第9話:劣等賢者は招待する

 スキンヘッドとドレッドが倒れた直後、ふらふらのリーゼントが二人を抱えて俺に背を向けた。


「お、覚えてろよ! どんなインチキ使ったか知らねえがただじゃおかねえからな!」


 ——と、捨て台詞を残して。


「……と言われてもな。余計なことは覚えないようにしてるんだが」


 奴らが去ったことで、この場にいるのは俺と、虐められていた少女の二人。


「……立てるか?」


 俺は獣人の少女の手をとって起こした。


「あ、あの……ありがと」


「たまたま通りかかっただけだ。いつもあんなことされてるのか?」


「あの人たちにというわけではありませんが……」


「日替わりで嫌な思いをしているということか——」


 この子に限らず、獣人は誰しもが不遇な扱いを受けることが多い。

 しかし俺にできることは特にない。


「君、家は? もし良ければ送って行くよ」


「この近くに。……お父さんとお母さんは働きにいってるからいつも一人」


 基本的に獣人は虐げられているだけあって、良い仕事があまり回ってこない。そのため貧困になりがちで、共働きになってしまうケースが目立つ。


 しかし好まれない仕事も誰かがやらないと社会が周らないため構造的な問題がネックになって解決が難しい。

 正直、根の深い問題なので俺にできることは何もない。


「……そうなのか。すまないな、変なことを聞いて」


「ううん、あなたにならなんでも言える」


「そうか。……どうせ家に帰っても暇なら、うちに来て少し魔法を覚えてみる気はないか?」


「あなたのお家に……?」


「ああ。無理にとは言わないが」


「嬉しい……。うちに来てって誘われたのなんて初めて」


「そうだったか。……嫌じゃなければ良かった」


「近いの?」


「近いといえば近いし、遠いといえば遠いな。約一キロってところだ。帰りは送って行くから安心してくれ」


「分かった! 私、どこでも行く!」


 うーん、なんか幼い女の子誘拐しているみたいな気分だ。

 年齢的には同じくらいの歳だから何も気にする必要はないのだが。


 俺がうちに来るよう誘ったのは、簡単な護身用の魔法を覚えさせるためだ。


 獣人が抱える問題は根が深く、今すぐにどうこうできるわけじゃない。でも、だからと言って放っておけばこの子はこれからも同じような目に遭い続けるだろう。


 今回助けて感謝されてサヨナラでは、あまりに無責任だ。

 『貧者に魚を与えるな。魚の釣り方を教えよ。』というインドの言葉がある。この子に限定すれば、根本的な解決は自衛のための力を備えること。


 さっきの不良をどうにかするくらいなら、少し教えればどうにかなるはずだ。


「そういえば、名前は?」


「私、ミーナ・レストーネ。あなたは?」


「俺は……アレン。アレン・エルネスト」


「アレンね。覚えたわ!」


 俺の家名には触れられなかった。まあ、この歳ならそんなこと気にしなくて当然か。

 名前を言って対応が変わるよりはよっぽどいい。


 しかし……この状況。もしかしてこれは友達ってやつではなかろうか?


 ◇


「わあっアレンのおっきい!」


 自宅の前に着くや否や、ミーナが声を漏らした。


「まあ、一応は貴族らしいからな。ちょっとミーナのことを話しておくから、少し待ってくれるか?」


「分かった!」


 俺は、家に帰るなり両親にミーナのことを説明した。


「……ということで、ミーナを入れてもいいかな」


「アレンにも友達ができる歳になったかぁ……」


「もちろん構わないわ。でも、暗くなる前には帰ってもらうのよ?」


 母イリスと、父カルクスは獣人だと聞いても嫌な顔をすることはなかった。

 獣人嫌いは人によるというところが大きい。二人は獣人に理解があるタイプらしかった。


「お邪魔します……」


 領地の中では一番の大豪邸ということで、ミーナは緊張しているみたいだ。


「こっちに来て」


 俺はミーナを自室に誘った。


「本がいっぱい……! アレンは本が好きなの?」


「ああー……まあな。あんまり本のことは気にしないでくれ」


 詳しく見られると俺が非常に困る。

 異世界で成り上がりだとかハーレムだとかそういう本なので、他人に見られるとちょっと恥ずかしい。


「それより、これ飲んでくれるか?」


「なあに?」


「味はただのジュースだが、ちょっとした魔法を仕込んである。魔法を覚える前に飲んでほしいんだ」


 剣や魔法の修行というのは一朝一夕で大幅に能力向上する類のものではない。毎日の積み重ねが大切なのだ。そうなると、ほぼ毎日同じような修行の繰り返しになる。


 さすがに慣れて暇を極めたので、三歳くらいから暇つぶしに魔法の研究をこっそりやっていた。


 魔法を一度も使っていない者にこれを飲ませることで魔力回路を刺激し、短期間で急成長することができる。俺は既に魔法を使えるのでなんの役に立つのかわからず開発したものだったが、役に立つこともあるもんなんだな。


「美味しい……。なんか、身体が火照って……」


「魔力回路の刺激による発熱だから、数分で元に戻る。ちょっとだけ我慢していてくれ」


「……分かった!」


 数分後。予告した通りミーナは何事もなく回復した。

 本人は気付いていないようだが、強い魔力を感じる。魔力の質自体もかなり良い。俺ほどではないが、かなり魔法の才能がある。出会ったのは本当にたまたまだったが、金の卵を発掘してしまったみたいだな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る