第2話 気がつけば森の中
気がつくと森の中に倒れていた。
上半身を起こして周りを見渡してみる。
いきなり変わってしまった周りの風景を眺めながら首を傾げる。
「ここはどこだ?」
俺は誰に語りかけるでもなく思わず独り言を呟く。
確か俺は買い物した後に自宅へ向かってた途中にあの現象に襲われたんだよな。
記憶を頼りにさっきのことを思い出そうとしてみる。
そういえば、公園のベンチに座ったところまでは覚えている。
とりあえず、立ち上がって自分の姿を確かめてみる。
服装は通勤に着ていったもので覚えている格好そのままだ。うちの会社は外回りの営業職以外はそんなに服装にはうるさくない。5月半ばということもあり、長袖の白いシャツに下は紺色のスリムなズボンだ。
革のショルダーバッグが脇に落ちてるのが見える。
背中に背負っていたリュックはそのままだ。
もしかしてどこか怪我をしてるんじゃないかと考え、自分の身体を確かめてみる。
手を握ったり開いてみる。
その場で足踏みをしてみる。
色々と身体を動かしてみたがどこにも異常らしきものはない。
そういや足も2本しっかりあるよな
どうやら俺は幽霊でもないらしい。
「本当にここは一体どこなんだ?」
またしても俺の口からは疑問の言葉が出てくる。
状況の変化に思考がまだ追いついていってない。
そりゃそうだ。さっきまで自宅近くの公園に居たっていうのに、例の白昼夢が襲ってきた後に気づいてみると森の中に居るのだからね。
とりあえず、ショルダーバッグを拾いリュックを背中から外して中を確かめてみる。
まずはショルダーバッグの方からだ。
中身は財布、筆記用具、タオル、ハンカチ、手帳、スマホだ。
財布の中身を調べてみるが、盗られた様子もなくどこにもおかしいところはない。
通り魔に襲われたという可能性はないな。
次にスマホを確認してみる。
認証をしていつものスマホの画面が現れた。
画面を見ながらどこにもおかしいとこはないよなと思いかけた瞬間、電波が圏外になってる事に気がついた。
「何で圏外なんだろう?」
余程の田舎や人里離れた場所じゃない限り、圏外なんてなるはずがないよな。ひとしきり操作をしてみたが、圏外は変わらなかった。
「まいったなぁ、これがあの現象だったにしてもここまでリアルなのは今まではなかった。以前のは夢みたいな感覚で五感もなかったし仮想映像を観てる感じだったもんな」
一応、リュックの中身も確認してみる。確かめてみたがスーパーで買ったものがそのまま入っていた。
そういえば、俺が帰宅してた時間は夕方過ぎで辺りが暗くなってきていたが、ふと空を見上げて見るとまだ太陽が上にある。
腕時計を確認、針は午後の6時32分を指している。
──これって時間と太陽の位置が合わないよな。
仮に気を失って時間が経過してたとしても、この見慣れない森の中にいるのは説明がつかない。どうしたものかと俺は思考を巡らせる。
ここがどこだかわからないにしろ、何か行動を起こさないとどうにもならない。
とりあえずリュックを背負い、ショルダーバッグを肩にかけもう一度周辺を見回してみる。樹木は背が高く、枝が大きく張り出して幹が太い。あまり見たこともないような種類の木に見える。ただ、大きな木々の間隔が空いているので地面には結構な量の陽射しが降り注いでいる。陽の当たる場所は背の小さな木や草が生え、綺麗な花を咲かしてるものもあるようだ。
木々の間を爽やかな風が流れ、どこか幻想的な感じの森だ。この森は人の手がまるで入ってない自然のままの森のように見える。体感的には暑くもなく寒くもなく丁度良い感じだ。
この場所に居ても状況は変わりそうもないし、周辺の情報を確認しないとな。
さて、まずはどの方向に向かったらよいのだろうか?
そう考えた時に、何となく左の方向が良いような気がしてそちらに歩いていく事にした。
恐る恐る歩き出す。地面はしっかりしていて歩きやすい。
木の幹に触ってみる。ちょっと叩いてみる。ゴツゴツとしてとても硬い。地表に張り出した根や草に足を引っ掛けないように進んでいく。
感覚的に元の場所から500メートルくらい歩いただろうか。目の前の景色が急に変わり、そこには芝生が一面に広がる場所が出現した。
「うわっ! さっきまで正面には森が見えていたのにどういう事なんだ!?」
突然の変化に驚いた俺は叫んでしまった。思わず何歩か後ずさる。
すると、目の前にはさっきと同じような森の風景が目の前に広がっていた。
おかしい、今見えた一面の芝生はなんだったんだ…
もう一度前方に進んでみる。
ある場所を境にそれまで見えていた森の風景がいきなり切り替わる事に気づいた。
まるで、そこから先は結界にでも守られている場所の中に入ったようになるのだ。
そしてさっきは慌てて気がつかなかったが、自分の立つ場所から100メートル程前方に建物が建っているのを見つけた。
前方に見える建物を観察してみる。白っぽい建物で大きく上に伸びた三角屋根が特徴的だ。
正面には両開きの大きな木製の扉があり、建物の右側部分が居住スペースか倉庫のように10メートルほど張り出している。張り出した部分には明かり取りの窓と、その下にはシンプルな扉があった。
遠目から見た感じ、建物の横幅は30メートルくらいってところか。
いきなり森の中にポツンと倒れていた俺としては、文明の証である建築物を発見して若干ではあるが心に安心感が湧いてきた。
ただ、他人の敷地という事もあって暫くその場で辺りの様子を見る。
建物の向こう側、敷地の奥の方は遠くて確認しにくいが、芝生が生えている敷地の大きさは建物を中心に半径100メートル程だろう。
とりあえず、誰か人でも居ないかと思い、建物に向かって声を出して叫んでみる。
「すみませーん! どなたか居ませんか!」
何も反応がない。もう一度繰り返す。
「すみませーん! どなたか居ませんか!」
相変わらず反応がない。遠くだから聞こえないのかな?
仕方ない、建物に直接近づいて呼びかけてみるか
正面の両開きの扉に向かって歩を進めていく。芝生はふかふかとしており、滑らかで質の良い絨毯のようだ。こんな森の中の辺鄙な場所にポツンと建っている建物や敷地を誰かが小まめに手入れでもしてるのだろうか?
まるで《○○○と一軒家》みたいだなと頭にその光景が浮かび、思わず口元が緩み笑みがこぼれる。
いかん、いかん、こんな状況なのに緊張感が足らないぞ!
俺は自分の頬を両手で軽く叩いて自分を戒める。
徐々に建物に近づき、その外観が詳細に見えてきた。継ぎ目のない外壁、材質は石のようにも土を固めたようにも見える。
両開きの扉の上には太陽のような紋章の彫刻と、その下には丸の中に六芒星のような幾何学模様が描かれた図形のような、ファンタジー的な魔法陣にも見える彫刻がある。
見たところ外壁にも屋根にも十字架はないが、何となく雰囲気的には教会がそれに近いだろうか。
俺は扉をノックする事にした。
ドン、ドン、ドン。
「どなたか居ませんか! 森の中でどうにもならないところ、ここを見つけました!」
もう一度ノックする。
「すみませーん! どなたか居ませんか!」
再度呼びかけて見たが反応がない。意を決した俺は扉を開けてみることにした。
恐る恐る両扉の右側の扉の取っ手に手をかけ、こちら側に引っ張ってみる。どうやら鍵は掛かっていないようだ。
扉の材質は木みたいだが、かなりの厚みがあって重厚な感じだ。だが、あまり重みは感じず一度動き出すと少ない力で滑らかに扉は開いていく。徐々に建物の内部が俺の前に姿を現してきた。
拍子抜けするほど中は何もない。奥の壁の上に扉の上にあったのと同じ太陽のような紋章の彫刻が飾られている。その前に聖書を朗読する為に使用するような木製のちょっと幅広の台が置かれてあるだけだ。
この建物に誰か住んでいるのかと期待した俺はガックリと肩を落とした。せっかく見つけた人の気配への期待が手からこぼれ落ちていくように感じた。
だが、壁の右側に扉があるのを見つけ、もしやと思いその扉を開けてみる。こちらも中は壁に棚があるだけでガランとして人の住んでいるような気配は全く感じられなかった。
一応、こちらの部屋でも呼びかけてみる。しかし、虚しく俺の声が響くだけだった。
「はぁ、せっかく見つけた建物だったのにな…」
半ば絶望感に打ちひしがれながら、ふらふらと元の大きな部屋に戻り木製の台に歩いて行き、台に肘をついて項垂れるしかなかった。
万事休すとはこの事か…
まいったなぁ、俺はどうしたらいいんだ?
この状況に頭はこんがらがるばかりだ。
普段、神様を熱烈に信仰してる訳ではないが残された俺の手段はもう祈るしかない。ほら、困った時の神頼みって昔から言われてるじゃないか。藁にも神にも縋る思いで両手を合わせ、上を見上げ目を瞑りそっと呟いた。
「もし神様が居るのなら俺を助けてくれ」
破れかぶれでそんなお願いをしてみた。
すると、数秒後だろうか。
『日頃から冒険に憧れていたお主の望みを我が叶えてあげたのだ。お主とこの世界の波長が何もかもぴったりだったのでここに招いた。異なる世界同士でそのままの姿で何の問題もなく移動出来る者など滅多にいないのじゃよ。お主には我の加護を与えいつでもどこでも我がお主を見守っておるぞよ』
気のせいか、頭上からそんな言葉が頭の中に直接聞こえたような気がして俺の身体がいきなり暖かくなり眩い光で包まれたのだった。
目を開けると自分の身体が淡く白い光に包まれて光ってるのが確認出来る。両手を目の前に出すと、指先まで淡く白い光に覆われている。
「なんだコレ! どうなってんの?」
まさかの事態に俺は軽くパニックになる。
何がどうなってるのか理解出来ないまま暫く呆然としていると、次第に光が薄まっていき暖かくなった身体も元に戻ってきた。
とりあえず、俺の身体に何かの現象が起こったらしいのはわかった。手で身体を触りながらどこかに異常はないか確認してみるが、一見どこも変わったところはなさそうだ。
「確か今、俺の身体が白い光に包まれてたよな」
改めてもう一度どこか身体に変化がないか確認してみて気がついた。何か身体が凄く軽くなったような気がする。
どう例えればよいのだろうか。
身体が凄く軽くなり、力が漲っている…。そう、まるで身体能力全体が上がったような感覚だ。
ラノベ的表現なら俺のステータスが上昇したとでも例えた方がわかりやすいか。
ステータスなんて言葉が俺の頭に浮かんできたのを特別違和感を覚える事もなく、自然と頭の中にスッとその言葉が浮かんできたので思わず口ずさんでいた。
「ステータスオープン」
すると、目の前に半透明のボードが現れた。
「あっ! やっぱりこれってステータスボードじゃないか!」
名前:フミト ウエノ
種族:ハイヒューマン
年齢:24
職業:
状態:普通
Lv.1
HP:216
MP:262
筋力:238
魔力:282
精神:201
敏捷:227
運 :862
《スキル》
言語理解(アーク語)
《魔法》
《加護》
【アーク神の加護】
《ユニークスキル》
【神の気まぐれな力添え】
さすがにステータスボードが出てくれば俺でもわかるよ。
はい、ここが異世界だというのが確定した瞬間でした。
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