第3話:劣等賢者は独学する

 ◇


 一休みして、夜になった。

 貴族の家だけかもしれないが、異世界の子どもは幼いうちから一人部屋を与えられる。

 ずっと親が付き添っているわけではない。そういう文化なのである。俺にとっては、それは好都合だった。


 魔力は時間経過で回復するらしく、すっかり元の調子に戻っている。


 さっき初めて魔法を使ってみて、気づいたことがあった。


「クリエイト・ファイヤー」


 呪文を詠唱すると、さっきと同じように指先に火が灯る。

 イメージを崩すことで魔法は不安定になり、指先から消滅する。


「クリエイトファイヤー」


 今度は、俺の指先ではなく、手の平の上に灯してみた。


「やっぱりな」


 俺の体内を流れる冷たい魔力の流れ。

 これには一定の法則があった。


 指先に火を灯すのと、手の平に火を灯すのでは、魔力の流れとして共通している部分と、違っている部分がある。


 その細かい部分を一つ一つ頭の中で整理していく。

 大量の細かい作業をこなすとなると、若い頭のありがたみをひしひしと感じる。


「クリエイト……いや、試しになしでやってみるか」


 俺は、詠唱せずに魔法を使えないか試みる。


 なんというか……魔物と戦うときにいちいち技名のような呪文を唱えるのか?

 それが普通だとしてもちょっとダサくね?

 できれば無詠唱の方がカッコよくね?


 今まで呪文によって動かされていた魔力を、今度は自分の意思で練って、流していく。

 火を起こす部分までは共通。違いは座標だけ。酸素をなるべく多く送り込んで、場所は——何もないところ。


 すると——


 ボッ!


 ベッドから少し離れた場所で、火の球が浮かび上がった。

 綺麗な青色の球がメラメラと燃え続けている。


 この火の魔法は初歩的なものだが、それだけに魔法の基本が詰まっている。

 これが理解できれば、例えば——


 俺は、火球を決して、次の魔法を準備する。


 イメージは、全身の骨や筋肉……いや、細胞を活性化させ、魔力が持続する限り肉体を強化する。

 そのイメージで、火球の時の魔力の流れを参考に、魔法を組み立てていく——


「なんだ、意外と簡単だな」


 全身の細胞を活性化させることに成功し、力がみなぎる。

 試しに、ベッドの上に立ってみた。

 成功。


 次に、ベッドから飛び降りる。

 成功。


 ベッドの側を歩いてみる。

 成功。


 ——これなら、本棚に行って一人で本を取ってこられる!


 本棚は、俺のベッドから数歩歩いたところに設置されている。そこまでひょこひょこと歩いて行き、さっき読み聞かせてもらった黒い本を手にとった。


 よーし、これでいつでも本を読める!

 ……と思ったけど実はそんなに甘くはなかった。


「文字、読めない……」


 会話から言葉を吸収していたので、読み書きに関してはまったくわからないのだ。

 まずは文字を覚えて、勉強はそれから?

 だとすると三歳じゃ済まないかもしれない。


 せっかく本を手に入れても、内容が読めないんじゃなんの意味もないのだ。


 あっ!

 良いことを考えた。


 身体強化的な魔法をさっき自力で編み出せたのだから、ちょっと工夫して記憶魔法を自作できるんじゃないか?

 物は試しだ。


 確か、記憶の仕組みは『脳が情報を受け取り、脳が保持し、脳が情報を思い出す』ということにある。

 言語は確か大脳に記憶される部分だったはずだ。


 イメージとしては、魔力を脳の中に集中して流し込み、大脳の中のニューロンに干渉。

 目で見た情報を大脳に直接送り込むという感じだ。


 この作戦で魔法を組み立て、本をパラパラとめくっていく。

 どんどん文字の形や用法、使い方が脳内に蓄積されていく。

 そして、本に目を通し終わる頃には、大体の意味が掴めるようになっていた。


 しかし、まだ完璧じゃない。

 細かな部分が把握しきれていないから、魔法の勉強のようなシビアなことに関してはまだまだ心もとない。

 そこで、適当に他の本を資料に使うことで穴埋めを行った。


 これで、初めて初心者用の教科書を読むスタートラインに立つことができた。

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