第7話:劣等賢者は工夫する

 ◇


 あれから父カルクスに基礎体力作りの特訓方法を一通り教わり、今日の鍛錬を終えた。

 栄養たっぷりの夕食を食べ終え、俺は自分の部屋に戻っている。


 寝るまでには、まだ少し時間がある。


「……やるか」


 正直肉体はかなり疲労している。最初は良かったが、やはり一日中身体強化を使っていると魔力が枯渇してしまう。節約しながら騙し騙し絶えないようにしていたが、肉体にはかなり疲労が溜まっているみたいだ。


 これから毎日鍛錬があるなら、身体強化くらいで魔力を枯渇させてしまうわけにはいかない。

 母イリスから教えてもらった魔力を増量する方法を試してみよう。


 魔力が増えるタイミングは三つに分けられる。


・身体の成長とともに自然に増加

・魔力を使うことで少しずつ増加

・瞑想をすることで増加


 成長に関しては俺にはどうすることもできないし、魔力消費に関しては毎日嫌でも続くだろう。

 やるべきこととしては、三つ目の瞑想だ。


 ベッドの上であぐらをかき、膝の上に手を添えて目を閉じる。

 心を無にして、ただ気持ちを落ち着かせる。


「……っ!」


 すると、すぐに変化が現れた。


 全身の細胞が活性化するような感覚。枯れた大地に水が染み込んでいくように、ほんの少しずつ魔力が回復していく。


 何時間たったかわからないが、魔力は完全に回復した。

 と、同時に魔力の総量が少し増えているようだった。数値化できないのが残念だが、自分の身体のことは自分が一番よくわかる。


 これを繰り返せば、少しずつだが確かに魔力が増えていきそうだ。

 地道な努力も積み重ねれば大きな成果になる。こういうのも悪くない。

 だが——


「これってもしかして……」


 瞑想による細胞の活性化。

 途中から少し意識して観察していたのだが、どうやら、魔力回路に微量の魔力を無意識下で流しているみたいなのだ。


 ということは、無意識でやっていることを意識してやってみたらどうなる?

 瞑想による魔力の流れを意識的に再現し、魔力回路に微量の魔力を流し込む。すると、やはりほんの少しずつ魔力が回復する感覚があった。


 つまり、瞑想は魔法の呪文と同じく形式的なものであって、本質は魔力回復魔法だったのだ。


 仕組みが解明できれば、あとは上手く活用するだけだ。

 少し小狡くも思えるが、ただガムシャラに邁進することだけが努力じゃない。

 目的をしっかりと理解し、達成のための最適解を頭を使って効率良く見つけるのも努力だと思う。


「そうか……こうすれば!」


 俺が考えた攻略法は、魔法の自動化だ。


 魔力回復魔法には微量の魔力を使うので、この魔法を常時発動できるよう工夫し、減った魔力を即回復するという仕組み。


 ただし、この魔法に使う魔力は文字通り微量なので、効率が悪い。魔力の回復量が少ないと増加分も少なくなる。


 そこで、逆転の発想だ。魔力が余るのなら、魔力を無駄に使ってしまえばいい。

 大量の魔力を流し込んだとしても、特に増加量に変化はない。だが、このやり方なら無駄なく魔力の回復をすることができる。


 おまけに、魔力消費による増加分も得られるので一石二鳥というわけだ。


 これでも一日に増やせる魔力量は限られているが、何倍も効率が良い。

 魔力を消費しない夜の時間を有効活用できる。


 寝ている間も無駄にならない。


「よし、瞑想は終わりだ」


 母イリスには寝る前に毎晩瞑想をしておくようにと言われている。

 でも、仕組みさえわかってしまえば、この形にこだわる必要はない。


 明日は今日よりも、明後日は明日よりも魔力が増えていく。

 毎晩面倒な瞑想をこなさなくても、寝ているだけで良い方が楽に決まっている。


「痛っ」


 ベッドで横になろうとした瞬間、腹筋に激痛が走った。

 父カルクスにかなり基礎体力トレーニングで扱かれたせいで筋肉疲労がすごいのだ。


 そういえば、筋トレ後の筋肉は傷ついているんだっけ。


 傷ついた筋肉が自然治癒で治ることでより強くなる。——それが、トレーニングの仕組みだ。

 自然に任せると治癒までにはそこそこの時間がかかる。


 ……ということは、傷ついた筋肉をもし魔法ですぐに治せたら?


「さっきの魔法をちょっと組み換えて……」


 もう手慣れたものである。

 少し工夫して、全身の筋肉細胞を対象に活性化を促す。すると、すぐに傷ついた筋肉が治っていき、痛みを感じなくなった。


 これはいい。


 毎日ベストコンディションで筋トレに励むことができるし、これを応用すればたとえ怪我をしたとしてもすぐに治療することができる。


 筋肉痛の解消以外にもかなり汎用的に使えそうだ。


 ——なお、この魔法が実は高等魔法の一つ、『ヒール』であることを知るのはもう少し後の話になる。


 魔力枯渇による疲労と、筋肉痛による痛みから解放された俺は、ふかふかのベッドですぐに眠った。

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