第10話:劣等賢者は教える

 ◇


 庭へ移動し、説明を始めた。


「まずは、基本中の基本からだ。魔法で火を起こすには、『クリエイト・ファイヤー』と呪文を唱える。ここで大事なのは、確かなイメージ力だ。火は何もないところには生まれない。物質の急激な酸化——いや、ここでは魔力を高温に熱して火がつくというイメージでいい」


「……?」


「ちょっと難しかったな。まあ、俺が今から実演してみせるから、真似をしてみると良い」


 詠唱をする必要はないのだが——


「クリエイト・ファイヤー」


 俺の手の平に大きな火が発生し、メラメラとした炎となる。


「こんな具合だ。ミーナもやってみると良い」


「す、すごーい! アレンみたいに……『クリエイト・ファイヤー』!」


 ポッ——プシュ。


 一瞬ミーナの手の平に火が現れ、一瞬で消滅した。


「あっ……消えちゃった」


 本人としてはショックだったのが肩を落としているが——


「すごいじゃないかミーナ。初めてで火を起こせるってかなりすごいことだぞ」


「本当!? アレンはどれくらいでできるようになったの?」


「うん? 超高温の青色炎を一発で成功させたぞ。こんな感じの」


 俺は無詠唱で赤色よりも高温の青色炎を出してみた。


「すごい……綺麗! やっぱりアレンは違う……」


「そう気を落とすなって。多少の要領の良さで有利になるのは最初だけだ。地道に努力を続けていけば差はどんどん縮んでいく。ミーナだって少し練習すれば——こんなこともできる」


 俺は、火球を無詠唱で上空に打ち上げ、高度八〇〇メートルで心地よい音とともに爆散させた。

 まだ明るいので分かりにくいが、何種類もの光で彩られた火の芸術。

 ——そう、花火だ。


「綺麗……! 本当にこんなことできるの!?」


「ちゃんと練習すればな」


 実用上は特に出番はないが、これがモチベーションになるならそれはそれでいい。


「まずは詠唱魔法の基本をマスターし、魔力が流れる感覚を掴む。次に無詠唱魔法の練習に移る。今日はここまでだな」


 詠唱魔法は俺の経験上ほとんど出番がないので、すぐに切り上げるのがベストだ。

 魔力操作の感覚を掴むためだけに練習すればいい。


 無詠唱魔法で再現できるようになれば、そこからはいきなり無詠唱魔法で経験を積む方が効率が良い。


 ——こうして、ミーナと俺の師弟関係(っぽいもの)が始まった。

 週に数回来てもらい、あとは在宅。子供の遊びの延長なので緩いものだが、ミーナはメキメキと成長していった。


 ◇


 こうして一ヶ月が過ぎた頃。


 いつものようにミーナが来ていたので新しい魔法を教えていたのだが——


「なんか騒がしいな……」


 エルネスト家は貴族ということもあって、周りに民家はない。

 これまで騒がしくなったことは一度もなく、いつも静かなものだった。


 それなのに、今日は人の声がよく聞こえる。


「冒険者でしょうか?」


「こんなところに迷い込む冒険者なんて聞いたことないけどな。ちょっと確認するか」


 俺は塀をよじ登って、外の様子を確認した。

 透過魔法で見てもいいのだが、一応ここは俺のホームなわけで、コソコソとするのもおかしい。


「なんかダサい連中がウロついてるな……」


 外には、リーゼント、スキンヘッド、ドレッド、パンチパーマ……など。

 総勢三十人前後。あまり素行がよろしくなさそうな見た目の男女が奇声を上げていた。

 ここは動物園じゃないんだがな。


「おいゴラァ! 出てこい!」


 門の前から大声が聞こえた。


「あ、あれって……」


「この前の連中だな。大分数が増えてるみたいだが」


「あわわわわ……私のせいで大変なことに」


「気にするな。雑魚が何人いようが変わらない。戦闘力5が何人集まっても所詮はその程度だ。っていうか原因は多分俺の方だしな」


 このまま放っておくといつまでも居座りそうなので、とりあえず顔を出すことにするか。

 ミーナを連れて、玄関の方へ向かう。


 外へ出ようとする父カルクスの姿があった。


「父さんどこに?」


「ちょっと外の連中を黙らせてこようと思ってな。騒がしくて仕方ない」


「俺が代わりに行くよ」


「いやいや、もう靴履いたしすぐ終わる。ゆっくりしていてくれ」


「実は、元はと言えば俺のせいなんだ。知り合いみたいなもんだからやらせてほしい」


「そうなのか? ……まあ、怪我しないように気を付けるんだぞ」


「わかってる」


 カルクスは納得し、履いていた靴を脱いで部屋へと戻った。


「助けを借りなくて大丈夫なの……?」


「大丈夫だと思うぞ。まあ、怪我しないようにってのがちょっと工夫しないとダメだけどな」


「いくらアレンでも……心配……」


「ん……?」


 あっ、そうか。

 同じ屋根の下で暮らしていると微妙なニュアンスも区別できるのだが、ミーナには伝わっていなかったか。


「怪我しないようにってのは『俺たちが』じゃなくて『あいつらが』って意味だぞ」


「え、ええええ!?」


「それと、懲らしめるのは俺じゃなくて、ミーナだから頑張れよ」


「え、ええええええええ!?」


 何を驚いているんだ?

 俺はそのつもりでミーナに魔法を教えたし、一緒に連れてきたのもそれが理由だったんだが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る