北北東のブラッディーレッド

Jack-indoorwolf

第1話感じすぎる冬

「ねぇ、私のどこが好き?」

「……さぁ、オマエだってなぜ俺と寝るのか言わんくせに」


麻美はスチール製の棚に飾ってあるボウル型の金魚鉢を不思議そうに見ている。中には水や金魚ではなくジグゾーパズルのピースがたくさん入っている。俺が作った新作インテリアだ。

麻美は裸のままベッドに座り直し、下着をつけ始めた。

俺は寒く感じて石油ファンヒーターの目盛りを少し上げた。


「鉄之助になんて説明するつもり?」

「わざわざ言わないよ」

麻美が何か食べたいと言うので、俺は、冷蔵庫に入っていたコンビニスイーツを出してやった。


「オマエらどういう関係なの?」

「初めてデートしたとき、今は決まった関係にならない方がいい、て言われた」

「なんだ、そりゃあ」

麻美を見ると、『え、私なんか変なこと言った?』という表情をしている。鉄之助という男はよっぽど女慣れしてるのか、それともただのバカなのか。


麻美は冷蔵庫の冷気で硬くなった抹茶ロールケーキをトレイに乗ったまま、フォークでちぎって口に運んでいる。


「あいつ頭おかしいよ、小説家になりたがってるらしいけど、どこにも作品アップしてないだろ」

俺は鉄之助の悪口を言いながら、コーヒーメーカーに水をセットして、電源をオンにした。


高校卒業後、俺は商業ビルの施設をメンテナンスする会社に就職した。換気扇のフィルターを交換したり壁に付いた傷を修繕したりする仕事だ。そのまま働きながら、オンラインでビジネスと現代アートの勉強をしている。将来は自分でデザインしたインテリアやオブジェをネット通販で売ってやろうと計画中だ。


もともと俺と麻美は高校のクラスメイトだった。17歳当時はお互いたいして意識し合う関係ではなかった。だが、コロナショック直前に開かれたクラス会で、麻美と再会し、お互いのマンションを行き交うようになった。

そうして俺は麻美の幼なじみである鉄之助のことを詳しく知ることになる。


「アイツが童貞だって噂、ホントだと思うか?」

鉄之助は、俺たちの間でいつも噂になるような男で、おもちゃみたいな存在だ。

その昔、鉄之助は街一番の進学校に入学した。しかし不登校が原因で2年生になる前に学校を除籍処分になっている。その後、完全な引きこもり生活を送っているらしい。

それでも鉄之助は、女性市議会議員名義のマンションに住んでいるとか、文部科学省から裏ルートで生活支援を受けているとか、噂に事欠かない。鉄之助は女性経験がない、という話も、みんなから根強く支持されている噂だ。

そういう意味で鉄之助はコロナ禍で自粛生活を送っている俺たちに娯楽を提供してくれる貴重な存在だ。鉄之助のおかげで俺の SNS はいつも充実している。

以前から、鉄之助のことはうっすら知っていた。それが、麻美と親しくなって彼の名を耳にすることが多くなった。麻美が言うには鉄之助は彼女の「大切な幼なじみ」なのだそうだ。


「鉄之助に LINE してみる」

麻美はブラウンのレザー製リュックからスマホを取り出して指を動かす。


「俺、面倒なことに巻き込まれるのゴメンだぜ」


冬の夜、例年より気温は高めだが、それでも今、裸で外に放り出されたら3分で凍死するだろう。

俺は窓のカーテンを手でズラした。結露で出来た水滴が凍って窓ガラスを覆っている。外が見えない。俺は憂うつにしか感じなかった。

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