第19話:劣等賢者は領地を出る

 ◇


 あれから五年、俺はついに十五歳になった。

 俺が確立した魔石を原料とした肥料作成術は母イリスも使えるようになった。

 ただの肥料なのに『魔法の粉』などと呼ばれることが増えて微妙な気持ちにはなるのだが……。


 その他にも俺がやらかしてしまったことは枚挙にいとまがない。

 エルネスト領は王国最大の食料生産地になったし、人口もだいぶ増えて、そこそこ強い冒険者も来るようになった。未来は明るい。


 お家事情の変化としては、兄レオンが正式に当主となり領主になった。


 なぜか次男である俺にも当主の話は周ってきたのだが、即決でお断りした。内政は情熱に溢れた人間にやってほしいし、第一、領地は好きだが土地に縛られるのはごめんだ。


「……本当に行くのか?」


「もう決めたことだよ。兄さんにも勧められてるし、俺が望む道でもある。まあ、合格できればだけどね」


 俺は、王都にある高等魔法学院を目指すことに決めた。

 三日後に催される入学試験を受けるために荷物をまとめて村を出ようとしているところだ。

 ……まあ、まとめた荷物は全部空間魔法で収納してあるから手ぶらなんだが。


「心配しなくてもアレンは合格できるよ。それよりも、入学してから常識をちゃんと学べるかが心配だ。僕には手が負えなかったからね……」


「高等魔法学院には王国中から優秀な魔法士が集まるんでしょ? その魔法士に教えるっていうことは先生も立派な人ばっかりだろうし、そこは大丈夫だと思うよ」


「……だといいんだけどね」


 五年前に進学を勧めた時に比べてレオンは微妙な顔をしていた。

 もしかして落ちこぼれることを心配されているのだろうか?


 確かに上には上がいるだろうけど、俺だってそれなりに努力はしてきたつもりだ。

 魔法だけに限らず、色々なことに手を出してきた。

 魔法が通用しなくても、その時はその時で、別の道を探せばいい。

 

「一人でちゃんと生活できる……? 身体を壊さないかお母さん心配だわ」


「もう十五歳だし、自己管理くらいできるはずだよ。食事は一日三回。早寝早起きと適度な運動をすればいいんでしょ?」


「母さん、さすがにアレンもそれは大丈夫だと思うよ。僕の時も散々心配されたし、最初は大変だったけど意外となんとかなったしね」


「レオンが言うならそうなのかしら? うーん、でもやっぱり心配だわ」


「イリス、そんなに心配ならたまにでも様子を見にいけばいい。違うか?」


「言われてみればそうね」


「冗談だよね!?」


 さすがに王都までは急いでも数日かかるし、様子を確認するためだけに来る保護者は他にいないはずだ。


「まあ、機会があればということでな」


「当主はレオンが引き継いだことだし、時間だけはあるのよね」


 このバカ親……本気で来るつもりなんじゃないのか……?

 まあ、来られて困ることはないんだが授業参観に来られるとちょっと恥ずかしいアレに似ている。


「僕はたまに仕事で王都に行く機会もありそうだし、その時についでにアレンの様子を見に行ってみるよ。まあ、一緒に来てもいいと思うけど」


「レオンも連れて家族旅行か、悪くないな」


「王都なんて何十年ぶりかしら。そういうのもいいわねぇ」


 さすがに引っ越しするとまでは言い出さなかったが、来るつもりなのか……。

 ちょっと過保護すぎね?

 レオンの時そんなことしてなかったよな!?


「あっ、そろそろ時間……行かなきゃ」


 王都とエルネスト領を行き来する商人の荷馬車に一緒に乗せてもらうことになっていた。

 普通の引っ越しと違って手ぶらでの移動だから、専用の荷馬車を雇う必要がなかったので、こんな段取りになっている。


 約束では正午に出発。

 今ちょうど商人が到着したみたいだ。


「元気でね」


「しっかりやるんだぞ」


「アレンなら大丈夫だよ」


 三者三様の言葉をもらい、俺は荷馬車に乗り込んだ。

 そして、時間になり出発した。


「王都まで約二日、ちょっとばかり長い旅になる。よろしくな。しかし家族総出で見送りとは……良い家族だな」


 商人のおっさんが声をかけてきた。


「ちょっと過保護すぎる気もするけどね」


「それだけ大事にされてるってことだ。お前さん、この時期に王都に行くってことは受験生か?」


「うん、魔法学院にね。常識を学んでこいって言われてね」


「常識……? 変わった理由だな。あの学院に入学した時点で超がつくほどのエリートだ。それだけハイレベルってことだが、実は結構やれたりするのか?」


「一応、領内ではそこそこ強いんじゃないかな。自分ではよくわからないけどね」


「なるほど。ってことは、近くに魔物がいたら気配でわかるか?」


「そのくらいなら大丈夫」


「それはよかった。どうもここ最近、荷馬車が魔物に襲われることが増えてるみたいでな。俺も多少は戦えるが、できれば強い魔物がいるルートは避けて通りたい。もし何か感じたら教えてくれると助かる」


「わかった、気付いたらすぐに伝えるよ」


 俺としても安全にトラブルなく王都までたどり着けた方が良いに決まっている。

 かなり割安で運んでもらっているし、できることは協力させてもらおう。

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