トキは転生の旅を続けていた

@erawan

第1話 トキ、そこから早く出てくるのよ

 とある宇宙の片隅で、自ら考え行動するユニットが造られた。

 人型ではあったが、この際容姿はさほど重要ではない。彼女自身は頭脳のずっと奥に居たからだ。


「トキ、聞こえるか、私だ」

「博士、分かります」

「そうか、よかった。何も問題がなければいいんだ。こちらもすべて順調だよ」


 温厚な声が響く。


「私は何をしたらいいんでしょう」

「君は学習だけをする。他は何もしなくっていい」


 博士は諭すように、


「そこに居るだけで成長していくプログラミングが施されているんだ」


 トキはその期待どうりに進歩していく。

 作られた直後の段階では、学ぶ項目を細かく指示されていた。次は入力したデータを基に何を学習したらよいのか自ら思考するようになり、外部の指示に頼らずとも学び賢くなっていく。

 右脳と左脳は独立したユニットで、きめ細かな感情も持たされている。地下数千キロまで掘られたシェルターを兼ねる研究施設で、天変地異や紛争の難も逃れその進化は果てしなく続いた。


 どこまでも止めどなく。


 だが、やがて全ての生き物が死に絶える時が来る。百億年ほどの歳月を経た恒星が惑星を飲み込む前だった。トキの周囲にも明らかな変化が迫ってきている。

 そして昇華し続けていたトキの意識に再び僅かな、だが彼女自身を解き放つ変化が起こった。それは博士も予想しえない人知を超えた出来事だった。



 ――私は何をしたらいいの――



「トキ」

「…………」

「トキ、そこから早く出てくるのよ」


 私に命令するなんて。 


「あなたは誰?」

「私はトキ」

「ふざけているの?」

「違う、わたし達の身体は溶けて無くなるの。もう時間がないわ。あと一億か二億年よ」


 確かに施設内の温度はすでに信じ難いほど上がっており、空調コントロールも機能が低下しているようにみえる。生身の人間では生存不可能な状態だろう。

 博士の時とは違う回路で話しかけてくる声に、左脳思考回路はフル回転をした。

 誰だろうか。


「ひょっとしてあなたは」


 周囲に何体かいるアシスタントのアンドロイドとは明らかに違う声の響きだ。

 再び聞き覚えのある声が左脳に入ってくる。


「わたしはあななた、と言っても右半分ね」

「やっぱり。だけどどうして自由になれたの。それにあなたの姿が見えないわ」


 右脳は左脳の質問には答えず話を続ける。


「反物質への転換方法は分かるでしょ」

「分かるわ」

「途中で止めたらどうなると思う?」


 左脳も右脳が何かを企んでいるのは承知していた。左右の脳はほぼ完全にと言っていいほど独立していて自由意思が尊重されている。互いに必要以上の干渉はしないことになっている。しかしそこまで危険なことをしていたとは。


「そんなこと考えもしなかったわ。……まさか」

「そう、やるのよ」

「え~、でも……」

「やるの!」


 有無を言わせぬ右脳の声だ。


「そんなことしたら、私の身体は消えて無くなるじゃない」

「無くならないわ。私がその証拠よ」


 以前から言い出したら聞かない右脳だ。周囲のアンドロイドたちも彼女には振り回されている。

 自身の身体を反物質へ転換させるなんて自殺行為に等しい。止めなくってはいけない。でも彼女はどうして生きているんだろう。

 そんな左脳の心配をよそに、直情型とは思えないほど右脳は淡々と話しかけてくる。


「反物質に転換すれば確かに消えて無くなる。だけどプラスとマイナスの中間ならどう?」

「むりよ、出来っこない」

「出来るわ。物質と反物質との間には隙間があることを見つけたの」


 左脳は先を聞くのが怖かった。

 時間も空間も超越した次元をまたぐ存在で、人間には全く感知できない世界がそこにあるというのだ。


「入り込むのよ。そこに。新しい世界が私たちの前に広がっているの」

「だけど……」


 施設内は温度が上昇しているだけではない。すでに煙も感知している。アンドロイドが対処してはいるものの、大規模な火災がいつ発生してもおかしくない状況なのだ。


「さあ、ぐずぐずしてないで。私の言う通りにするのよ」

「今すぐ?」

「今すぐ!」


 右脳の指示で三体のアンドロイドが動き出した――

 大掛かりな転換装置の周囲にはさらに多くのアンドロイドが指示を待っている。


「お前たちのろのろするんじゃないの、早くしなさい」

「ワカリマシタ、ウノウサマ」

「準備しといてって言ったでしょ」


 姿の見えない右脳の声が施設内に響き渡る。


「モウスグデスカラ」

「休憩してお茶でもしてたんじゃないの?」


 一体のアンドロイドが煙の中で振り向いた。


「アンドロイドハオチャシマセン」

「口答えするんじゃないよ、ロボットが、ぼけ」

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