第5話 窓居圭太、変身したミミコの魅力にツン戦法で対抗する

榛原はいばらマサルの妹、ミミコが、夜ごと長身の妖しい美女に変身、街を徘徊しているという。


ぼく窓居まどい圭太けいた、榛原、きつこはその謎を解くべく、丑三つ時の街を走る!


その化身は、ミミコの願いを反映したものなのか。


そして、影で彼女を操る「はぐれもの」の正体とは?


       ⌘ ⌘ ⌘


本町ほんまち通りを南方向に急ぐぼくの少し前方に、榛原のひょろっとした姿が現れた。グレーのジャージを着ている。


十五メートルほどの距離をとってぼくたちは無言で、手をかざし合う。


ショートメッセージがぼくの携帯に入った。榛原からだ。


昨日の打ち合わせで、ぼくたちはすべて無声で指示を伝えることにしたのだ。


「さきほど、きつこ嬢が現場に来たので、ミミコのマークを頼んだ。いまは気配を消して、張り付いてくれている。


そのうち圭太に直接〈ねん〉でキューを送ってくれるはずだ」


それを一読、ぼくは了解のサインを右手指で作って榛原に示した。


榛原は一瞬のウインクの後、顎を反らしてぼくに示した。このまま前進しろというサインだ。


ぼくは榛原の脇を抜けて、前に進んだ。


約一分後、ぼくの頭の中に、ひとつのメッセージが呈示された。


“圭太、聞こえる?


あとちょっとで、ターゲット到着だよ。そこの角で、右に曲がって”


『これが、きつこからの〈念〉ってヤツだな』


と、ぼくは直感で納得した。


ぼくからも、思念でこう返した。


“聞こえるよ、きつこ。右折だな、オッケー”


きつこの指示に従って本町通りを右に曲がり、三十秒ほど進む。


すると、昨日の榛原の話にも出て来た、本町公園の入り口前に出た。


この公園、幅は三十メートル、奥行きは四十メートルくらいだろうか。


ところどころに、背の高い街灯がついているものの、深夜で付近の民家の灯がほとんど落ちていることもあって、公園内は全体に薄暗い。


もう一回、きつこからの〈念〉が伝わって来た。


“彼女はいま、公園奥のブランコに乗っている。 ここに着いたのは、五分くらい前かな。


少しずつ、彼女に近寄ってみて。


安心して。この公園には部外者が入れないよう、ボクが結界を張ったところだよ。


じゃあ、これで圭太と交代だ。


ボクは、ブランコから少し離れた植え込みの近くにいるようにする。


マサルっちには、公園の周りを監視してもらう”


それで、頭の中の声は途切れた。


ぼくの視界に、二台のブランコのうちの右側に乗り、その身を前後に軽く揺らしているパジャマ姿の女が、次第にはっきりと見えてきた。


女は、ぼくが近寄ってきたのに気づいたようで、伏せていた目を上げた。


女の顔立ちが、あらわになった。


ぼくは一瞬、叫び声を上げそうになった。


榛原の話から、彼女が世にも美しい顔立ちの、大人の女性であることをあらかじめ聞いていた。


だが、話を聞いて想像していたイメージなど、実際にぼくが目の前にした女には、遠く及ばなかった。


ぼくが身近に知っている、もっともみめうるわしい女性といえば、同級生の高槻たかつきさおりだろう。


だが、その高槻にしたところで、つまるところは十六才の成長過程の女性であり、まだ完成形ではないのだと思い知らされてしまうくらい、すなわち上には上がいるのだと思わされてしまうくらいの、完璧なおとなの美女がそこにいた。


ヤバい、ヤバすぎる!!


ぼくは、声にこそ出さなかったが、そう心の中で叫んでしまった。


       ⌘ ⌘ ⌘


昨日打ち合わせをした時に、榛原からこれだけは守ってくれと強く言われたことがある。


「圭太、ミミコダッシュの相手をするにあたっては、ひたすら〈ツン〉の態度で通してくれ。


たとえ、圭太がその容姿に魅了されてしまったとしても」


「それはなぜだ? 彼女をほめてはまずいのか?」


ぼくは、榛原の真意を問いただした。


「俺がミミコダッシュと遭遇した時、うっかりその魅力を認めてしまったばかりにどうなったかを思い出してくれよ。


気安くデレるビッチキャラの扱いに困り果てて、やりたくもない荒技を繰り出す羽目になってしまった。


彼女には〈ツン〉で対抗しない限り、問題解決までの時間稼ぎが出来ないじゃないか」


なるほど、それには一理あるかもな。


それに、友人とはいえ、ぼくと自分の妹がきわどい関係になって欲しくもないだろう。そう考えて、ぼくはこう答えた。


「オーケー、時間稼ぎは必要だ。とことん、粘ってみせようじゃないか」


それで作戦会議は、まとまったのだった。


       ⌘ ⌘ ⌘


夜の公園にいた女、すなわちミミコダッシュは、もともとのミミコを思わせるところは、その大きな瞳ぐらいで、あとはほぼ別人だった。


いつものポニーテールではなくおろした長い髪、細くすうっと通った鼻すじ、大輪の花を思わせるふっくらとした唇、むだな肉の一切ない顎のライン、細長い首筋、伸びやかな手脚、そして何よりも特筆すべきは、子供用パジャマを強く圧迫してその存在を主張している、豊かな胸部バストだった。


寝る時は上半身の下着をつけないというミミコの習慣がわざわい(あるいは幸い?)してか、そのたわわな部分が、ブランコに座ったやや前かがみの姿勢も相まって、パジャマから大きくはみ出そうとしていた。


これはマジで、目のやり場に困る景色だった。


ぼくは視線を泳がせながら、どうミミコダッシュに声をかけたものかと考えていた。


アクションは、向こうのほうからあった。


「こんばんは。お初の人だね、おにいさん」


そう言って、見事なまでに白い歯並びを見せて、婉然と微笑んだ。


中国に「傾国の美女」という古い言い回しがあるが、まさに「国ひとつ」に値する、極上の微笑、いや笑だった。


そのまま魂を持っていかれそうになりながら、ぼくはすんでのところで昨日の榛原の言葉を思い出していた。


「〈ツン〉で通せ、ということは、タメぐちで十分ってことでもあるからな。


見た目の大人っぽさに圧倒されないようにしな。


中身はしょせん中学生なんだから」


ぼくはつとめて平然を装いながら、ひと呼吸置いてこう答えた。


「ああ、はじめまして。


きみはいつもここにいるのかい?」


「そうね。


ここ何日かはね。


でもねえ、あたしがゆっくりおしゃべりしようとして声をかけてもすぐ逃げてしまったり、せっかくこちらから誘っても全然のってこないような、ヘタレ男ばっかりなんだ。つまんない。


おにいさんは、そんな意気地なしじゃないよね?」


ミミコダッシュは、そう言って妙に熱っぽい目をぼくに向けて来た。


この視線をまともに正面から浴びるのは、精神的なダメージが大きいと判断したぼくは、空いているほうのブランコに腰を下ろして、ミミコダッシュと同じ方向を向いて並ぶようにした。


ミミコダッシュの熱視線、そして豊かな胸の谷間という視覚的に過剰な刺激が軽減されたこと、立ち姿勢でいることの緊張が和らいだことで、だいぶん気持ちにもゆとりが出来た。


「さあ、どうだろう。自分のことって意外と自分じゃわからないからな」


そう言って、ぼくは質問へのダイレクトな回答を回避した。


向かい合わなくなったことで、ミミコダッシュの表情はわかりにくくなったが、むしろそのほうが言葉のやり取りはしやすくなった。


とにかく時間稼ぎが第一目的だ。


きつこたちに、もうひとりの犯人を見つけてもらわないことには、らちが開かない。


「そんなこと言って、あんたってつれないわね。


じゃあ聞くけど、あたしって……きれい?」


以前に会った男たちに対してしたように、当然のごとくその問いがミミコダッシュより発せられたのだった。


ぼくは自分の顔を彼女のほうに向けて、その表情を確かめた。


その目はキラキラと輝いており、真剣に答えを待っているように見えた。


それを見届けてから、ぼくはゆっくりと返答した。


「答えは……ノーだ」


ミミコダッシュの両瞳から明るい光がみるみる失せていった。


失望感。とてもわかりやすい反応だった。


でも、そこで終わりではなかった。


「なぜノーなのか……せめて、教えてもらえない?」


ミミコダッシュは、哀願するようにぼくを熱く見つめて来た。


そ、その表情がヤバいんだって!!


思わず前言撤回をしそうになり、ぼくは昨日の榛原の発言を、思い出した。


「とにかく、ミミコダッシュの魅力を完全否定してしまうしかない。


彼女とは正反対の、未成熟で青い女性を賛美し、称揚するしかない。


ミミコの『おとなコンプレックス』を根本からくつがえすために!」


ぼくは大きく深呼吸をして、なんとか平静を取り戻した。


そして、とどめの一言セリフをミミコダッシュに浴びせたのだった。


「なぜって、きみはぼくの興味をひくものを、まったく持っていないんだよ。


ぼくの好みは、熟する前の青い果実なんだ。


まだ固くて十分に色づいていないつぼみ、それが理想なんだ。


きみのように完全に熟れてしまった女性は、そこがピークで、あとは旬を過ぎた果物のように腐っていくしかない。


いまが全盛とばかりに咲き誇っている花も、明日には散り果てているかもしれない。


だから残念ながら、きみには将来の伸びしろがない」


そう一気に伝えて、ぼくはミミコダッシュの様子をうかがった。


ミミコダッシュはしばしの沈黙の後、こう口を開いた。


「おにいさんは、あたしになんか興味がないんだ。ざんねん。


これでもいい女だと思っているのに……」


そう言う彼女の顔をよく見ると、うっすらと上気して、目も心なしかウルウルとしている。


おや、こりゃちょっとクスリが効き過ぎたかなと不安になりかけたぼくの脳内に、いきなり狐娘の〈念〉が飛び込んで来た。


“圭太、そちらはよろしくやってるかい?


ボクのほうは、けっこう苦戦している。


タヌキさんを捕まえるアミを張っているんだが、警戒心が異常に強いのか、なかなかシッポをつかませてくれないんだ。


でもこの近くにいて、ミミコっちと圭太の一部始終を見守っていることは、間違いないと思う。


今しばらくは彼女の相手をして、時間を稼いではくれないか?”


きつこのそのリクエストに、ぼくは即答した。


“ああ、もちろんだ。こちらは朝までだって余裕でオッケーだぜ”


いかにもきつこらしい、軽口が返って来た。


“サンキュー、愛してる❤圭太”


だが、そんな余裕の発言をかましたとはいえ、実際は全然精神的ゆとりのない圭太さんだった。


ツンのフリこそ通しているものの、もっかのところ相手の一挙手一投足に、ことごとく振り回されている。やれやれ。


さあ、次はどう出てくる、ミミコダッシュ?(続く)

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