第2話「鉄砲鍛冶の者を呼んでくれぬか」

 季節は廻つてうぐいすが鳴き始めている。

 とりあえず今なによりもやらなければいけない事は、慶長の役回避だ。そんなばかばかしい戦争をさせるわけにはいかない。


 なにしろこの後のごたごたは、全てその半島遠征が原因で起こっている。豊臣内部の離反や反目は言うに及ばず、これは長い目で見て日本の外交問題にも繋がっているんだ。


 おれは実務方として家来にした小西行長に続いて、真田幸村二十三歳、宇喜多秀家二一歳と、たてつづけに家来にしてほしいと願い出る事になる。


 最初の内は子供の戯言と笑っていた秀吉だが、次に出たおれの言葉でキスをしようとするのを止め、顔色が変わった。


「父上、真の敵は海の彼方になどおりません」


「なに!」


「私共の身近におります」


「…………」


 慶長の役を回避出来るかどうか、次の一言で勝負が決まる。

 秀吉がおれの顔を凝視しているが、こちらも負けずにじいさまの目玉を凝視、言い放った。


「父上もご存じのはず」


「――――!」


 秀吉は急に声をひそめ、辺りの人影を確認すると、真顔になり話かけて来た。


「そなた、他の者にもそれを申したのか?」


 ――勝ったな――


「いえまだ誰にも」


 この日以来じいさまのおれに対する態度が変わった。対等な立場で物を言うような感じになった。





 数日後、幸村が広間で平伏している。おれはじいさまと後から中に入ると対面して座った。


「幸村」


「はっ」


「面を上げよ」


 秀吉の声で、幸村は一度深く頭を下げると、顔を上げおれと秀吉を見た。


「実は鶴松がな、そなたを家臣にと申しておる」


「…………」


「どうだ、受ける気はあるか」

 

 青年幸村は背筋を伸ばすと、おれを真正面から見た。


「若君様がそのように仰せなら、喜んで従います」


「そうか」


 じいさまは満足しておれを見た。

 だが、


「幸村」


「はっ」


「座れ」


「――!」


 おれのいきなり発した命令に、じいさまは何を言い出すのだといった顔をした。

 しかし幸村は躊躇しなかった。即座に立ち上がると、座り直したのだ。


 ――これをやってみたかった――


 おれと幸村の長い付き合いはこうして始まった。

 その後幸村が退室すると、じいさまが聞いてきた。


「鶴松」


「はい」


「なぜ幸村を選んだのだ?」


 おれが特に幸村を傍に置こうとすることに興味を覚えたようだ。


「幸村の年齢と能力を思えば、私がこれから先共に戦うのにふさわしい者と考えるからです」


 これが若干三歳の幼児が発する言葉か。じいさまは信じられないといった目でおれを見つめた。このわしの子が、まさか竜神の申し子とでも言うのか!


 こうなるともう秀吉の身体は自然に浮いてしまい、両手を挙げて踊り出したくなるのを抑えきれないと言った感じだ。実際頭の中は完全に空を舞っていた。


「半島遠征とな。なんじゃそりゃ?」


 全くそんな話をしなくなって、周囲の家臣、大名達を安心させた。

 それにしても三歳の幼児がこのような事を話し出すとは。なによりも跡継ぎの心配から夜も眠れない秀吉にとって、嬉しいやら驚くやらで、めまいがするほどであると淀殿に言ったとか。


 結果すぐ秀吉はおれを正式に後継者としたため、秀次とのトラブルも無くなり、彼は切腹の憂き目を免れるのだった。




 ある日おれは幸村と大坂城内、主に外堀辺りを見て回っていた。傍には秀家も居る。


「幸村」


「はい」


「そなたならこの城をどう攻める」


「…………」


 突然の質問に幸村の足が止まった。


「やはり南からか?」


「この堀を見れば、力攻めなど無駄で御座います」


「そなたならどうする?」


 おれは振り返って秀家を見た。

 秀家も堀を見渡しながら、


「確かにこの深さと広い堀では、攻め手が不利だと考えます」


「ならどう攻める?」


 重ねて聞いたその問い掛けに、秀家は考え込み言葉が出てこない。

 

「幸村、そなたならどうする?」


「大筒(おおづつ)で北側より連日攻撃すればいいかと」


 幸村は短銃を所持していたというほどだから、大筒にも興味を持っていたと思われる。


「その後は?」


「幾らでも交渉の道が開けるでしょう」


 幸村は既におれを幼児とは考えていない。真正面から持論を述べて来る。


「その交渉が不調に終われば非情な戦闘になる。それは父上の戦でよく分かるな」


「…………」


 秀吉の城攻めでは、残念ながら非戦闘員の婦女子を巻き込んだ悲惨な歴史が残っている。


「われらの敵も城を要塞化しようとしているらしい」


「はい、私もそのように聞いております」


 やはり幸村は豊臣の敵を分かっている。ここで真実を話そうかと迷ったが、いくら幸村でも転生の話など理解するのは無理だろうと止めておいた。


「おれには分かっているのだ。勝負の時はさほど遠い話ではない。幸村、秀家、たのむぞ」


「最後までお供致します」


「それがしもお供いたします」


 二人はおれを見つめ、言い切った。





 四歳になり年賀を大坂城で迎えるおれは、公家や家臣達より祝儀の様々な進物を受けるのだが……

 訪れる者達の中にいつも異彩を放つ老人がいた。


 徳川家康だ!


 秀吉への挨拶を終えると、ちらっとおれを見た。

 初めての対面の場では好々爺を装い、またさりげない素振りの老人。だがその目の奥には不気味な黒いものが漂っているのを感じた。


 ――やはりな、いずれこの男とは対決せねばなるまい――


 おれは家康殿の後ろ姿を見送りながら、そっと決意を固めた。


 そしてこの年、秀吉を歓喜させる出来事が起こった。

 淀殿に第二子が誕生したのだ。鶴松に続いての淀殿快挙に、秀吉の喜びようは並ではなかった。


「鶴松」


「はい」


「喜べ、そなたに弟が出来たぞ」


 またじいさまのキスの嵐だ!


「やめてくれ……」


 しかし長年あれだけ授からなかった子宝を、ここにきてこんなに次々と……

 たしかに淀殿の快挙だわ。

 まあここは素直に喜んでおこう。





 それにしても毎日毎日眠ったような空気が流れるこの時代の日々を背に、おれは声を張り上げた。


「行長はおるか」


「はっ、こちらに」


「言ってあった鉄砲と大筒の手配はどうなっている?」


「何しろ数が数ですので……」


 行長は神妙に答えた。


「出来るだけ急ぐのだ」


「はい」


 おれは真田や宇喜多などの家臣に兵の増員と訓練を急がせ、小西行長には鉄砲、大筒を大量購入せよと命じてある。すぐ、必ず必要になる時がくる。

 何しろこのおれは秀吉の命日を知っているんだ。

 だが家臣達の中には納得のいかないものも多い。


「急げ」


「しかし何故そのように急がれるのでしょうか?」


「そなたらにもいずれ分かる時が来る」


「まるですぐにでも戦が始まるようでは御座りませぬか」


「まあな」


 すでに四歳から五歳になろうとしている。たとえ幼児の口から出る言葉であろうと、何しろ後ろには秀吉が控えているのだ。その命令は秀吉の命でもある。秀吉はいちいち後を着いて回り、おれが小さな手を振って配下の者に指図するのを、嬉々として聞いているのだった。

 だからおれの命令を受けた家臣が少しでも躊躇しようものなら、すぐ秀吉の雷が落ちた。


「なにをもたもたしておる、若の命が聞こえぬのか!」


「ははあ!」


 さらに軍事訓練から鉄砲の射撃訓練と矢継ぎ早に行わせるが、秀吉は一切口を出さなくなった。

 鶴松さまがこう言われた、このように命を出されたと話が伝わり、ついには、大阪城の主は鶴松さまではないかという雰囲気になってしまった。


 そして籠城戦などするつもりは毛頭なかったが、念のため幸村に大阪城の南側に巨大な防衛拠点(砦)を築かせた。守備側が主導権を握るため、とにかく目立つ構造物で敵をひきつける必要がある。


 さらには大阪城が築かれる際には考慮されていなかった大筒への配慮から、北側の防御を考えるようにと指示する。

 これにはさすがに秀吉も驚き感心した。


 だが、こういったおれの動きに家康殿は動揺を隠せないようだった。真田の手の者が探りを入れると、


「あの小僧、いったいなんなんだ」


 たかが五歳の幼児を気に掛けるなど、ありえない話なのだが、おれ鶴松の異才ぶりを聞くにつれいら立っているようだ。そんなわけがないと自分を落ち着かせているようにも見える。


「いずれも裏で糸を引く、秀吉の采配だろう……。こざかしい真似をしおって」


 幸村配下の諜報活動で、家康殿の挙動が手に取るように分かった。




 おれも七歳になると、鉄砲と大筒の訓練にはさらに身を入れるようになる。

 的を決めて当てさせ、好成績の者には褒美を出す。もちろん連弾の訓練もさせた。


「幸村」


「はい」


「鉄砲鍛冶の者を呼んでくれぬか」


「鉄砲鍛冶ですか?」



 戊辰戦争における薩摩・長州の両藩はいち早くミニエー銃を装備した。ライフリング(弾丸を回転させる溝)を施したミニエー銃は遠距離でも命中率が高く、有効射程距離は約二七〇メートルにも達する。


 それに対して滑腔銃である火縄銃は、射距離が長くなると命中率が急激に低下し、有効射程距離は約九〇メートルくらいしかないという。三倍も違うではないか。


 火縄銃が滑腔銃であることは、鉄砲なんかに余り詳しくないおれでも知っている。なんとか銃身にライフリングを施して、命中精度を高める事は出来ないかと考えたのだ。

 そのためには弾を丸い球ではなく、先端の尖った円錐形にしたミニエー弾を造る必要がある。うろ覚えの知識と構造だが、鍛冶職人に伝えれば何とかなると思ったのだ。

 何しろ種子島に火縄銃が伝来してから、たった一年でコピー、大量生産にまでこぎつけてしまった鍛冶職人達なのだから。



「ははあっ」


「そう固くなるな、楽にせよ」


「ははっ」


 おれの前に連れ出された鉄砲鍛冶の職人はさらにかしこまってしまった。


「その方、名は何と言う」


「……仁、あの、仁吉と申します」


「そうか、仁吉と言うのだな」


「はっ、はい」


 おれは仁吉に、ライフリングという弾丸を回転させる為の溝とミニエー弾の絵図を書いてその目的も説明した。


「どうだ、仁吉、これが出来るか?」


 仁吉は絵図をにらんだまま声が出ない。

 だがもう先ほどまでのおどおどとした仁吉ではなかった。黒光りした鋼のような両腕を曲げて、その目は獲物をにらんだ鷹だ。瞬きもせず絵図を凝視している。


 銃身にライフリングを施すことは一五世紀終わりには発明されていたのだが、やや大きめの弾丸を押し込まねばならず、手間による発射速度の遅さなど多くの問題があった。


 ところが球形ではなく、その後造られた先端の尖った円錐形の弾は、銃身の内径より小さ目で押し込めやすくなっている。ただし隙間を埋める工夫が必要になる。

 銃弾の底部に鉄のキャップを押しつけて、発射の際裾を広げられるなどの工夫が出来れば、火縄銃の威力は格段に上がるはずだ。


 もちろん元込め銃ならさらに良いのだが、さすがにそれはまだ早いし無理だろう。

 仁吉には、急がなくていいから考えてくれと言って帰らせた。

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