第7話 窓居圭太、ウサコとの話からミミコの兄への思いを知る

いまだ名を持たないという榛原はいばらミミコの化身に、彼女からの願いに応えてウサコという名をつけてやったぼく、窓居まどい圭太けいた


彼女はぼくの精一杯ツンツンな態度にもめげることなく、グイグイとぼくとの距離を縮めてこようとする。


ついにウサコは、ぼくの油断に乗じて、その膝の上に乗っかってくるという暴挙に出た!


ウサコの妖しい美貌、そして豊満な肉体という甘美な責め苦に耐え抜いて、ぼくはウサコ誕生の謎に迫ることが出来るのか?


       ⌘ ⌘ ⌘


「さあこれで、あんたとゆっくり話が出来るね、おにいさん」


ぼくの太腿の上に跨いだウサコ。


その満足気な表情とは対照的に、ぼくのMPはほぼゼロに下落してしまった。


ヤバい、マジでヤバい。


しかし、そうだ、こんな時こそ、「ヤツ」がいるじゃないか。ぼくはハタと気づいた。


ぼくは、集中力を極大値にまで高めて、〈念〉を飛ばした。


“聞こえるか、きつこ。


ぼくのほうはかなりヤバい状態なんだが、なんとかならないのか?”


ほどなく、きつこから返答が来た。悪意のある含み笑いをしながら。


“なるほど、なるほどー。


こいつぁ〜、なかなかの見ものだねぇ〜”


きつこの冷やかしを、ぼくは全力で拒否した。


“おいおい、見ものとかいうなよ。


こちとら、マジで困ってるんだ”


“でも圭太、最高の役得じゃん。


こりゃ、マサルっちにも見せてやらないと”


とんでもないことを言い出したぜ、きつこ。


“おいおい、それだけはやめてくれ!


こんなところ見られたら。やつに殺される。


お願いだから”


マジで身体中から、血の気が引いたぼくだった。


“大丈夫、冗談だよ。


それに今は結界を張ってあるから、公園の外にいるマサルっちには、何が起きているかはわからないはず。安心して“


そのひと言で、ぼくの気持ちはだいぶん落ち着いた。


やはり、このとんでもない風景を、ミミコの実の兄に見られてしまうのと、そうでないのとでは、大違いだ。


今後のぼくと榛原との交友関係にも、重大な影響が出てくるしな。


きつこが、申し訳なさそうな感じでこう言う。


“ボクのほうは、相変わらず黒幕さんのシッポをつかめずにいるんだ、ゴメンね。


でも、圭太には気の毒だけど、この状況はうまく使えるかもしれない。


ついに黒幕さんが姿を見せる可能性が出てきたとも言える。


悪いけど、もうちょっと頑張ってみてね”


それだけ言うと、きつこの〈念〉は途切れてしまった。


“おい、きつこ……”


と呼びかけるも、返事はない。やれやれ。


しかたなく、しばらくウサコの相手を続けることにする。


きつこと「交信」している間も、ウサコはぼくに話しかけてはいたんだが、その内容がまるきり頭に入ってこなかった。


ただただ、「うんうん」という相づちを繰り返してばかりいた。


そんなわけで、話題を切りかえようと、こうウサコに切り出した。


「ん、ところでウサコ、きみはぼくのこと、興味があるのか?」


それを聞いて、ウサコは急に不機嫌そうな表情になった。


いわゆる「眉を曇らせた」ってヤツだ。


「あんた、さっきからあたしの話、まったく聞いてなかったでしょ。腹立つぅ。


あんたのこと、いろいろ尋ねていたのに、『うんうん』って言うだけで何も答えてくれなかったのは、うわの空で聞いてたって証拠でしょ。


ほかの女のことでも考えていたんでしょ、この不誠実男!」


その強い語気から察するに、ウサコ、かなりマジでご立腹のようである。


こいつはマズい。


「ゴメンナサイゴメンナサイ。ちょっと考えごとしちゃってて、申しわけない、ウサコさま。


ほかの女性のことを考えていたなんて、滅相もない。


ぼくはここのところ、30戦連敗の非モテなんだ。


浮いた話など、ひとつもありゃしないんだから」


ぼくはあわてて両手で拝むポーズをとって、ウサコに平謝りした。


ウサコは半目でぼくを睨むようにしていたが、ほどなく表情を和らげてくれた。


ぼくがここで思い切って、自分のプライベートな弱みをさらけ出してしまったのが、戦術としてかえってよかったのかもしれない。


ようやくウサコにいい印象を与えられたのかもな。


「そうなんだ。あんたも強気なこと言ってるわりには、たいしたことないんだね。


ほっとしたよ。


まともに相手してもらえないってことじゃあ、あんたもあたしも似たようなものじゃん。


ふたりはけっこう似た者同士、なんだよ」


ぼくとしては、とりあえず素直にその発言を受け入れるしかなかった。


余計な刺激は、与えないに限る。


「じゃあ、もう一度聞き直すけど、あんた、きょうだいはいるの?」


そうか、さっきはそういう話題を始めていたわけか。さっそく、ぼくは答えた。


「ひとつ上のお姉ちゃんがいるけど」


「その、お姉ちゃんとは仲がいいのか、あんた?」


「悪いわけじゃないんだけど……」


ぼくが口ごもると、ウサコがツッコミを入れて来た。


「悪くはないけど、どうなの?」


「実は、ちょっとばかり、微妙な関係にあるんだ。


ぼくのひとつ下の従妹いとこをライバル視して、ぼくを取り合うような関係になったこともあって、いわゆるブラコンをこじらせてしまって……」


その後は、彼女の過剰な愛情表現から、距離を置くようにしてしまったことを、詳しくウサコに説明したのだった。


さすがに、最近の姉と従妹明里あかりの百合関係についてまでは触れなかったけれどね。


「そうなんだ。あんたとお姉ちゃんは、子供のころのようには無邪気な関係ではなくなって、おたがいに一線置くような、よそよそしい仲になっているわけね。


でも、それって、とても淋しいことだよね。とても悲しいことでもある。


そう、思わない?


きょうだいって生まれてこのかた、一番長く一緒に過ごしたひとじゃん。


同じ血を分けた肉親って、やはり特別の存在だと思う。


恋人なら、別れてしまったら、それでおしまいだという気がするけれど、肉親の絆は一生、たとえ離れて暮らすことになっても、死ぬまで続くものじゃないかな。


あたしは、あんたにこのままのきょうだい関係を続けて欲しくはないな。


しょせんあたしはあんたとは他人だから、余計なお節介に過ぎないけど」


ウサコは、何が自分のことに引き当てて考えているのか、少し瞳を潤ませながらこう言った。


「おかしいよね、あたし。自分については何の記憶もないし、きょうだいなんて存在していないはずなのに、なんだろう、あたしの脳髄にかすかに残った記憶が、こんなことを言わせているんだと思う。


理由もわからないのに、妙にセンチな気分になってるし。


あたしは、もしいるとしたら、自分のきょうだいに優しくしたい。


いや、それ以上に、優しくしてもらえないと、淋しいし、悲しい。


だから、あんたが嫌がらないで、こうしてあたしの話を聞いてくれるのが、とても嬉しいんだよ。


なんのかんのキツいことを言ってはいても、あんたは根が優しいね」


ウサコのその言葉を聞いて、ぼくの脳裏には、昨日の榛原の話がよみがえって来た。


もともとは兄妹きょうだい仲は悪くなかった榛原とミミコは、榛原がここ数年で急に成長し、身長も容貌もひどく大人びてしまった結果、顔立ちが人並み以上に幼く、身体の成長も遅めなミミコとの差が際立ってしまった。


ゆえに休日の兄妹デートもはばかられるような気まずさが(おもに兄の側に)生まれてしまい、世間の目を意識した榛原は、ミミコと一定の距離を置くようになったのだ。


このことは、ミミコ側からすれば、とても淋しく、悲しいことだったに違いない。


何年か前までは自分にとても優しい理想の兄だったのに、いつの間にか、どことなくよそよそしい兄になってしまった。


「わたし、マーにいに何かいけないことしたの?」


そういう、割り切れない思いがずっとあったに違いないだろう。


自分自身と姉との問題とも重なり合うことによって、ぼくにもようやく、ミミコの淋しさ、悲しさが実感を伴ってとらえられるようになった。


これまでお姉ちゃんにも、ちょっと気の毒な目に遭わせていたかな、そう思った。


ぼくは、しばらくウサコの意見を聞いてのち、おもむろに口を開いた。


「そうだな。確かに、ぼくはお姉ちゃんの過剰な愛情表現に引いてしまい、彼女から逃げてばかりいたのかもしれない。


もうちょっと、正面から彼女の気持ちに向き合うべきだったのだろう。


お姉ちゃんはぼくを道ならぬ恋に誘うような、クレージーなところもあったけれど、もとはといえば、たったひとりのきょうだいであるぼくに対する、純粋な思いから生まれた行動だったんだと思う。


いまとなっては、ぼくがとった態度も、ちょっとやり過ぎだったかなって、反省しているよ」


この答えに、ウサコは満足気にほほえんだ。


「じゃあ、これからでも遅くないから、きちんとお姉ちゃんといい関係を築き直して欲しいな」


「ああ、約束するよ」


「うん、ぜひそうして欲しい」


そんな言葉を交わしているうちに、不思議となごやかな空気がぼくとウサコの間に生まれていった。


これはやはり、少しでもおたがいのプライバシーにかかわるような話をしたことの「成果」なんだろうか。


続けて、ウサコが尋ねてくる。


「さっきあんたは、自分が30戦連敗の非モテなんだって言ったよね。


その数々の失敗は、いまのあんたの恋愛に、ちゃんと生かされていると思う?」


いきなりストレートな球が、投げられてきた。


ぼくは一瞬たじろいだものの、体勢を取り直して、こう返事した。


「どうだろう。まったく生かされていないわけじゃないと思うけど。


30人の子に連続して振られていたのは、もう一年以上も前までの話だ。


当時のぼくは、その子らと知り合って間もない時期でも、インスピレーションに任せて、すぐ交際を申し込むような、せっかちなところがあった。


『恋は早いもの勝ち』、みたいな考え方につかれていたとも言える。


だが現実には、それが災いしてか、どの恋も実ることはなかった。


この一年ほどは、そのあたりを反省して、知り合ってもすぐには告白しないで、相手のことをよく知るように心がけたし、その一方で、自分のことを少しでも知ってもらえるよう、努力してきたつもりなんだ。


でも……」


「でも……?」


ウサコがぼくに聞き返した。


「でもそうやって、慎重な上にも慎重なやり方を取った結果、困ったことに、どの子に告白するべきか、よくわからなくなってしまったんだ。


その子の外見から感じた『ひらめき』から告白を決めていた時と比べると、何をもって『決め手』とするべきか、よくわからなくなってしまった。


以前とはまったく別の意味で、恋が始まらなくなってしまったんだ」


そう言った後で、ぼくはハッとなった。


こんな弱音を、ウサコに対してはいてしまってよかったんだろうか。


彼女に対しては「ツン」な態度でイニシアチブを取ると決めていたはずなのに。


でも、ぼくは、意外と聞き上手なウサコの話術に導かれて、知らず知らずのうちに本音を語ってしまっていたのだった。(続く)

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