第4話 サムライとイェニチェリ

「撃て!」


 四十丁の機関銃が火を吹くと、数の優位が逆転した。発射される弾丸の数とスピードが違い過ぎる。オスマン軍の機関銃射手は、撃たれて倒れると、すぐ後ろに代わりの者が控えていている。弾丸カートリッジを押し込めながら、後は引き金を引くだけだ。誰でも出来る。

 旧式銃は普通の兵士で一分間に二発程度。後込めの新式はその倍で四発は撃てる。

 さらに狙撃の上手い兵士に、複数名が装填役としてチームを組んだりしていれば、八発は撃てだろう。

 そのかわり銃を交換して撃つから、射手の頭数は減る。二百から三百なら、半分の百から百五十丁という事になる。一分間に八百から千二百発の発砲が可能という事だ。そう考えると、どちらの方式でもあまり差は無い。

 一方機関銃の方は、一秒間に一発以上は撃てた。時計の振り子が一往復する間に一発だ。一分間に六十から七十発も撃てる。四十丁の機関銃なら二千四百から二千八百発も撃てる勘定になり、約三倍となる。さらに機関銃は銃座で支える方式で、銃身を長く出来る為、新式火縄銃よりも射程距離が長い。

 ペルシャ軍側の鉄砲隊がたちまち全滅し、後ろに立つ兵士もバタバタと倒れていく。始めて見る機関銃の威力に、ペルシャ軍は腰が引けてなすすべもなく敗走を始めた。


「突撃せよ!」


 ムラト四世の命令が下る。

 騎兵に続く歩兵、槍兵が残った敵を倒す。安兵衛や他のサムライ達も、刀を振るって縦横無尽の活躍をした。逃げて行くペルシャ兵に対して、進もうとする後陣の兵士がぶつかり、大混乱となって包囲され壊滅した。

 首都より迎え討って出たペルシャ軍は、数の優位にもかかわらず惨敗する。

 騒然とする雰囲気の中ですでに即位していたサフィー二世は、政治への関心を持たず、軍を統率する力は無い。迫りくるオスマン軍を前に大宰相が実権を掌握したが、政敵に暗殺されるなどと混乱を極めていた。

 そしてついにイスファハーンは包囲されてしまう。弱腰のサフィー二世はいつの間にか逃走して、スルタンは消えて大宰相さえいなくなってしまったペルシャ軍は、降伏せざるを得なくなる。ここに至り、まだ首都の陥落だけではあったのだが、サファヴィー朝ペルシャは事実上滅亡する。

 ムラト四世は、次はコンスタンティノープル奪還をめざすと宣言した。





 大阪城の一室に幸村はゆっくり歩いて来ると、秀矩の前に顔を出した。


「秀矩様」

「これは幸村殿、どうしましたか?」


 幸村のほうから秀矩に声を掛けて来る時は、必ず何か重要な話が有るのだ。

 すでに腰が少し曲がっているが、その声にはまだまだ張りが有る。


「実はパイン殿より連絡が御座いました」

「おう、パイン殿から」

「はい。ムラト様から機関銃の弾丸を至急送って欲しいと、要請が有ったとの事で御座います」


 ムラト四世からは、代金として大量の銀が送られて来たのだった。


「仁吉殿と太郎兵衛殿に連絡をして下さい」

「分かりました」

「それから、製鉄所の建設は今どうなってますか?」


 秀矩の指示を待つまでもなく、全国の大名は製鉄所の建設を検討し始めていた。

 国外を見れば新式火縄銃の需要が有り、引き合いが多い。だが弾丸の増産にしても鉄が無くては始まらない。


「砂鉄の産地近くですでに数カ所建設されて、試験的な生産も始まっております」

「そうか、だが、鉄の生産が軌道に乗っても、鉄そのものは輸出を禁ずる事にする」

「…………」


 鉄は必ず銃や弾丸に加工して輸出すると言うのだ。その方が当然高値で取引できる。日本は輸出する物があまり無い。だから武器や弾丸はこれから貴重な輸出品になるだろう。


「代わりに海外からは保存できる食料を輸入しよう。飢饉で人口が減ってしまう事は何としても避けたい」

「分かりました。太郎吉兵衛殿にも伝え、そのように致します」


 但し、武器の輸出は当分の間、新式火縄銃のみとする事が決められた。機関銃を今輸出するのは影響が大きすぎる。オスマン帝国にのみ、追加するのはかまわないだろうと。





 一方ヨーロッパは混乱の極みだった。国内問題で手一杯だったイングランド軍が去ったコンスタンティノープルは、ハンガリーが一時的に支配していた。その奪取にも意欲を燃やすムラト四世は、七万のオスマン帝国軍を率いて包囲した。


 この優美な都市をムラト四世の祖先が包囲したのは、一五世紀の中頃だった。メフメト二世が、十万のオスマン帝国軍を率いて包囲した。オスマン側は大型の大砲を用いたり、艦隊を陸越えさせるなど、大規模な攻囲作戦を行なった。東ローマ帝国軍とイタリア人傭兵部隊は堅固な城壁に守られ、わずか七千の兵力だったにもかかわらず二か月に渡って抵抗を続けた。

 しかしオスマン軍の総攻撃の前に、コンスタンティノープルは陥落。東ローマ帝国は滅亡した。


 ムラト四世も大型の大砲を用意して、大規模な攻城作戦を行う。だがコンスタンティノープルの堅固な防壁は今も健在であり、立てこもるハンガリー部隊はわずか六千の兵力だったにもかかわらず抵抗を続けていた。


 攻城戦の続くある日の事だった。オスマンの兵舎でサムライとイェニチェリのどちらが強いかという話題が出た。いかに戦場とはいえ、日夜の分け隔てなく戦闘をしているわけではない。数か月も続く内には、こんな暇な日もあるのだ。


「ヤスべ(安兵衛)、お前はイェニチェリよりも強いのか?」

「…………」

「どうだ、一対一でやってみようではないか」


 周りに集まったイェニチェリ兵士達が盛んにはやし立てている為、言い出した男も引っ込みが付かなくなった。


「やれやれ!」

「そうだ!」


 もう周りは勝手なものだ。いい暇つぶしではないかと喜んでいる。


「お前が死んでしまっては、ムラト様に申し訳がない」

「なに!」


 安兵衛の返事を聞いた男の顔に怒気が浮かぶ。

 だがそこに、騒ぎを聞きつけたムラト四世が現れると、周囲を埋め尽くした兵士達が一斉に膝を折り、ひざまずいて頭を下げた。


「何を騒いでおる」

「は、この両名、どちらの方が強いのかと揉めております」


 周囲を見回していたムラト四世は安兵衛を見ると、


「その方の剣技をまだ直接見てはおらぬな」

「…………」

「丁度よい機会だ、今ここで見せてはくれぬか」


「しかし私が刀を抜けば、この者が死ぬ事になるやもしれません」との安兵衛に、


「かまわぬ、やれ」

「はっ」


 一礼した安兵衛は、男とムラト四世の前で対峙する。

 大柄なイェニチェリの男が剣を抜くと、安兵衛も刀を抜き正眼に構えた。

 しばらくにらみ合いが続いたが、やがて男が奇声を上げて切り掛かって来た。

 安兵衛は一歩前に出ながら、すっと刀を横に引き寄せ、


「イエッーー」


 次の瞬間、男は剣を振り下ろす間もなく絶命。

 ムラト四世は安兵衛の無駄のない動きと、剣さばきのあまりの速さに驚愕した。

 これでオスマン陣内でのサムライヤスべの人気は、一気に高まる事になった。



 コンスタンティノープルの危機を知り、キリスト教国を守るべく、周辺のヨーロッパ諸国も救援に駆けつけて来る。だが、機関銃の敵ではない。

 オスマン軍は総攻撃を行い、ついに城内へと侵入した。

 コンスタンティノープルは陥落し、ムラト四世は帝国西領土の主要都市を取り戻したのだった。


 ムラト四世はここで西への侵攻を止め、今度は東に目を向けた。サファビー朝に従っていた周囲の小国を次々と降して行く。最後の野望はインドのムガール帝国を攻略し、アジアの一角をも手に入れる事だった。






 日本では戦も無くなり、平和な世が訪れているようにも見えるが、飢饉等による人身売買の話が後を絶たなかった。


「殿」

「なんですか」

「パイン殿が参っております」


 ムラト四世が追加の機関銃と弾薬を希望していると言う話で、再び大量の銀を預かって来たのだ。仁吉に問い合わせると、来年までには後四十丁くらいは出来ると言う。


「パイン殿、では来年までに、あと四十丁の機関銃と弾丸を輸出しましょう」

「有難う御座います」

「ところで、ムラト四世の次の目標はムガール帝国だとの噂ですが、本当ですか?」

「はい、そのように伺っております」


 ムガール帝国はイングランド商人が出入りして綿製品交易を盛んにしている今のインドだ。このままオスマン帝国が進出して来れば、イングランドとも交易している日本の立場は微妙になるだろう。どちらに肩入れしても、面倒な事になるやもしれない。それにムガール帝国と同じくイングランドと交易していたサファビー朝ペルシャは既にオスマン帝国によって滅ぼされている。いずれイングランドもその詳細を知るだろう。そうすれば戦いの転機となった機関銃の話が出て来るのは時間の問題だ。

 秀矩から相談されたパインは頭を抱えてしまった。

 機関銃の件はともかく、あのムラト四世の性格を考えると、ムガール帝国攻略に異議をとなえる事は間違いなく死を意味する。現にコンスタンティノープル侵攻に反対した重臣は、処刑されているのだ。

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