第25話 おれは戦国時代に戻った。
うぐいすが鳴いている。
今日は初デートだ。それも、なんとガイドさんの方から誘って来た。
おれは新調したスニーカーに、ユニクロで買ったスリムなスキニーパンツを穿いている。シャツは白地に極細の紺色ストライプ。
髪は短めにカットした。これでおしゃれはばっちりだ!
「殿――」
「と、殿!」
え~、それってサービス精神過剰過ぎませんか。
待ち合わせ場所として決めた大阪城跡地で、彼女が発した最初の言葉に驚かされた。
確かにおれは歴史好きで、このガイドさんも当然そうだろう。それにしてもおれを殿と呼ぶとは……
「実は大変な事になっているんです」
おれを見つめ、深刻な表情で話し掛けて来た。
なんか初デートと言う雰囲気ではないな。
「えっ、大変な事って……」
彼女と会ったら何処に行こうか、おれは甘党だからおしゃれなカフェに行ってケーキを注文するのも良いな。その後は何を食べようかとか、そんな事ばかり考えていた。
ところが思わぬ展開に次の言葉が出てこない。
「殿が戻って助けないと」
「はあっ」
おれは間抜けな言葉を発してしまった。
「日本が植民地になるなんて、殿が一番嫌がっていた事でしょ」
「日本が……植民地……」
突然何を言い出すんだ。次第におれの頭から甘いデートの文字もケーキも飛んで行く。
このトキと名乗る女性は一体何なんだ。
だが彼女はおれの疑問も何のその、一気に話を続けた。
「今ここで説明は無理なの。とにかく私と一緒に――」
その言葉が終わらぬ内に周囲の景色がゆがんだ――
――これは!――
なんと目の前に秀吉時代の大阪城がそびえているではないか。
再び転生だ、おれは一瞬で全てを思い出した。
「トキ、これは一体どう言う事だ?」
「殿にはもう一度転生してもらったの」
周囲の景色はおれが去った時と、ほとんど変わっていないように見える。
「あなたの力が必要なのよ」
「だけど、元の世界に戻って、全ては無かったことに――」
「それは殿の記憶だけの話なの」
おれの思考が一瞬止まった。
「はっ!」
「前回は私の言い方が少しまずかったようね」
なんと活躍した戦国時代の話が全て消えるのは、おれの記憶だけの事であって、そこで生きていた人々の生活はそのまま続いていると言うのだ。
「じゃあ幸村との出会いも、江戸城の攻防もみなそのままで、おれが記憶を失っていただけという訳だ」
「そうなの」
「――!」
全く勘違いをしていた。おれがしでかした殺人兵器の開発も全てが消えると……
ところがそれは全て頭の中だけの話だった。
という事は、まずい、イギリスの世界制覇は現実になるではないか。
「殿」
「ん?」
振り返るとそこ居たのは、
「幸村」
「殿、お久しぶりで御座います」
「久しぶりと言うと――」
「殿が去られてもう二年が経ちました」
そんなに経っていたのか。だが次にすぐ思い浮かんだ疑問が、では一体誰に転生したんだ?
幸村はおれを殿と呼んだ。やはり秀矩なのか?
それに佐助はどうしているのか気になった。
「殿は影武者に乗り移られました」
「影武者!」
幸村はトキから話を聞いていて、おれの事情をかなり分かっているようだ。
「秀矩さまは聚楽第で御養生されておられます」
「…………!」
大阪城でのガールズコレクションの後、急に倒れてしまったと言うではないか。
そのまま立つこともままならず、佐助がつきっきりで看病しているとのことであった。
すぐ聚楽第に行く。
おれが消えてからすでに二年近く経つ。佐助とは久しぶりの対面なのだが、
「佐助」
「え?」
なぜか佐助がおれを見て怪訝な顔……
「佐助、おれだ。突然消えたりして、悪かったな」
「あなたは一体?」
佐助はおれの横にいるトキを見ても、知らない他人を見ているようではないか。
「トキ、これは――」
「私は腰元から今はガイドの身体でしょ」
「そうか」
幸村が声を出した。
「佐助にも説明して少しづつ解決していきましょう」
「そうか、分かった」
それにしても影武者とは。
幸村によると、影武者は常におれの側に配置していたとの事なのだが、かなり秀矩と似ているようだ。
しかし聚楽第に居る秀矩の命はもう長くはないだろうと言う。何しろ三歳で亡くなるはずの身体が今まで持ったのは奇跡に近い。
秀矩が二人居る事になるのだが、これは幸村他数名の者のみ知る事実で、いずれはおれが一人秀矩になると、それは内密に決められた。
この日本に外敵が迫る非常時に、為政者の秀矩が亡くなるなどと言う事は有ってはならないのだ。
おれも聚楽第に住み出入りする事にする。前任者? が亡くなった時はひそかに埋葬して、おれだけが表に出ればいい。
写真も動画もない時代だから、直接顔を見ている身近な者しか本人かどうか分からないだろう。影武者でもいずれ本人にとって代わることも可能だ。
「幸村」
「はい」
「それで、どうなっているのだ?」
おれが今一番聞きたいのは、イギリスがどこまで進出しているのかという事だった。
「すでに欧州はイングランド王国の手に落ちたようです」
「イングランド王国だって?」
「はい、そのように呼ばれている国だそうです」
そうか、まだイギリスと言われるようになるずっと前なんだな。
「オリバー・クロムウェルと言う指揮官に率いられたイングランド王国軍は、新式火縄銃の威力を武器に、欧州を破竹の勢いで支配下におさめたそうです」
「…………!」
「さらにアジアやアメリカにも進出を始めたと聞いております」
これは一刻の猶予もならないな。
「幸村、仁吉を呼べ」
「はっ」
この少し後の時代欧州では、新教徒勢力とローマ・カトリック勢力との三十年に及ぶ宗教戦争が起こるはずだった。だが新教徒側に付くと思われたイングランド王国は、なんと欧州全土を相手に侵略戦争を始めてしまったのだ。
パインは既に商人となりアジアに来ていたんだが、連絡を取りクロムウェルの事を聞いてみた。
すると返事が来た。
「クロムウェルは当初非常に若かったこともあり見習い士官だったのですが、経験を積むうちに頭角を現したようです。信仰心を軍の団結に役立たせ、敵に対する容易に屈服しない精神を育ませています。新式火縄銃の手入れを欠かさず規律を守らせるとの事。新しい戦術を実行出来る柔軟性を持った軍隊を作り上げたようです」
手ごわい相手だな……
仁吉はおれの前に出ると深々と頭を下げた。
「仁吉」
「はい」
「銃は今どうなっているんだ?」
「実は今日殿がお呼びという事で、新しい物をお持ちしました」
なんと仁吉は元込めの火縄銃を開発したと言うのだった。
確かにおれは以前、仁吉に元込めの銃を造れないかと提案したことが有った。アイディアを幾つか説明したのだが、まさか本当に出来るとは思わなかった。
仁吉が持参したその銃には手元にレバーが付いており、下げて前に押し、弾を入れ、また引いて上げることで装填完了となるシンプルだがしっかりした構造だった。さらに弾は従来のミニエー弾より少し長くなっており、弾道の安定性が増して有効射程距離が伸びたとの説明だ。
「今撃って見せてくれぬか」
「分かりました」
庭に出る際、幸村に声を掛けた。
「幸村」
「はい」
「先込め火縄銃と射手も用意せよ」
「はっ」
試射は十分満足のいくものだったが、肝心なことは従来の先込め式火縄銃との比較だ。両者を並べて早さを競合わせてみたのだ。
結果は元込め銃は先込めと比べて約二倍から三倍の速さで撃てる事が分かった。さらに言えば先込め銃と違い、地面に伏せた状態からでも弾を込め撃つことが出来る。これは元込め構造の大きな強みだろう。
「仁吉」
「はい」
「後は耐久性だ。百発続けて撃てるように努力せよ」
「分かりました」
ただ元込め式銃でも火薬と弾丸は別々に入れる必要がある。薬莢で弾と一体になっていればいいのだが、さすがにこの時代の鍛冶職人でそれは難しい。
それでも火薬を入れ、その前に弾を入れた後、小さな工具を使って弾丸を火薬に押し付けているのが気になった。レバーを引くのだから、その動作と同時に自動で弾を火薬に押し付けられないだろうか。
仁吉にその事を話したが、既にこの銃は五百丁ほど出来ているとの事だった。もちろん更なる改良と増産を指示した。
すでにイングランド王国は世界制覇に乗り出している。最後は必ず日本にまでやって来るに違いない。もはや殺人兵器だのと言ってはいられない。やり返せなければ、こちらが一方的にやられるだけなのだ。
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