男に向けて投げ飛ばした。


「ぎゃふっ」


「ぐへ」


 二人とも目を回して動かなくなった。息はあるようなので、死んではいない。

 この二人は悪者らしいので、第三皇女は囚われの身ということになる。


 じゃあ助けないと。


 馬車の荷台を探っていると、「んんんん!」という息が聞こえてくる。


「ここか!」


 荷物を掻き分けると、小さな少女の姿が見えた。


 歳は多分15歳くらい。

 サラサラの金髪。長い髪がくしゃくしゃになりながらも、蒼い瞳が助けを求めて俺を覗いていた。

 皇女っぽさはあまり感じられない冒険者のようなローブを纏っている。

 そしてどうでもいいことだが、胸は大きい。


 そんな可愛らしい少女が口と手足をロープで縛られ、身動きが取れなくなっている。


 こんな可哀想なことをするなんて……。


 ロープを解いて、皇女を自由の身にした。


「けほっけほっ」


「大丈夫か?」


「大丈夫……。それよりも、早くここを離れましょう。役人が来てしまいます」


「え? むしろ役人が来るまで待った方がいいんじゃ」


「役人は信用できません。あなたも大変なことになってしまうかも……」


 俺は皇女に引っ張られて、現場を離れた。

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